全身投与インドシアニングリーン(ICG)を用いた肝切除後の胆汁漏予防に関する前向き臨床試験を実施 — 胆汁漏リスクを有意に低下、患者の合併症発生率を低減 —

 ISM2025-04
2025年6月11日

鳥取大学医学部(鳥取県米子市)消化器・小児外科学分野の花木武彦(現 医学教育学分野講師)、藤原義之 教授、統計数理研究所(東京都立川市)野間久史 教授らを中心とした研究グループは、全身投与したインドシアニングリーン(ICG)と近赤外線カメラを用いて、肝切除中に胆汁漏を検出・修復する新たな術中評価法の有効性を検証する前向き臨床試験を実施し、肉眼では見逃されていた微細な胆汁漏れを、術中に高感度で検出・修復できること、さらに術後の胆汁漏の発生を有意に抑制できることを世界に先駆けて臨床的に実証しました

   

【研究成果のポイント

  • 術中にインドシアニングリーン(ICG)を全身投与し、近赤外線カメラで胆汁漏れを可視化・修復する手法の有効性を世界で初めて実証
  • 前向き臨床試験によるICGによる治療を行った患者グループと、従来の標準治療を受けたヒストリカルコントロールを比較し、統計的因果推論の方法を用いた有効性の分析を実施
  • ICG群では術後3日目のドレーン胆汁中ビリルビン濃度が有意に低下し、胆汁漏れの発生率も大幅に減少
  • ICG蛍光観察は肉眼観察と比較して11倍多くの胆汁漏れ部位を検出、より早期かつ正確な修復が可能に
  • ICG使用による副作用は確認されず、安全性も高く、術後の入院期間や合併症の低減にも寄与

   

研究の背景
 肝切除術は肝がんや転移性肝腫瘍などに対する根治的治療として広く行われていますが、術後合併症の一つである胆汁漏(bile leakage)は、依然として臨床上の大きな課題です(図1)。

   

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 胆汁漏は、腹腔内感染や肝不全といった重篤な合併症を引き起こす原因となり、入院期間の延長や再手術・再ドレナージなどの二次的介入を必要とすることがあります。
 従来、術中の胆汁漏の検出は肉眼観察に頼っており、細かな漏出は見逃されることが少なくありませんでした。また、胆道内へ造影剤や色素を注入する従来の漏出検査法は、侵襲的で胆管損傷や感染症リスクを伴うという課題もありました。
 こうした背景のもと、全身投与したICG(インドシアニングリーン)を肝から胆汁へ自然排泄させ、近赤外線蛍光カメラで胆汁漏れを非侵襲的に可視化する方法が近年注目されています。しかし、これまでの報告は主に単施設の後ろ向き研究や症例報告にとどまっており、その臨床的有用性を前向きに検証した臨床試験によるエビデンスは存在しませんでした。
 本研究は、ICGを全身投与して術中に胆汁漏れを検出・修復するという手法の有効性を、前向き臨床試験によって評価した世界初の試みで、術後胆汁漏予防の新たなスタンダードの確立を目指したものです。

 

【研究成果の内容】
 本研究は、肝切除術後の胆汁漏を早期に発見し、術中に修復することによって術後合併症の予防を目指した、前向き臨床試験です。研究グループは、インドシアニングリーン(ICG)という蛍光色素を全身投与し、その排泄経路である胆汁中への移行を利用して、肝切除面からの胆汁漏れを近赤外線(NIR)カメラで可視化する手法を検証しました(図2)。  

  

fig2.png

    

 具体的には、肝切除を受ける患者に対して、肝実質離断の前または途中でICG(10 mg)を静脈内に投与し、切除面を術中に蛍光観察することで胆汁の漏出部位を特定し、即時縫合などで処置しました。この手法により、従来の肉眼観察のみでは確認できなかった微細な胆汁漏を高感度で検出可能となり、術中の対応が可能になりました。
 本試験では、ICGを用いた前向きの介入群(40名)と、ICG未使用で従来法のみで手術を受けたヒストリカルコントロール群(44名)を比較しました。主要評価項目として、術後3日目のドレーンから排出される胆汁中の総ビリルビン濃度を用いました。この評価基準は、国際肝臓外科研究会(ISGLS)でも胆汁漏 の診断指標として用いられており、信頼性の高い代替アウトカムとされています。

 統計解析には、非ランダム化試験におけるバイアスを軽減し、正確な治療効果の分析を行うために、統計的因果推論の枠組みにおける、傾向スコアによるIPTW(逆確率重み付け)法を使用しました。その結果、ICG群ではドレーン中の総ビリルビン濃度が有意に低下し(−1.11 mg/dL)、胆汁漏の発生率(Grade A以上)も大幅に低下しました(ICG群 5.0% vs 対照群 27.3%)。また、Grade B以上の臨床的に問題となる胆汁漏は、ICG群では0件でした。 

 さらに、ICG蛍光観察により検出された胆汁漏の数は、肉眼観察の約11倍に上り、従来法では見逃されがちな「Nagano分類のType D」の胆汁漏など、総胆管との連続性がない漏出源も特定できた点が注目されます。
 ICGは従来から肝機能検査に用いられている安全性の高い薬剤であり、今回の試験でも副作用は報告されませんでした。加えて、ICG群では入院期間の短縮(平均6.1日 vs 17.6日)や、Clavien–Dindo分類におけるGrade II以上の術後合併症の減少も確認されました。
 このように、ICGを用いた術中評価は、胆汁漏という重要な術後合併症の早期発見と予防につながり、患者の回復促進・医療資源の効率化にも貢献する可能性が示されました。本研究は、今後の肝臓外科治療におけるICG活用の新たなスタンダードを示唆する世界で初めての重要な知見となっています。

