数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 数理科学的手法を駆使した骨粗鬆症の早期診断と予後予測への挑戦
採択番号 2016S01
該当する重点テーマ 計測・予測・可視化の数理 、リスク管理の数理 、最適化と制御の数理
キーワード 数理生命科学提言課題(1、6) 、力学系理論 、微分方程式 、近似ベイズ法 、最尤推定法 、個体群動態 、データ解析 、理論生物学 、骨粗鬆症
主催機関
  • 九州大学大学院理学研究院
  • 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
  • 東京大学大学院農学研究科
運営責任者
  • 岩見 真吾
  • 篠原 正浩
  • 野下 浩司
開催日時 2016/08/16 14:00 ~ 2016/08/18 12:00
開催場所 ひめぎんホール 会議室
最終プログラム
生命現象の理論・実験の融合研究に携わる研究者のうち、主に、応用数学、生態学、進化学、分子生物学を背景にし、数理モデル、コンピュータシミュレーション、
統計分析などの数理科学的な手法を利用して、古典的な“縦割り研究”の域を超えて新しい“分野横断的研究”に従事している、あるいは、興味がある若手研究者によってチームを形成して集中討論を開催する。
各チームは1-3名の講師を含む1-6名の聴講者によって、全員が議論に参加をする形で構成する。
会議の進行は運営責任者の岩見が責任を持つが、特定の話題に関する討論の時は、専門講師を中心にファシリテータを立てる。
はじめ、運営責任者の篠原が実験検証可能な複数の共同研究のシーズを提案し(具体的な課題の提示)、少なくとも1つの課題に関する原著論文を仕上げることを前提に、
各講師が講義を通して専門とする数理科学的な手法の紹介を行う(チュートリアル)。
また、研究事例紹介として理論・実験の融合研究を精力的に推進している新進気鋭の若手研究者に講義を依頼し、そのアプローチを学ぶ。
そして、共同研究のシーズ発見をめざした深い議論を行うため、ファシリテータを立てた討論の時間を多く設け、チーム間で協同してオリジナル研究を生み出すことに注力する。
講師は1時間の講演の中で数理科学的手法の応用例を取り上げ、2日目の午後の討論セッションにおける、共同研究で取り組む課題の実現可能性について触れながら,その解決手段について集中的に議論する。
3日目には2泊3日の集中討論で進めてきた数理科学的な手法を用いた多角的な解析可能性を総括し、原著論文の執筆に向けた共同研究の具合的な分担を話し合う。
本協同研究では、実験による検証を具体的に行う事が特筆すべき点の1つである。


「生命現象の数理モデリング」チーム(*が講師)
岩見真吾*(九州大学大学院理学研究院・数理科学)
柿添友輔(九州大学システム生命科学府・生物学)
岩波翔也(九州大学システム生命科学府・生物学)
Ross Booton (Sheffield大学・数理科学)

「生命現象の定量的データ解析」チーム(*が講師
野下浩司(東京大学大学院農学生命科学研究科・数理科学/情報学)
山口諒(九州大学システム生命科学府・進化生態学)
伊藤悠介(九州大学システム生命科学府・生物学)
北川耕咲(九州大学理学部生物学科・生物学)
久留主達也(九州大学理学部生物学科・生物学)

「生命現象の計算機シミュレーション」チーム(*が講師)

守田智*(静岡大学大学院工学研究科・複雑系科学)
中岡慎治*(東京大学大学院医学系研究科・数理科学/免疫学)
立木佑弥*(京都大学ウイルス研究所・理論生態学)
布野孝明(九州大学システム生命科学府・生物学)

「生命現象の実験検証」チーム(*が講師)
篠原正浩*(東京医科歯科大学・分子生物学/実験科学)
志内哲也(徳島大学・分子生物学/実験科学)

プログラム

1日目 座長・立木佑弥
[午後]
14:00--15:00 岩見真吾 (スタディグループの説明)
15:00--16:30 篠原正浩 (課題抽出に向けての問題提起:骨保護から寝たきりを防ぐ統合的研究)
講演資料:資料_shinohara
16:40--17:30 野下浩司(講義1:3Dボリュームデータの定量的解析について)
講演資料:資料_noshita

2日目 座長・岩見真吾
[午前]
09:00--10:00 フリーディスカッション
10:00--10:50 中岡慎治(講義2:遺伝子発現解析入門について)
講演資料:資料_nakaoka

