国際的で大規模な第一原理計算・熱伝導データベースを構築 ―高精度データとAIを活用した熱機能材料探索に期待―
ISM2026-02
2026年4月13日
- 国際的な研究チームによって、第一原理計算を自動化するソフトウェア「auto-kappa」を開発し、6,800種類以上の無機結晶材料の熱伝導率やフォノン物性の大規模データベース「Phonix」を構築しました。
- 構築したデータベースを用いてグラフニューラルネットワークによる機械学習モデルを開発し、学習させるデータ量の増加に伴って予測精度が指数関数的に向上する「スケーリング則」が成り立つことを見出しました。
- このデータベースとAIモデルにより、極めて高い、あるいは極めて低い熱伝導率を持つ新規材料候補を効率的に探索できることを実証しました。このようなAI for Scienceを応用することで、次世代電子デバイスの放熱材料や熱電材料などの開発がさらに加速すると期待されます。
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| 図1:国際的で大規模な熱伝導データベースを用いた材料探索 |
【概要】
東京大学大学院工学系研究科の塩見 淳一郎 教授、統計数理研究所の大西 正人 特任准教授(兼:東京大学大学院工学系研究科 客員研究員)、同研究所の吉田 亮 教授、物質・材料研究機構の只野 央将 グループリーダー、東京大学大学院情報理工学系研究科(兼:同大学情報基盤センター)の鈴村 豊太郎 教授、同大学情報基盤センターの華井 雅俊 特任助教、ノートルダム大学のLUO Tengfei 教授、ナンヤン理工大学のHIPPALGAONKAR Kedar 准教授、カーネギーメロン大学のMCGAUGHEY Alan 教授、オークリッジ国立研究所のLINDSAY Lucas 上級研究員、パデュ―大学のRUAN Xiulin 教授、南カロライナ大学のHU Ming 教授、コーネル大学のTIAN Zhiting 教授らの世界各国の研究者からなる国際共同研究グループは、結晶材料の熱伝導を決定するフォノン※1
の非調和相互作用を第一原理計算※2
によって解析する自動計算システムを開発し、6,800種類以上の無機材料の格子熱伝導やフォノン物性を収録した大規模データベース「Phonix」を構築しました(図1)。
フォノンは固体中の熱伝導を担う準粒子であり、熱伝導率やフォノン寿命などの非調和フォノン物性※3 は、放熱材料や熱電材料などの機能材料特性に大きく影響します。本研究では、第一原理計算を自動化するソフトウェア「auto-kappa」を開発し、6,800種類以上の材料についてフォノン寿命や格子熱伝導率※4 などを計算してデータベース化しました。なお、データベースには12,000種類以上のフォノン分散関係などの調和フォノン物性※5 も含まれています。さらに、このデータベースを用いてグラフニューラルネットワーク※6 による機械学習(AI)予測モデルを構築し、約38万種類の結晶構造を対象にした探索により高熱伝導・低熱伝導を示す新規材料候補を見いだしました。また、学習させるデータ量の増加に伴って予測精度が指数関数的に向上する「スケーリング則※7 」が成り立つことを示しました。これは、データをさらに拡充することで材料物性予測の精度が大きく向上する可能性を示す重要な結果です。
世界中のさまざまな研究者とともに国際的な研究チームとして実施したことも本取り組みの大きな特徴の1つです。これによって、国際的な材料データベースとして発展・拡大し、活用されることが見込まれます。
本研究成果により、熱伝導の理解が深まるとともに、AIを活用したデータ駆動型の熱機能性材料の探索が大きく進展すると期待されます。
【発表内容】
近年、データ科学と材料科学を融合した「マテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics)※8
」が急速に発展し、電池材料や触媒、磁性材料などの研究開発が加速しています。その基盤となるのが大規模な材料データベースであり、Materials Project※9
などのオープンデータベースには、数十万規模の材料の第一原理計算データが蓄積されています。しかし、これらの多くは結晶構造や電子構造など比較的計算が容易な物性に限られており、熱伝導を決定するフォノンの非調和特性を体系的に収録したデータベースはほとんど存在していませんでした。フォノンの非調和特性は格子熱伝導率やフォノン寿命を決定し、電子デバイスの熱管理や熱電材料の性能に重要な役割を果たしますが、その計算には膨大な計算コストが必要であり、大規模データベース構築の障壁となっていました。
