数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 計算物質科学における時空間アップスケーリングと数理手法
採択番号 2016W11
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明
キーワード 計算物質科学 、数値解析 、ハイパフォーマンスコンピューティング 、データ駆動科学 、ものづくり産業(主にIoTむけなどの次世代電子デバイス) 、若手人材育成
主催機関
  • 電気通信大学
運営責任者
  • 山本 有作
  • 星 健夫
  • 松尾 宇泰
開催日時 2016/11/28 13:00 ~ 2016/11/29 16:30
開催場所 電気通信大学
最終プログラム

11月28日(月)
・13:00-13:20
星健夫(鳥取大学,専門分野: 計算物質科学、応用数理工学)
「はじめに:大規模量子物質シミュレーションと数理」

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 内容:本研究会の主旨説明の後, 多体電子理論や有効一体理論など, 大規模量子物質シミュレーションの数理的側面を概観する.

・13:20-13:55
 野口良史(東京大学, 専門分野:計算物質科学)
「並列計算に向けた全電子第一原理GW+Bethe-Salpeterプログラム開発」

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 内容:GW+Bethe-Salpeter法は光吸収スペクトルを高精度に求めることのできる第一原理計算手法である. しかしその一方で, 必要となる計算コストが膨大なためにあまり実用的な手法とはなっていないのが現状である. この問題に対して我々は数千CPUコア程度を使用することを想定して, 並列プログラムの開発を行っている. 講演では最近行ったプログラム開発や計算例などを紹介したい.

・13:55-14:45
 曽我部知広(名古屋大学, 専門分野: 数値解析学,特に線形計算)
「疎行列用の線形計算アルゴリズムの概観と展望」

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 内容:連立一次方程式に対する疎行列用数値解法としてクリロフ部分空間法,固有値問題に対する疎行列用数値解法として,Sakurai-Sugiura法, Jacobi-Davidson法, LOBPCG法に関して概観し,今後の展望を述べる.

・14:55-15:45
 山地洋平(東京大学, 専門分野: 計算物質科学)
「高並列量子多体問題ソルバーがつなぐ物質科学と数理手法」

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 内容:実験と理論を相互に比較し検証することは, 物質科学の発展における重要なステップである. 近似に頼らずに, 熱力学的・分光学的観測量を多体電子系のハミルトニアンから直接計算できる厳密対角化および熱的純粋量子状態は, このステップの実現に不可欠な計算アルゴリズムである. 本講演では, これらのアルゴリズムを実装した高並列汎用量子多体問題ソルバー「HΦ」の開発と公開および物質科学における応用について紹介する. とくに, 物質科学からのニーズと数理手法からのシーズをつなぐ「HΦ」の役割について議論させていただき, 参加者の皆様からのご意見を今後の開発へ反映させたい.

・15:55-16:30
 宮武勇登(名古屋大学, 専門分野: 数値解析学,特に微分方程式数値解法)
「保存則に即した数値計算手法」

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 内容:本講演では,微分方程式の数値解法のうち,構造保存数値解法とよばれる,物理的な保存則あるいは数理的構造に即した数値計算手法について述べる.構造保存数値解法は天文学や分子動力学に端を発したものであり,その背景を応用の観点から述べた後,近年の発展や今後の展望について主に数理の観点から概観する.

・16:30-17:00
星健夫(鳥取大学,専門分野:計算物質科学, 応用数理工学)
「量子ダイナミクスを中心とする100nmスケール有機デバイス材料研究」

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 内容:独自開発の超並列型電子状態計算ELSESを京コンピュータ上で動かすことで, 100nmスケールの有機(フレキシブル)デバイス材料研究を行っている. その数理基盤は, シュレーディンガー型の時間発展(電子波ダイナミクス)計算である. 発表では, 数理原理と応用上の重要性について, 議論する.

・17:00-17:30
松尾宇泰(東京大学, 専門分野:数値計算学)
「モデル縮減に基づく数値計算手法」

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大規模な微分方程式を解く際,計算を高速化する,すなわち,シミュレーションを現実的な計算時間で実行するための努力は,現在は主にHPC技術とその発展により支えられている.これに対して,近年数値解析学においても,数理的側面から計算量削減を行うための努力,「モデル縮減付き数値計算」の研究が本格化している.本講演では,この考え方について概説し,さらに本研究集会宮武氏のご講演にあるような「構造保存解法」との組み合わせの可能性について,数値例を交えて紹介する.

