数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 数理地理モデリングによる環境人文学の展開
採択番号 2016E02
該当する重点テーマ 過去の経験的事実、人間の行動等の定式化
キーワード 地理情報システム 、近世郡村誌 、ネットワーク分析
主催機関
  • 個人
運営責任者
  • 青木 高明
開催日時 2016/10/31 00:00 ~ 2016/11/01 00:00
開催場所 京都大学数理解析研究所 110教室
最終プログラム

2016/10/31 (Mon)

13:00 –14:00 Satomi Kurosu [www] Reitaku University Constructing Big Data for Japanese Historical Population: Challenges and Possibilities
14:30 –15:30 Juyong Park [www] Korea Advanced Institute of Science and Technology Quantifying Creativity and Diversity in Classical Music and Western Painting.
16:00 –17:00 Satushi Murayama [www] Kagawa University Historical sources for living spaces
17:30 – Dinner


2016/11/1(Tue)

9:30–10:30 Tatsuro Kawamoto [www] Tokyo Institute of Technology Community detection in a nutshell
11:00–12:00 Tzai-Hung Wen [www] National Taiwan University Spatial Open Big Data for Urban Mobilities

 

 

参加者数 数学・数理科学:8、 諸科学:11、 産業界:、 その他:
当日の論点

2016/10/31-11/1の二日間に渡って,研究会を開催した.参加者は,海外研究者2名を含む計19名である.人文学系と数理科学の協働を目指して行った研究会であり,参加者の専門分野は多岐にわたった(地理学や歴史人口学,歴史GIS学や郡村史研究などの人文学系と,応用数学や数理物理学の研究者,あるいは気象学や都市工学等の研究者が参加した).

 

研究会では,特に人文社会学系にこれまで蓄積されてきたデータの紹介とデジタル化処理などを紹介すると共に,幾つかのデータを対象に既に数理解析をスタートしている事例に関して発表があった.また数理解析手法としては,主にネットワーク解析が行われているため,その代表的な手法であるコミュニティ検出(グラフ分解)についてのレビュー発表があった.各発表の間には30分のインターバルを取っていたが,その間でも発表者を囲んで熱心な議論が継続され,今後の研究について多くのアイディアが提案された.具体的な研究会の実施経過については,以下の通りである。

始めに,Satomi Kurosu氏から歴史人口学データの紹介があった.日本各地には,宗門改帳や人別改帳といった各年毎の戸籍資料が現存している.そこには各人の出生,死亡,結婚,家族関係等の情報が記録されている.これらのデータをライフヒストリーとしてまとめ,人口と家族という視点から歴史・地域の理解を進めるのが歴史人口学という分野である.これまでの研究蓄積として膨大な手書きの資料が残されていたものの,デジタル化処理はされておらず分析は限定的であった.発表者はそのデジタル化処理を進めており,先行してデータ整備を進めた福島県の2か村について,女性の結婚年齢に関する家族要因や経済要因の影響について発表を行った.また誰がどこの村から嫁いできたかという,前近代としては世界的にも例の無いデータが記録されている.今後,婚姻関係に関する地域間の繋がりを分析することで,江戸期の地域社会の広がりが明確になることが期待される.

Kurosu

Juyong Park 氏からはアート,特に絵画における色彩について科学的分析の試みが紹介された.西洋絵画に関する大規模なデータセットを利用し,色彩利用のパターンを指標化し,その年次変化と絵画手法との関係性を明らかにした.また研究経緯として,どうすれば絵画史研究として意味ある定量情報を引き出すことができるかという問題に対して,科学者としての取り組みを紹介された.

Satoshi Murayama 氏からは近世江戸期における村落の叙述資料について,それらの資料は村落の持続性を主眼に記述されていることが紹介された.人々が生活を維持していくために必要な自然・社会資本に関する記述から,当時の人々の生き方を読み解くが期待できる.

Murayama

Tatsuro Kawamoto 氏は,ネットワーク解析の中でも主要な分析手法であるコミュニティ分解についてレビュー発表を行った.コミュニティの定義に関する議論と従来研究の議論の流れを整理すると共に,コミュニティ分解のアルゴリズムの紹介から検出限度の理論研究また統計的有意性についての研究発展を紹介した.またKawamoto 氏の研究として,アンケート調査に関してネットワークを利用した新手法を紹介した.アンケート調査には自由記述式回答方式と選択式回答方式の2種類があるが,どちらもメリット・デメリットがある.氏の手法は,従来の自由記述式のコード化問題を解決し,選択式のように統計的解析が容易にできる手法である.この方法は,従来は叙述的な記述(自由回答)に頼っていた研究分野に対して,新しい定量分析の手法になることが期待できる.

kawamoto

Tzai-Hung Wen氏は,人の移動データに関するOpenDataの紹介とその分析を紹介された.近年IoT技術の発展や衛星データの公開に伴い,地理情報や各種センサー情報を容易に手に入れることができるようになった.台湾ではOpen Dataとして入手可能であり,データの可視化と分析について発表があった.

 

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

研究の現状と課題について一点目は,人文系に蓄積されているデータの多くが紙媒体の資料であることが課題である.また非常にデータが研究者個人毎にデータが個別的であり,集約が難しい. この課題に対して,特に歴史人口学の分野では,既にデータの集約と整備,デジタル化処理を進めている.ただし現状では,コストや手間の問題から,一部の村落のみを対象にデジタル化処理となっている. また絵画データについても,西洋と東洋絵画の比較が議論になった.西洋絵画についてはすでに5種類ほどのデータベースが存在している一方で,東洋絵画はデジタル化処理が遅れており,現状では対比ができない.

 

二点目として,解析手法に関する課題である.江戸期における婚姻や出稼ぎ,現代での職場への移動や旅行等など,人々の移動データを地図上に表示し,地点間のネットワークを表示することで,地域社会の広がりが明確になることが期待される.データの可視化技術については,既に多くのツールが開発されている一方で,その解析手法については十分でない.特にネットワーク(グラフ)として表現したデータから,どのように意味がある情報を取り出すのかについての課題がある. 具体的には,これまで解析手法としてグラフ分割に基づく分析(コミュニティ分解)が行われており,その手法は近年活発に研究されている.ただし分析においては,元の地理空間は考慮されず,ノード間の地図上距離などの扱いについては不十分である.今後,距離などの地理情報を加味した解析への対応が必要とされる.

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

明確になった課題として,人間集団の人口と移動に関する数理科学に基づく解析の必要性である.特に歴史人口学に関して,出産,結婚,死亡といった人口と家族の形態のデータを蓄積している.人文学系のなかでも特に数理科学的解析の対象として議論可能な領域であり,デジタル化処理されたデータが整備されつつある. その為には,デジタル化処理をさらに進めると同時に,地理情報データを加味したグラフ分割手法など,数理科学として解決すべき問題を発見していることができる.

 

今後の展開・フォローアップ

今後は人間集団の人口と移動を中心に,数理と人文学の協働を行う新しい分野の開拓を企図して,今後も長期に亘って研究会等を実施する予定である.