本研究では、第一原理計算によるフォノン解析を自動化するソフトウェア「auto-kappa」を開発しました。このソフトウェアは、結晶構造最適化、フォノン分散計算、3フォノン散乱計算などの複雑な計算プロセスを自動化し、大規模計算を可能にします。これを用いて6,800種類以上の無機材料のフォノン特性を計算し、フォノンの分散関係、寿命、散乱頻度、平均自由行程、および格子熱伝導率などを含むデータベース「Phonix」を構築しました。さらに、このデータベースを用いてグラフニューラルネットワークによる機械学習モデルを構築し、結晶構造から格子熱伝導率を高精度に予測できることを示しました。また、このモデルを用いて約38万種類の新規結晶構造を探索した結果、極めて高い、あるいは低い熱伝導率を示す材料候補を見いだしました。
今回の大規模データベースの構築は、学術的な動機に基づき、世界中のさまざまな研究者とともに国際的な研究チームを形成して実施したものです。世界中で多様な材料や機能のデータベース構築が行われていますが、ローカルにデータベースを確立してから他のデータベースと融合する段階的なグローバル展開は困難です。今回のように、はじめから世界中のさまざまな研究者とオープンに共同して国際コミュニティを形成しながら進めることは、データ生成の加速やユーザーの拡大の観点で大きなメリットがあります。
今後は、4フォノン散乱や電子・フォノン相互作用などのより複雑な相互作用を考慮したデータ生成や機械学習による計算高速化を進め、データベースをさらに拡張していく予定です。本研究で構築したデータと機械学習モデルは、電子デバイスの放熱材料や熱電変換材料など、幅広い分野での材料設計を加速するAI for Science※10 の基盤として貢献することが期待されます。
関連情報
auto-kappa ソフトウェア:https://github.com/masato1122/auto-kappa
Phonix データベース:https://phonix-db.org/
【発表者・研究者等情報】
東京大学
大学院工学系研究科
塩見 淳一郎 教授
兼:理化学研究所 革新知能統合研究センター 客員研究員
統計数理研究所 先端データサイエンス研究系 客員教授
Zeyu Wang(ジェーユ・ワン) 博士課程
森田 路真 博士課程:研究当時
現:Nanyang Technological University Postdoctoral Researcher(ナンヤン理工大学 博士研究員)
大学院情報理工学系研究科
鈴村 豊太郎 教授
兼:東京大学 情報基盤センター 教授
情報基盤センター
華井 雅俊 特任助教
物質・材料研究機構 磁性・スピントロニクス材料研究センター
只野 央将 グループリーダー
統計数理研究所 先端データサイエンス研究系
大西 正人 特任准教授
兼:東京大学 大学院工学系研究科 客員研究員
吉田 亮 教授
兼:総合研究大学院大学 教授
理化学研究所 チームディレクター
Zhejiang University(浙江大学)
Tianqi Deng Assistant Professor(タンチー・デン 助教)
Haoming Zhang PhD student(ハオミン・ジャン 博士課程)
University of Notre Dame(ノートルダム大学)
Tengfei Luo Professor(タンフェイ・ルオ 教授)
Zhihao Xu PhD student(ジーハオ・シュー 博士課程)
Nanyang Technological University(ナンヤン理工大学)
Kedar Hippalgaonkar Associate Professor(ケダール・ヒパルガオンカー 准教授)
Wei Nong PhD student(ウェイ・ノン 博士課程)
Eurecat, Technology Centre of Catalonia(ユーロキャット)
Pol Torres Senior Researcher(ポル・トレス 上級研究員)
Carnegie Mellon University(カーネギーメロン大学)
Alan J. H. McGaughey Professor(アラン・マクゴーヒー 教授)
Oak Ridge National Laboratory(オークリッジ国立研究所)
Lucas Lindsay Senior R.&D. Staff(ルーカス・リンゼイ 上級研究員)
Purdue University(パデュー大学)
Xiulin Ruan Professor(シューリン・ルアン 教授)
University of South Carolina(南カロライナ大学)
Ming Hu Professor(ミン・フー 教授)
Cornell University(コーネル大学)
Zhiting Tian Professor(ジーティン・ティアン 教授)
【論文情報】
掲載誌 npj Computational Materials