11月29日(火)

・10:00-10:35
 山本有作(電気通信大学,専門分野: ハイパフォーマンスコンピューティング)
「強スケーリング環境向けの超並列固有値計算手法」

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 内容:第一原理分子動力学や量子化学計算では, 1万元程度の比較的小規模な固有値問題を超並列計算を用いてできるだけ高速に解きたいという需要がある. 本発表では, このような目的のために我々が開発しているブロックヤコビ法を紹介し, 「京」での性能を報告する.

・10:35-11:10
 横川三津夫(神戸大学,専門分野: ハイパフォーマンスコンピューティング)
「π共役ポリマーの電子状態計算に現れる連立一次方程式の並列解法」

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 内容:次世代エレクトロニクス材料として注目されているπ共役ポリマーの電子状態計算に現れる複素帯行列を係数行列とする連立一次方程式に対し,行列の形状特性を活かした並列解法について述べる.

・11:20-11:55
 島村孝平(神戸大学,専門分野:計算物質科学)
「分割統治法に基づくオーダーN第一原理計算手法の開発とその応用」

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 内容:密度汎関数理論に基づく第一原理計算の計算コストはO(N^3) である(原子数Nの3乗に比例する)が, 分割統治法(DC-DFT法)を用いた並列化によりO(N) (オーダーN, 原子数Nの1乗に比例する)まで減らすことが可能である. ここでは、三次元系を分割した空間ドメインの和集合で表し, 系全体の物理量は各ドメインの物理量の線形結合で再現される. だが従来のDC-DFT法では, ドメインの分割数や, 各ドメインに設けられた周囲のドメインとのバッファの取り方等に任意性があり, このことに起因して(O(N)に)巨大な前因子がかかっていた. 我々はこの前因子の最小化法を確立させて高速化を達成し, ~10^4個原子を用いた分子動力学法計算への応用を可能とさせた. 講演では, 手法の概要を述べた後, 最近行った大規模凝縮系の第一原理分子動力学計算を応用例として挙げる.

・11:55-12:30
 篠原康(東京大学,専門分野:光物性・計算物理学)
「非線形光学応答の量子シミュレーション手法開発と超並列計算」

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 内容:高強度レーザーに誘起された非線形応答が見せる新奇現象の観測がこの四半世紀の光科学の一翼を担っている. 近年はそうした潮流は固体に向かいつつあり, 光と物質の応答が真に結合した新奇現象への期待が高まっている. こうした非線形・非平衡量子ダイナミクスは, 物質中の誘電応答への著しい影響, 入り組んだ状態間の緩和過程等を見せ, 実験から実際に起きている物理を理解するためには, 非線形応答・非平衡状態の量子力学的シミュレーションが必要不可欠である. 非線形応答の一例として, 高強度電磁波の物質中光伝播の超並列シミュレーションの実例と現状について紹介し, 非平衡状態の記述に向けた最近の取り組みを紹介したい.

・14:00-14:50
 深谷猛(北海道大学,専門分野:ハイパフォーマンスコンピューティング)
「ScaLAPACKの性能分析と次世代アルゴリズム研究への指針」

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 内容:これまで,線形計算アルゴリズムの実行コストは主に浮動小数点演算の回数に着目して議論されることが一般的であった. しかし,計算機環境の多様化・複雑化に伴い,通信回数をはじめ,様々な観点から議論をする必要が生じている. 本講演では,今日標準的にもちいられているScaLAPACKで提供されているアルゴリズムを中心に,実際のデータを踏まえながら性能を分析し, 次世代アルゴリズム研究への指針を論じる.

・15:00-15:35
 片桐孝洋(名古屋大学,専門分野:ハイパフォーマンスコンピューティング)
 「ポストムーア時代の数値計算アルゴリズム開発に向けて」

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 内容:ポストムーア時代に向けたハードウェア動向を紹介する. また, ポストムーア時代に有効となると予想される数値計算アルゴリズムについて, 密行列演算の観点から議論を行う.

