太陽風の観測値からオーロラの広がりや電流の強さを瞬時に予測可能なエミュレータSMRAI2(サムライ2)を開発
ISM2023-11
2024年2月16日
本成果は、2024年1月2日に、米国地球物理学会誌「Space Weather」に掲載されました。 |
【研究の背景】
オーロラは、地球の北極域と南極域にそれぞれ巨大な輪のように広がりをもって光っています。このオーロラの輪は、オーロラオーバルと呼ばれます。オーロラは太陽風と呼ばれる太陽からのプラズマの風が地球の磁場にぶつかり、電流が流れることで発生します。そのため、オーロラオーバルは太陽風の状況に応じてダイナミックに変化します。地球近傍では探査機「DSCOVR」が太陽風を観測しており、そのデータを用いたオーロラ予報が可能で、観光にも有用な情報になります。
一方、オーロラの急激な変動は、地上のインフラや人工衛星に影響を及ぼし、障害リスクを増大させることがあります。例えば、ダイナミックに変化するオーロラの電流は、地上の高圧電線ネットワークに誘導電流を引き起こし、大規模な停電を引き起こすことがあります。また、オーロラの電力の一部は大気を加熱して、大気摩擦によって人工衛星の大気再突入を引き起こすこともあります(参考:プレスリリース「磁気嵐の発生メカニズムと大気シミュレーションから多数の低軌道衛星が喪失に至った原因を解明」
。このように、オーロラオーバルの広がりや電流の強さを迅速に予測することは、太陽活動に由来する宇宙環境の変動とその社会インフラへの影響を予測する宇宙天気予報において極めて重要です。
オーロラオーバルの広がりや電流の強さを予測する方法には、主に二種類ありますが、それぞれに限界があります。ひとつは経験モデルと呼ばれる、過去の観測データに基づいて、ある太陽風データに対応するオーロラの広がり・強度のパターンを予測するものです。経験モデルは瞬時に結果を出せますが、経験した範囲内での平均的なパターンしか出せないことが最大の欠点です。
もうひとつは、吹き付ける太陽風によって乱される、磁気圏と電離圏のプラズマの流れや電流を計算する物理シミュレーションです。大量の計算機リソースを必要とすることが唯一の欠点ですが、経験したことのない太陽風の変化に対しても結果を出すことが可能であり、オーロラ爆発1)のようなダイナミックな変化も再現します。
本研究では、これまでに得ることが困難だった大量の物理シミュレーション結果に、機械学習モデルを組み合わせるという新たな発想で、両者の欠点を解消する第三の方法を世界に先駆けて実現することに成功しました。
【研究の内容】
本研究では、NICTが宇宙天気予報の一環として運用しているオーロラ電流系の物理シミュレーションREPPU改良版2)で計算された、数年分の入出力データを機械学習の学習データとしました。Echo State Network(ESN)3)という時系列機械学習モデルを訓練することで(図1
)、REPPU改良版のオーロラ電流系の計算結果を高度に再現するエミュレータSMRAI2(サムライ2)を開発しました。
SMRAI2は、任意の太陽風時系列データを入力として与えることで、南北両半球のオーロラオーバルの広がり、その時間変化、オーロラ電流の強さを表すAE指数などを瞬時に出力できます。オリジナルの物理シミュレーションREPPUと良く似た計算結果を得るために、約100万倍の高速化に成功し、これまで30日かかっていたものを数秒で出力できることが、SMRAI2の最大のメリットです。
SMRAI2のパフォーマンスを示す例として、例えば、人為的に作成した太陽風を一定時間与え続けることで、太陽風に対応して規則的に変化するオーロラの電流系パターンが、ほぼ完全に再現されることは、従来の経験モデルの上位互換であることを意味します(図2
)。また、実際に観測された複雑に変化する太陽風を与えることで、非常に複雑なオーロラジェット電流の時間変化も再現されます(図3
)。
【今後の展望】
今後、SMRAI2のメリットである高速性を活かして、わずかに異なる様々な太陽風データの入力によって結果にどれほどばらつきがでるのか、という評価をリアルタイムで行うアンサンブル予測や、リアルタイム観測データとエミュレータの結果をデータ同化手法によって補正を行うことで現実により近い予測を選び出すなど、高度な宇宙天気予報の発展が期待できます。
【掲載論文】
掲載誌: Space Weather
タイトル:Machine learning-based emulator for the physics-based simulation of auroral current system