タイトル Database and deep-learning scalability of anharmonic phonon properties by automated brute-force first-principles calculations
著者
Masato Ohnishi*, Tianqi Deng, Pol Torres, Zhihao Xu, Terumasa Tadano, Haoming Zhang, Wei Nong, Masatoshi Hanai, Zeyu Wang, Michimasa Morita, Zhiting Tian, Ming Hu, Xiulin Ruan, Ryo Yoshida, Toyotaro Suzumura, Lucas Lindsay, Alan J. H. McGaughey, Tengfei Luo, Kedar Hippalgaonkar, Junichiro Shiomi*
DOI 10.1038/s41524-026-02033-w
URL https://www.nature.com/articles/s41524-026-02033-w
【研究助成】
本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「QR-Loop巨大連続的空間探索による不秩序熱機能材料の革新(JPMJCR21O2)」と「空間的・時間的に局在化したナノ熱の学理と応用展開(JPMJCR19I2)」の支援を受けて行われました。また、研究インフラとしては、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)事業およびHPCIシステム利用研究課題(hp220151、jh230065、hp240194、hp250202)を通じて、北海道大学情報基盤センター、東北大学サイバーサイエンスセンター、東京大学情報基盤センター、大阪大学D3センター、京都大学学術情報メディアセンターの計算資源の提供を受けて実施しました。
【用語解説】
※1 フォノン
結晶中の原子の集団振動を量子力学的に表した準粒子。固体中の熱伝導を担う主要な担体であり、フォノンの散乱や寿命が材料の熱伝導率を決定する。
※2 第一原理計算
量子力学の基本法則に基づき、実験パラメータに依存せず物質の性質を計算する手法。密度汎関数理論(DFT)などを用いて材料の電子状態や格子振動を予測する
※3 非調和フォノン物性
フォノン同士の相互作用(非調和相互作用)によって生じる物性。フォノン寿命やフォノン散乱などの格子熱伝導率やその他の熱輸送特性を決定する重要な要因である。
※4 格子熱伝導率
結晶中の格子振動(フォノン)によって運ばれる熱の伝わりやすさを表す物性値。電子による熱伝導と区別して用いられる。
※5 調和フォノン物性
原子振動を調和近似(原子間ポテンシャルを2次まで展開)で扱った場合に得られる物性。フォノンの分散関係や振動モード、比熱などの基礎的な振動特性を記述するが、フォノン同士の相互作用や散乱は含まれない。
※6 グラフニューラルネットワーク
結晶中の原子と結合関係をグラフ構造として表現し、材料の構造情報から物性を予測する機械学習手法。近年、材料物性予測に広く利用されている。
※7 スケーリング則
機械学習モデルの性能が、学習に用いるデータ量やモデル規模の増加に伴って一定の規則に従って向上するという経験的な関係を指す。本研究では、フォノン物性データの量が増えるほど、材料の熱伝導率を予測するAIモデルの精度が指数関数的に向上することを示した。
※8 マテリアルズ・インフォマティクス(Materials Informatics)
データ科学や機械学習を用いて材料の性質を解析・予測し、新しい材料の探索や設計を加速する研究分野。
※9 Materials Project
米国の研究チームを中心に構築されたオープンな材料データベース。第一原理計算による結晶構造や電子構造などのデータが数十万種類の材料について公開されており、世界中の材料研究で広く利用されている。
※10 AI for Science
人工知能(AI)を用いて科学研究を加速する研究分野。機械学習や大規模データ解析を活用し、物質探索、気候科学、生命科学などさまざまな分野で新しい知識の発見を促進する。
| 本件に関するお問い合わせ先 |
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大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所 運営企画本部 広報室 TEL:050-5533-8500(代表) E-mail:kouhou@ml1.ism.ac.jp 〒190-8562 東京都立川市緑町10-3 |
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