11:00--12:00 立木佑弥(講義3:個体群動態入門について)
講演資料:資料_tachiki

(休憩)

[午後]
13:30--15:30 討論1(ファシリテータ:篠原正浩)
16:00--17:30 討論2(ファシリテータ:中岡慎治)

(休憩)

18:00--18:50 討論3(ファシリテータ:守田智)
19:00--19:50 討論4(ファシリテータ:野下浩司)

3日目 座長・立木佑弥
[午前]
09:00--10:00 フリーディスカッション
10:00--11:30 柿添友輔(本スタディグループを通じた共同研究の方向性)
11:30--12:00 岩見真吾(フォローアップに関する議論)
参加者数 数学・数理科学:11、 諸科学:5、 産業界:0、 その他:0
当日の論点
骨は1年間で20~30%が入れ替わる。正常な骨では、骨吸収と骨形成のバランスが保たれ、骨量は維持されている。
しかし、壊される骨の量が新たにつくられる骨の量より多くなった状態が続けば骨粗鬆症が進行する。
すなわち、骨粗鬆症では骨吸収が骨形成を上回るため骨量が減少する。
骨がもろくて弱くなることは骨折リスクと直結し、また、骨折は日常生活動作を著しく低下させるので生命予後にも大きな影響を与える。
高齢社会を迎え、骨粗鬆症の患者は年々増加の一途をたどり、約1000万人を突破している。
加齢による骨粗鬆症の早期診断を可能にし、患者個別に先制治療を開始できる医療体制が希求されている。
骨粗鬆症の診断は若年成人の平均骨密度との比較により評価されているが、この評価法には個人差や時間変化が考慮されていない。
また、高齢者が骨折を機に診療を受けた時に、骨粗鬆症と診断されるケースがほとんどである。
そして、骨粗鬆症と診断された時には、既に骨がスカスカの状態であり、すぐに治療を始めても骨密度が回復するには相当の時間を要する。

今回は、骨量動態を記述する数理モデルを構築し、実験データに基づいたコンピュータシミュレーションを駆使する事で、
患者個別の血中骨代謝マーカーの変化動態より骨粗鬆症の早期診断を可能にするシステムを構築する事を課題として本スタディーグループを行った
この様な研究が達成されれば、骨粗鬆症の新しい先制治療が可能になり格段にQOLを向上させる事が期待でき、
数理科学が超高齢化社会に果たす役割は計り知れない。
研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)
骨粗鬆症の診断は、若年成人の平均骨密度との比較により行われているが、これらの診断方法では個人差に対応できない。
現在、破骨細胞と骨芽細胞の制御関係が明らかになりつつあるが、加齢に伴い各骨代謝マーカー(骨形成:P1NP/骨吸収:TRAP)や
関連因子(RANKL/OPG/SOST)がどの様に変化するかは明らかにされていない。
また、時間変化する情報が不足しているため、診断後の将来予測を行う事も困難である。
つまり、患者個別に早期診断・予後予測を行うためには本研究の特色である骨代謝マーカー動態を記述する数理モデルを援用したシミュレータの開発が必須である。
スタディーグループでは、血中の骨形成マーカーであるP1NPと骨吸収マーカーであるTRAPを測定する事で「形成と吸収の状態」を微分方程式を用いた数理モデルで記述した。
特に、破骨細胞分化因子RANKLとその阻害因子OPGによる破骨細胞と骨芽細胞の相互抑制・促進の形成と吸収の制御メカニズムも組み込んだ。
これは、RANKLやOPGの継時的測定が実験的に可能であることによる。また、数理モデルにより記述した形成と吸収の状態から計測する「骨」を定式化する事も行った。
結果として、骨は形成と吸収を表す2つの変数のリニューアル方程式で記述する事が出来た。
このような数理モデル研究を通して、骨代謝マーカーの変化と骨状態との関連が明らかになれば、骨密度に代わり骨代謝マーカーを用いる検査を提案できるようになる。
リアルタイムな骨代謝を反映した骨代謝マーカーの計測は簡便であり、全身骨の平均的な評価が可能になる事より、従来の骨密度による診断と比べて様々な利点がある。
特に、患者毎の骨代謝マーカーの時系列データから骨粗鬆症が予測できる事になれば、先制治療や予後予測に直結するので本研究が持つ意義は極めて大きくなる。

