数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 生物学のためのネットワーク理論:ゲノムから生態系まで
採択番号 2015S03
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明
キーワード ネットワークダイナミクス、シミュレーション、コミュニティ
主催機関
  • 国立遺伝学研究所
運営責任者
  • 有田 正規
  • 竹本 和広
  • 内山 郁夫
開催日時 2015/12/07 00:00 ~ 2016/01/31 00:00
開催場所 12月7および8日に2日間の会合、1月5日および6日に二回目の会合をおこなう。12月の開催場所は三島市商工会議所会議室。1月の開催場所は国立遺伝学研究所・生命情報研究研究センター
最終プログラム

【12月7日】
講演会 

13:00 オープニング、問題提起

13:10 有田正規(国立遺伝学研究所)遺伝子ネットワーク、代謝ネットワークの基礎

13:40 竹本和広(九州工業大学) コミュニティ解析、ネットワーク進化

14:10 内山郁夫(基礎生物学研究所) オーソログ解析、配列ランドスケープ

14:40 休憩

15:00 春名太一(神戸大学) ネットワークダイナミクス

15:30 高口太郎(国立情報学研究所) ネットワーク時系列解析

16:00 問題点の洗い出し、ネットワークの意義について

18:00 終了


【12月8日】
9:00 討論 「ネットワークのメリットとデメリット」

  • 生物学における具体的な応用事例
    遺伝子発現量、ドメインネットワーク、がんシグナル伝達、代謝の具体例紹介
  • 複雑系科学における具体的な応用事例
    時系列解析、コンタクトプロセス、化学反応系の具体例紹介
  • 圏論とこれら具体例との距離
    圏論が応用できる分野、RDFとの関係

12:00 昼食

13:30 討論 「論文執筆について」

  • 論文の具体的な章立てと役割分担
  • 取り上げるべきコンセプト、キーワード
  • GoogleDocumentを用いた具体的執筆作業

17:00 終了


期間をあけ、その間 Google Document を利用して提言となるオピニオンペーパー(英語)を作成


1月5日

13:00 オープニング、オピニオンペーパーの紹介

14:00-17:00 スタディグループの実施。1回めの参加者からのフィードバック、会場参加者からのフィードバック

1月6日】

9:00-12:00 スタディグループの実施

12:00-13:00 昼食

13:00-16:00 スタディグループの実施

16:00-17:00 提案の最終確認

オピニオンペーパーの最終校正

オピニオンは英文査読誌に投稿し、その翻訳版も提言として公開します。

参加者数 数学・数理科学:2、 諸科学:6、 産業界:0、 その他:0
当日の論点

以下のような点について、ネットワーク科学にまつわる理論(グラフ理論、圏論、確率・統計、確率過程、時系列解析、制御理論など)の視点から、遺伝子制御ネットワークから生態系ネットワークまで、生物学への適用について幅広く議論した。

  • 参加研究者それぞれによるネットワークの捉え方(研究紹介)
  • 生物学におけるネットワーク利用の実例集め
  • ネットワークのメリットとデメリットの洗い出し
  • ネットワーク利用形態の類型化(分類)
  • 論文投稿する場合の投稿先、執筆分担
研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

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このスタディグループでは、まず有田から次のような問題が提起された(資料1)。近年のネットワーク科学の流行により、ネットワークという考え方は生物学にも広く用いられている。しかしながら、ネットワーク科学における理論(ネットワーク理論)の実態やその限界などがよく理解されないまま使われている。ネットワーク理論は主にグラフ理論に基づいているが、グラフで生体システム(ネットワーク)を表現することには限界があり、生物学的に意味のない結果が導かれることが、代謝パスウェイ解析を例にして示された。

 

このような背景から、生物学に真に貢献するネットワーク理論について、ネットワーク科学の専門家の視点からこれまでの研究を見直し、効果的な利用法を類型化し、生物学者にガイドラインを提示することを目標とした。

 

参加研究者それぞれから、ネットワーク理論の効果な事例について(可能性がありそうなものも含めて)説明があり、それらについて討論した。

 