著者:片岡龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授)、中溝葵(情報通信研究機構 電磁波研究所 電磁波伝搬研究センター 宇宙環境研究室 主任研究員)、中野慎也(統計数理研究所 モデリング研究系/データサイエンス共同利用基盤施設 データ同化研究支援センター 教授)、藤田茂(データサイエンス共同利用基盤施設 データ同化研究支援センター/統計数理研究所 モデリング研究系 特任教授)
DOI:10.1029/2023SW003720
論文公開日:2024年1月2日
【各機関の役割分担】
国立極地研究所:エミュレータ開発
情報通信研究機構: REPPU改良版の開発、REPPU改良版による実時間シミュレーションの実施、データ資源管理
統計数理研究所:エミュレータ開発
【用語説明】
1)オーロラ爆発
太陽風から磁気圏への電磁エネルギー流入が大きくなると、エネルギー解放現象「サブストーム(オーロラ嵐)」が発生。その際、磁気圏ー電離圏間の電流が急激に発達し、オーロラ発光が爆発的に広がる。
2)REPPUおよびREPPU改良版
地球の磁場に吹き付ける太陽風によって乱される、磁気圏と電離圏のプラズマの流れや電流を計算する磁気流体シミュレーション。オーロラ爆発のようなダイナミックな変化も再現する。REPPU改良版は、地球の自転軸の傾き、および、磁気軸の傾きと歳差運動を導入しており、現実的なシミュレーションが可能。現在情報通信研究機構にて宇宙天気予報の参考情報として実時間計算を実施。その計算結果をもとに、オーロラ予測マップ
や衛星帯電評価ウェブサイト
を公開。
3)Echo State Network(ESN)
ニューラルネットの一種で、時系列の機械学習モデル。隠れ層の重み行列をランダムかつスパースに固定し、最終出力の重みベクトルのみを訓練することで、学習量を減らせることが最大の特徴。
【謝辞】
本研究は、大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設のROIS-DS-JOINT 012RP2023の助成を受けて実施されました。また、本研究は、国立極地研究所が中心となって策定した南極地域観測第Ⅹ期6か年計画の重点研究観測の一課題である「極冠域から探る宇宙環境変動と地球大気への影響(AJ1007)」の一環として行われました。本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(20H01961、22K03707)の助成を受けて行われました。
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図1:物理シミュレーションREPPU(上段)とエミュレータ(下段)のフローチャート。 |
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図2:人為的な太陽風を一定時間与え続けて定常状態を見ることで、太陽風の磁場の方向によって規則的に変化するオーロラ電流系パターンが、ほぼ完全に再現される。北極域を天の北から見下ろした図。赤と青はそれぞれ、地球向きと地球外向きの電流。Y, Zは太陽風磁場の向きを表し、Zは南北方向で北向き正、Yは東西方向で西向き正。例えば、‘Zero’は太陽風磁場のY,Z 成分ともに無し、‘-Z’は完全南向き、‘-Y -Z’は南東向きの場合を表す。 |
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図3:実際に観測された複雑な太陽風の変動を与えることで、非常に複雑なオーロラジェット電流の時間変化も再現可能。薄色は観測値、濃色はSMRAI2による予測値。au obs・al obsは観測されたAU・AL指数、au esn・al esnはエミュレータ結果から計算したAU・AL指数。AU・AL指数は高緯度域でのオーロラ活動の活発さを表す。 |
お問い合わせ先 |
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所 運営企画本部企画室 URAステーション 〒190-8562 東京都立川市緑町10-3 TEL: 050-5533-8580 FAX: 041-526-4348 E-mail: ask-ura@ism.ac.jp |
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