・15:35-16:10
 福島孝治(東京大学,専門分野:統計物理学・計算物理学)
「データ駆動科学と計算物質科学の接点」

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 内容:理論的な有効模型や第一原理計算から大規模数値計算を介して実験で得られる現象を解明するアプローチを前向き型とみなすと, 実験から得られるデータから重要な物理現象を抽出することは逆向き型と考えることができる.実験データが高次元になると必然的にその解析には大規模計算が必要になり, またデータの源は必ずしも実験だけでなく, 大規模数値計算も対象になりうる. そのための計算手法・計算技法について議論する.

・16:10-16:20
 山本有作(電気通信大学,専門分野: ハイパフォーマンスコンピューティング)
 「おわりに」

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 内容:研究会の総括. 今後の大規模計算物質科学・数理科学の融合にむけての議論も, 併せておこなう.

参加者数 数学・数理科学:11、 諸科学:24、 産業界:9、 その他:1
当日の論点

量子力学に基づく計算物質科学は,盤石な理論基盤を持つ反面,計算量が膨大になり,一般には,時間的・空間的に極小なスケールしか扱えない。マクロな物質・現象を直接扱い,次世代電子デバイスをはじめとする産業応用に寄与するためには,ポスト京時代のスーパーコンピュータを活用するとともに,数理モデリング,超並列アルゴリズムなどの分野と協働し,数理的問題の共有化を通じて新しいモデリング手法,計算アルゴリズムを産み出してゆく必要がある。そこで本研究会では,物質科学系研究者と数理・情報科学系研究者とを数名ずつ招いて講演していただき,前者のニーズと後者のシーズとを突き合わせることで,新たな協働の可能性を探ることを目的とした。本研究会で議論したいと考えていた論点は次の通りである。

 

(1) 計算物質科学の最先端では,どのような物理現象を,どのような数理原理に基づきシミュレーションしようとしているか。また,数理・HPC分野に対してどのようなニーズがあるか。

 

(2) 数理分野では,計算物質科学に適用できそうな,どんなシーズがあるか。

 

(3) ポスト京時代のスーパーコンピュータの新潮流は何か。また,それは数値モデリングやアルゴリズムにどのようなインパクトをもたらすか。

 

(4) データ科学とシミュレーションの融合により,何が可能となるか。また,融合に当たっての課題は何か。

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

各講演後の質疑応答時間や懇親会において上記の論点について議論した結果,次のような現状と課題点が明らかになった。

 

(1) 計算物質科学の先端シミュレーションの現状と課題
・全電子第一原理 GW+Bethe-Salpeter プログラムが開発され,光吸収,発光など,励起状態に関わる現象を高精度で計算可能となっている。計算には様々なサイズの固有値問題(数百万元で数万固有対,数万元で全固有対など)が現れ,その効率的な求解が課題となっている。
・量子多体問題の汎用的なソルバとしてHΦが開発され,広汎な多体量子系の有効模型の基底状態や低励起状態を求めることが可能になっている。計算には主にLanczos法を用いているが,より効率的な固有値ソルバがあれば望ましい。
・時間依存型シュレーディンガー方程式を解く量子波束シミュレーションにより,有機デバイス材料の電気伝導の計算が可能になっており,さらに,2粒子波動関数を使うことで,発光や光吸収の計算も可能になる。問題の数理構造を反映した行列構造(ブロック対角+α)により計算を効率化すること,機械学習により有望な物質構造を探すことが課題である。
・分割統治型のオーダーN第一原理計算手法が開発された。本手法では,計算領域を分割して各領域で独立にKohn-Sham方程式を解き,結果を統合して全体での解を求める。並列化とプログラムの最適化が今後の課題である。
・電子のアト秒ダイナミクスや高品質レーザー加工などの応用に向け,非線形光学応答の量子シミュレーションのプログラムが開発された。空間的・時間的なマルチスケール性が困難な点であるが,空間方向については,Maxwell-TDDFT法の開発と「京」の計算資源により可能となった。時間方向のマルチスケール性を取り扱うには,更に大規模な計算機資源が必要となる。畳み込み積分のための FFTの計算が1ステップで134M回必要であり,HPCの観点からの最適化も不可欠となっている。

 