この様に3日間のスタディーグループを通じて、実験科学者が納得できる数理モデルを構築する事ができた。また、参加者全員の意識共有を図る事も達成された。
スタディーグループを終えた後、次に取り組んでいく事は開発した数理モデルに実験データを定量的に予測する事ができるかという点である。
具体的に取り組んでいく課題は、年齢の異なるマウスを用いて上述した変数を継時的に測定し、数理モデルのパラメータを推定する事である。
また、測定したマウスの骨量の時系列データがリニューアル方程式により予測されているかどうか検証していく。
パラメータ推定がうまくいかない場合は、例えば、数理モデルに使われているネガティブフィードバックやポジティブフィードバックの項を別の関数に書き換える事を想定している。
また、リニューアル方程式で用いられているハザード関数に適切な確率密度関数を選ぶ事も今後の課題である。
新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと
スタディーグループで議論を進めて行くうえで”タイムスケールの異なる現象が複数内在する”という興味深い問題点が明らかになった。
例えば、破骨細胞や骨芽細胞、OPGやRANKL等の分化・死亡・分泌・分解を介した相互作用のダイナミクスはdayのオーダーで行われている。
一方で、破骨細胞と骨芽細胞による骨破壊や骨形成に関するダイナミクスはmonth、あるいは、yearのオーダーで行われている。
この様に全く異なるタイムスケールを記述する数理モデルを開発するために活発な議論を行った。
具体的な解決策としては、「個体ベースシミュレーションによる実装」や「年齢構造を考慮した偏微分方程式によるモデリング」などが挙げられた。
しかし、動物実験から測定できるデータが限られている点(後述)やデータ解析の簡便性を考慮した結果、
dayのオーダーのダイナミクスは微分方程式による力学モデルで記述し、month以上のオーダーのダイナミクスはリニューアル方程式により記述するという方法をとった。
そして、準定常状態を仮定する事で微分方程式は定常状態に収束していると考え、リニューアル方程式に代入する事で全体のダイナミクスを結合させるという方法を考えた。

以上の方法を用いる事でmonth以上のオーダーで変化する微分方程式のパラメータの影響を容易にリニューアル方程式に反映させることができる。
ただし、このような近似的なモデリングが正当化される条件が生物学的に妥当であるかどうかを、
今後、個体ベースシミュレーションによる解析と併せて確認する事が今後の課題の1つである。

また、本スタディーグループを提案する段階で主催者の一人である東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・篠原正浩講師とマウス実験によるデータ取得についても議論していた。
当初は、生後4週齢から52週齢まで、4週齢ごとのマウスサンプルの取得を想定していた。
そして、この基礎的データを基盤として、数理モデルの構築ならびにシミュレーションによるパラメータ推定を行う予定であった。
しかし、スタディーグループで議論した結果、パラメータの推定精度を上げるためには、少なくとも2週ごとのサンプリングが必要であり、
かつ1タイムポイントのサンプル数を増やす必要があること、また解析項目を追加する必要があるという結論に達した。

マウスを用いた実験解析を追加し、より高頻度でサンプル数の多いデータを取得していく点も今後の課題である。
今後の展開・フォローアップ
本スタディーグループにて議論した事をもとに以下の参加者を中心に役割分担を決めた。

九州大学・岩見真吾、立木佑弥、及び、岩波翔也:数理モデルの解析及びシミュレーションの開発
東京医科歯科大学・篠原正浩:マウス実験によるデータ取得
東京大学・中岡慎治:マウスの遺伝子発現解析の実施
東京大学・野下浩司:マウスの骨サンプルを用いた2次元、及び、3次元の画像解析

以上の分担内容の進捗度合いを見て、参加者が議論する機会を複数回設け進捗状況を報告しあう事で、強固な共同研究グループを形成したい。
また、運営責任者が中心になり原著論文の準備を進めていく。
さらに、本スタディグループ以降にも同様の企画を継続させ、欧米等で積極的に行われている短期集中型の研究教育の機会を日本の環境にあった取り組みとして発展的に展開していく事も計画している。
特に、2016年10月3日、4日には九州大学の博多駅オフィスにて東京医科歯科大学・篠原氏、及び、九州大学からのスタディーグループの参加者にて、第1回目のフォローアップを行う事を予定している。
本ミーティングでは、スタディーグループ参加者による2017年度のJSPSの科研費への申請可能性を検討する事も考えている。
今後も、岩見と篠原氏が中心となり、理論・実験のフィードバック研究を進めていく。