 

【研究の詳細】
 本研究は、肝切除術後に生じる胆汁漏(bile leakage:BL)を術中に早期発見・修復するために、全身投与したインドシアニングリーン(ICG)と近赤外線(NIR)蛍光カメラを用いた新たな評価法の有効性と安全性を検証したものです。 
 本研究は、鳥取大学医学部附属病院で実施された前向き単施設臨床試験であり、従来の標準治療を受けたヒストリカルコントロール群(44例)と、術中にICG評価と対処を実施した介入群(40例)の比較を通じて検証されました。 
 介入群では、肝切除手術中に10mgのICGを静脈投与し、肝離断面から胆汁中に排出されたICGをNIRカメラで可視化することで(図3)、漏出部位を精密に特定。確認された漏出部は術中に縫合などで修復を行いました。

      

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図3 肉眼では確認できない微細な胆汁漏の近赤外線蛍光カメラによる検出(出版予定論文より引用)
(A)胆汁漏が、ガーゼ上にICG蛍光を伴う汚染として検出できる(矢頭)。(B)同じガーゼを通常光観察しても、黄色の胆汁汚染は確認できない。

     

 主要評価項目は、術後3日目(POD 3)のドレーン中総ビリルビン濃度であり、これは胆汁漏の国際診断基準に採用される評価指標です。 
 さらに、本研究では、手術手技や背景因子の違いによるバイアスを最小限に抑えるために、逆確率重み付け(IPTW)解析を用いた統計処理を実施しました。 
 その結果、介入群では、

  •  ドレーン中の総ビリルビン濃度が有意に低下(−1.105 mg/dL, P<0.001)し、
  •  Grade A以上の胆汁漏発生率が5.0%に抑制(対照群では27.3%、P=0.002)されました。

     
   また、

  •  Grade B以上の臨床的に問題となる胆汁漏はゼロ、
  •  ICG蛍光観察により、肉眼観察の約11倍の漏出部位を検出し、
  • 入院期間は有意に短縮され(6.1日 vs 17.6日, P=0.020)、
  • 副作用や有害事象は一切報告されませんでした。

  
 なお、研究グループは過去にも、ICGを用いた蛍光観察により肉眼で確認できない胆汁漏を高感度に検出し、胆汁漏の予防につながる可能性があることを報告しています(doi.org/10.1002/ccr3.5942 、動画リンクhttps://x.gd/f3Q05)。この報告では、術中にICGを全身投与し、肝切除面の蛍光観察により微細な胆汁漏の早期発見と修復が可能であることを示唆しており、本研究はその知見をもとに、より体系的かつ前向きに世界で初めて検証を行ったものです。
 また、胆汁漏はそれほど頻繁に生じる術後合併症ではないため、その予防効果をランダム化比較試験(RCT)で統計的に検証するには、非常に大規模な(数百例以上の)患者集団が必要となるという現実的な問題があります。本研究では、このRCTでは評価が困難な臨床的課題に対して、ヒストリカルコントロールと統計的因果推論の枠組みによる高度なデータサイエンスの手法を用いて、新たなエビデンスの創出をめざした点にも、大きな臨床的・方法論的意義があります。

   

【研究者コメント】
●花木武彦
●所属:鳥取大学医学教育学/消化器・小児外科学
●職位:医学部講師
●学位:博士(医学)
●コメント:今回の研究では、ICG(インドシアニングリーン)を全身投与して術中に蛍光観察を行うことで、従来の肉眼では見逃されがちだった微細な胆汁漏を高感度に検出し、その場で適切な修復処置を行えることを示しました。これにより、術後の胆汁漏や合併症を予防し、入院期間や患者さんの身体的負担を軽減できる可能性があります。私たちはこれまでも、ICGの蛍光特性を活用した手術支援の有用性について報告してきましたが、今回の臨床試験では、その知見をより科学的・統計的に裏付けることができました。特に、重篤化のリスクが高い胆汁漏に対して、低侵襲で安全な方法を世界に先駆けて提示できたことは、今後の肝切除術の質を高めるうえで重要な意義があると考えています。既に臨床利用されている資機材を使用することで実施可能な本法が、患者さんにとってより安全で確実な肝手術を実現する一助になればと考えています。

 

【論文情報】
掲載誌:BMJ Open
論文名:Systemic indocyanine green administration to detect bile leakage after liver surgery: A prospective clinical trial, using historical controls(肝切除後の胆汁漏検出における全身投与ICGの有用性:ヒストリカルコントロールを用いた前向き臨床試験)
DOI: doi.org/10.1136/bmjopen-2024-097205
著者:花木武彦¹²、後藤圭佑¹、徳安成郎¹、遠藤佑輔³、砂田寛司³、野間久史⁴、岸野幹也¹、柳生拓輝¹、内仲英¹、村上裕樹¹、宮谷幸造¹、木原恭一¹、松永知之¹、山本学¹、坂本照尚¹、長谷川利路¹、藤原義之¹
責任著者:花木武彦(研究代表)
所属:
¹ 鳥取大学医学部 消化器・小児外科学分野
² 鳥取大学医学部 医学教育学分野
³ 鳥取大学医学部附属病院 新規医療研究推進センター
⁴ 情報・システム研究機構 統計数理研究所

    

   

 本件に関するお問い合わせ先
      
 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所
 運営企画本部 企画室URAステーション
 TEL:050-5533-8580 E-mail:ask-ura@ml1.ism.ac.jp
 〒190-8562 東京都立川市緑町10-3
   

   

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