(2) 数理分野からの新たなシーズ
・多数の変数で記述される動的システムを,より少数の変数で記述されるシステムで近似し,計算量を削減する方法として,モデル縮減と呼ばれる手法が近年注目されている。その手法の一つとしてPOD(Proper Orthogonal Decomposition)があり,さらに,ハミルトン系向けにシンプレクティック性を保存するモデル縮減手法として新たにSMR(Symplectic model reduction)が提案された。3次非線形シュレーディンガー方程式に適用した実験では,後者は非常にうまく働く。
・ハミルトン系など,特別の性質を持つ常微分方程式系に対しては,その性質を離散化後にも保存する構造保存型数値解法と呼ばれる一群の解法が開発されており,安定性などの面で有利である。最近,ハミルトン系向けに,Butcher-Miyatake法と呼ばれるエネルギー保存型の4次の並列解法が開発された。サンプルプログラムとして,2次元非線形シュレーディンガー方程式を解くコードができており,高性能実装も進められている。
・行列計算の分野では,通信回避型のアルゴリズムが様々な問題に対して開発されている。例として,大規模固有値問題向けの櫻井・杉浦法,中規模固有値問題・強スケーリング向けのブロックヤコビ法,QR分解のためのTSQR法などがある。
・対象とする問題や行列は限定するものの,汎用解法に比べて演算量・通信量などの面で優位性を持つ専用解法の開発も盛んである。例として,一般化シフト線型方程式のためのクリロフ部分空間法,条件数が10の8乗以下の行列のQR分解に適用できるCholeskyQR2法,幅の狭い帯行列向けの1D-Dissectionに基づく連立1次方程式直接解法などがある。
・数値線形代数の分野では,低ランク近似を用いた演算量・メモリ量の削減が1つのトレンドになっている。密行列において非対角ブロックの低ランク近似を行うH行列法,テンソルの低ランク近似などが活発に研究されている。

 

(3) ポスト京時代のスーパーコンピュータの新潮流
・これまで,データ転送能力の演算能力に対する比を表すByte/Flop値は下降を続けてきたが,3次元積層技術の実用化により,今後はメモリバンド幅が増加し,Byte/Flopがむしろ上昇する可能性がある。もしByte/Flop≧4となればブロック化は不要となり,アルゴリズムの設計に大きなインパクトがある。ただし,通信のためのブロック化は引き続き必要であり,通信回避アルゴリズムも相変わらず重要である。
・HPC分野におけるFPGAの利用が普及する可能性がある。先進CPU / GPUでは最内側にIF文のあるループは実効効率が悪いが,FPGA化により,高速化できる可能性がある。

 

(4) データ科学とシミュレーションの融合の可能性
・データ科学の分野ではスパースモデリングが広く使われるようになり,圧縮センシングなどに応用されている。シミュレーションを行って結果を得ることをセンシングに見立てれば,スパースモデリングはシミュレーションから効率的に情報を抽出する際にも役立つ。
・非常に大規模なデータに対するPCA(主成分分析)が各所で必要になっている。また,データが来るたびにPCAを更新するオンライン型のPCAも重要になっている。特に,大規模シミュレーションではデータを貯めておけないので必須である。
・データ科学を応用した例として,有機ポリマーにおいて電子易動度を決める因子のクラスタリングを用いた推定がある。また,構造最適化におけるベイズ最適化の応用も期待される。

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

上で明らかになった先端シミュレーションの各課題について,数理的なシーズとの突き合せを行い,計算物質科学と数理・HPCの連携研究を進めていくことが重要であるという認識が,参加者の間で共有された。これに向けて,次のような課題に取り組むことが必要であると考えられる。

 

(1) 問題の数理構造の共有化
計算物質科学の研究者と数理・HPCの研究者が,解きたい問題の数理的構造を共通の言葉で理解することが重要である。現在,数理モデリングやアルゴリズムの世界では,特定の数理構造を持つ問題に対して,効率性・安定性などの優れた性質を持つ手法の開発が大きな潮流となっている。計算物質科学の問題には,特定の数理構造を持つものが多く,それを認識してモデリングや計算に活用できれば,大きなメリットがある。そのためには,計算物質科学の研究者が自らの問題を数理の目で見直すとともに,数理の研究者も,より物質科学の側に立ち入って議論できるように努力する必要がある。計算物質科学の研究者と線形計算の研究者とのインターフェースは,従来は主に行列データであったが,行列データのみからでは,その背後にある数理構造を十分に読み取ることは難しい。たとえば,量子多体問題の行列は自然なテンソル積構造を持つが,そのことは,問題の元々の定式化に立ち戻って初めて明らかになる。そのようなことができる数理の研究者を育てることが課題である。