竹本は、コミュニティ検出(グラフクラスタリング)の有効性を、がんシグナルネットワーク、タンパク質相互作用ネットワーク、代謝ネットワーク、生態系ネットワークを例にして、説明した(資料2)。特に、適切なグラフ表現によってこれまで曖昧に議論さてきたシステムの構造が定量的に評価できること、有用ノード(薬剤ターゲットや生態系保全のために重要な種)の候補の探索が可能になることが挙げられた。

 

春名は、圏論(Category theory)について、生態系ネットワーク、神経回路網、遺伝子制御ネットワークを応用として挙げて、説明した(資料3)。特に、圏論は有向グラフについて、ある種のダイナミクス(伝達やコヒーレンス)を考慮して議論できることを示した。また、未知の構造・モデルを発見するための手掛かりとしても役立つことを指摘した。

 

内山と千葉は、遺伝子配列の類似性に基づいて定義されるグラフ(ホモロジーグラフ)に基づく比較ゲノム解析とそのデータベースについて説明した(資料4)。特に、ホモロージーグラフの(マルコフ)クラスタリングがオーソログや遺伝子ファミリーの同定に有効であることを示した。また、データベースとの関連から、Resource Description Frameworkについても言及があり、圏論の有効性についても指摘があった。

 

高口は、時間変化するネットワークの理論(Temporal network analysis)とその周辺について、社会システムを例にして、説明した(資料5)。ネットワーク上での感染症の拡大や、ネットワークを効率的に分断するノードを見つけるための戦略についての数理的考察についても説明し、ネットワークにおける時間ダイナミクスの重要性を示した。

 

阿部は、生態系ネットワークについて、主に動力学の視点から、説明した(資料6)。行動関係のグラフ表現が、動物の順位行動の特徴づけや定量化に有効であることを示した。更に、相互作用の種類がコミュニティ行列の固有値分布(生態系(ロトカ=ボルテラ)モデルの安定性基準)に与える影響や、Convergent cross mappingを用いた少数の時系列データからの生物種間の因果関係についての適用事例が紹介された。

 

福島は、遺伝子発現ダイナミクスからの遺伝子制御関係(ネットワーク)の推定について、説明した。グラフィカルモデリングやベイジアンネットワークによる時系列データからの因果関係推定は一般に計算コストが高く、適用が難しかったが、近年いくつかのヒューリスティック手法が提案されていることが紹介された。

 

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

ネットワーク理論は、その遺伝子レベルから生態系レベルまで適用されており、その有効性を確認できた。異なる分野で同じような問題を共有していることも分かり、更に学際的な発展があることが確認された。

 

また、ネットワーク理論は、グラフ理論に基づくものが主であるが、近年の動向を鑑みるに思った以上に多くの理論の相互作用から構成されていることが分かった。

 

生物学で一般に用いられる解析はグラフ理論に基づく研究が多い。用いられる手法は、候補の列挙(Ranking)、クラスタリング、部分構造抽出(Motif finding) という3つのキーワードでまとめられることが分かった。具体的に、どのような生物学的問題に対してどのような手法が適しているかをまとめることが大まかにまとめることができた。

 

後者は主に応用物理や情報科学において研究され、時間や空間を考慮したり、発展形として圏論を利用したりする。しかしながら、抽象度が高い、理論をそのまま適用するために実験コストが高いなど、生物学との隔たりが大きいことが確認された。例えば、Temporal network analysisで要求されるデータ量は、時間分解能を含め、現在の実験手法からは満たせないことが分かった。

 

ネットワークの理論の有効性は十分に検証されているわけではないことも分かった(可能性を示唆するのみで、実験的な証拠に乏しい)。検証を行うための基盤の構築が必要である。理論家が生物学にアプローチするためには分かりやすいOpen Problemが必要だろう。Mayのパラドクスは近年の生態学の発展に貢献している。このような事例は参考になると考えられる。

 

今後の展開・フォローアップ

今回2回の会合でまとめられた内容をまず英語論文として英文査読誌に投稿する予定(2015年度以内)。またその概要の日本語版を、ネットワーク科学の利用法提言として公開する予定である。