 

(2) 俯瞰的視点の重要性
上記(1)とも関連するが,モデリング,アルゴリズム設計,高性能実装という一連の流れの中で,自分の専門分野に関わる部分だけを見るのではなく,全体を俯瞰して見ることが必要である。それにより,新たな,より効率的な計算の道筋が見える可能性がある。例えば量子力学のシミュレーションでは,ハミルトニアンから固有値計算により波動関数を求め,そこから物理量の期待値を求めるというのが従来の流れであった。しかし,最終的に必要なのは波動関数ではなく物理量の期待値であることに着目すると,ハミルトニアンからグリーン関数を求め,そこから密度行列を経由して直接に物理量の期待値を求めるという道筋も見えてくる。後者の道筋では,固有値計算の代わりに,効率的なシフト線型方程式の解法が利用でき,並列性に優れた解法を構成できる。これは計算物質科学と数理の協働の成功例であるが,俯瞰的視点を持つように努めることで,同様のブレークスルーが他の先端的計算でも可能になるのではないかと期待される。

 

(3) シミュレーション結果に対するオンライン型のデータ解析
大規模シミュレーションでは,計算結果が膨大過ぎて,ディスクなどに落として保存することが不可能な場合が多い。また,データ量が多いために,解析を行うのも普通の計算機では困難である。そこで,データ解析のコード自体もスパコン上に移植し,スパコン上で解析を行う必要がある。あるいは,より進んで,シミュレーションとデータ解析のコードレベルでの融合を行い,シミュレーション結果が一部出るたびに解析結果もアップデートするオンライン型のデータ解析も今後は必要になると考えられる。

 

(4) コード共有の必要性
計算物質科学の研究者にとっては,先端的な解法やアルゴリズムの論文を読んで興味を持っても,そこから自分でコードを作るのは大変である。そのため,MATLABでもよいから,解法やアルゴリズムを作った研究者にプログラムを公開してもらえるとよい。

今後の展開・フォローアップ

今後については,次のような展開・フォローアップを考えている。

 

(1) トイモデルを使った共同研究
昨年度の数学協働プログラム研究会「数理構造保存を接点とした数学・HPC・実科学のクロスオーバー」の終了後に参加者有志で共同研究グループを作り,有機高分子のトイモデルと見なせる2次元非線形シュレーディンガー方程式に対して構造保存型数値解法を適用して,その有効性を検証するとともに,東大物性研のスパコン上での高性能実装も進めている。また,π共役ポリマーの電子状態計算に現れる連立一次方程式に対して,効率的な並列解法の開発を進めている。これらの取り組みを推進するとともに,他の研究課題についても可能性を探る。

 

(2) コードの公開
上記の2次元非線形シュレーディンガー方程式の共同研究では,FORTRAN版のコードを一般に公開し,興味を持った研究者が利用可能としている。今後は,高性能実装版についてもコードを公開するとともに,他の共同研究についても何らかの形でコードの公開ができないかを模索する。

 

(3) 研究費への応募
現在,運営責任者の松尾を代表とする科研費特設分野研究「数理構造の抽出と保存を中心とした次世代エレクトロニクス材料設計基盤の創出」を通じて共同研究を進めているが,本研究会の参加者有志で,更に他の研究費についても積極的に応募を検討する。

 

(4) 本研究会を発展させた研究会の開催
本研究会では,構造保存型解法,実科学,線形計算・高性能計算の研究者が現状の課題とシーズを交換し合うことを目的としたが,今後協力して研究を進め,新たな課題やアイディアが出た段階で,もう一度研究会を開くことを考えている。

 

(5) 産業界との交流
本研究会では産業界からの参加者が9名おり,産業ニーズを示している。しかし,今回はこれら参加者からのニーズを直接聞く機会はなかった。産業界からのニーズを直接聞ける場を設けていくことが,今後の展望として挙げられる。