数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 食と流通のしくみをデザインする数理技術と現場介入
採択番号 2015W07
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明 、計測・予測・可視化の数理 、最適化と制御の数理
キーワード 社会システムデザイン 、買い物弱者支援 、農家所得向上
主催機関
  • 九州大学マス・フォア・インダストリ研究所
運営責任者
  • 吉良 知文
  • 神山 直之
  • 大堀 耕太郎
開催日時 2015/12/02 00:00 ~ 2015/12/03 00:00
開催場所 富士通株式会社 九州支社
※博多駅からも福岡空港からも地下鉄で一駅「東比恵駅」から徒歩ゼロ分(真上)
最終プログラム

【趣旨と目的】

 この数年で、科学技術政策や企業ビジネスの焦点が「ものづくり」から「社会的課題」へと移行するなかで、その実質的なソリューションを生み出す数理技術の発展に大きな期待が寄せられている。しかし、現状では実利のある技術開発の成功例は皆無に等しく、その原因は主として、数学・数理科学分野の研究者は強力な武器を持っているにもかかわらず、実現場への介入ノウハウを共有していないことにある。平成26年度のワークショップ「社会システムデザインのための数理と社会実装へのアプローチ」では、農業・医療・都市などの社会的課題に取り組む数学・数理科学分野の研究者が集い、実データ利用や現場要求抽出などの課題が共有された。一方で、社会的課題に対する万能な現場介入の方法論は存在しないことも明らかになった。
 今後は、社会システムの各領域の特性を踏まえて研究者と現場のステークホルダーが協働して技術開発を進める必要がある。その第一弾として、本ワークショップを開催する。食の中心である農業分野では、2020年までにIT技術が現在の2倍以上の導入が見込まれており、数理技術の高度化に高いニーズがある。しかしながら、食を含む流通は生産者・消費者をなどの人間活動が絡み合った複雑な「コト」を扱う問題であり、単純な最適化問題へと落とすことは難しい。そのため、これまで「モノ」の在庫や配送に対して強固な解を与えてきた従来の数理モデルのみの接近では限界がある。本ワークショップでは、食と流通に関する地域状況をよく知る現場の研究者・専門家と強力な数理技術を持つ研究者が互いの知を共有し議論を行うことで、この複雑な問題に対するアプローチを見つけることを目指す。

 

会場へのアクセス:富士通株式会社 九州支社

 12月2日(水)
 13:00 ~ 13:15  開会挨拶および趣旨説明
 13:20 ~ 14:20  【招待講演】 鳥海 重喜 氏 (中央大学)
 食料品アクセス問題をデザインする数理技術
 14:30 ~ 15:30  【招待講演】 嶋崎 真仁 氏 (秋田県立大学)
 買い物困難地域における救済方法とその活性化について
 ~にかほ市商工会の取り組みを事例として~
 15:50 ~ 16:50  【招待講演】 山崎 富弘 氏 (富士通株式会社)
 Akisai 農業生産管理 SaaS を通してみた農業の現場
 (参考) 食・農クラウド Akisai(秋彩)
 17:00 ~ 18:00  【招待講演】 宮下 和雄 氏 (産業技術総合研究所)
 生鮮食品取引のための市場設計
 19:00 ~懇親会 濱田屋 ※地下鉄「呉服町」駅から徒歩4分

 12月3日(木)
 10:00 ~ 11:00  【招待講演】 本間健太郎 氏 (東京大学)
 小売店・飲食店の立地パターンとそれを生み出す消費者選好
 11:10 ~ 12:10  【招待講演】 蓮池  隆 氏 (早稲田大学)
 経済的負荷かつ環境負荷低減を目指す
 アグリサプライチェーンマネジメント
 12:10 ~ 12:20  閉会


PDF版のプログラムはこちら ※ご出張手続き等にご利用ください。

 

各講演の最後には、ディスカッションの時間を長めにとり、食と流通に関する地域状況をよく知る現場の専門家と数理技術をもつ数学・数理科学分野の研究者との対話が生まれるようファシリテーションをおこなう。

 

詳細はワークショップのウェブサイトをご参照ください:

http://imi.kyushu-u.ac.jp/~kira/ws/food/

 

【連絡先】

吉良知文 E-mail

九州大学マス・フォア・インダストリ研究所

〒819-0395 福岡市西区元岡744

参加者数 数学・数理科学:14、 諸科学:12、 産業界:13、 その他:
当日の論点

各講演の要旨はリンク先を参照

・鳥海 重喜 氏 (中央大学):食料品アクセス問題をデザインする数理技術

・嶋崎 真仁 氏 (秋田県立大学):買い物困難地域における救済方法とその活性化について~にかほ市商工会の取り組みを事例として~

・山崎 富弘 氏 (富士通株式会社):Akisai 農業生産管理 SaaS を通してみた農業の現場

・宮下 和雄 氏 (産業技術総合研究所):生鮮食品取引のための市場設計

・本間 健太郎 氏 (東京大学):小売店・飲食店の立地パターンとそれを生み出す消費者選好

・蓮池 隆 氏 (早稲田大学):経済的負荷かつ環境負荷低減を目指すアグリサプライチェーンマネジメント

 

各講演者の事例をもとに、以下のテーマについて重点的に議論を深めた:

【解決すべき技術的課題】

(1)「社会システムモデリング技術」:食に関わる地域の人々の選好や行動のモデリング方法
(2)「社会システム設計技術」:地域の人々にとって納得感のある流通施策の設計方法
(3)「社会システム評価技術」:設計した流通施策の効果を可視化する方法

【数理と現場の接合(グラウンディング)課題】
・「言語の壁」:数理の言葉を現場の人々にどのように伝えるか?

・「問題設定方法」:現場の複雑な問題を数理の問題にどのように落とすか?

・「合意形成プロセス」:数理技術を用いて複数の利害関係者と共にどのように意思決定をおこなうか?

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

【既にできていること】

数学・数理科学分野の研究者は食と流通のしくみに限らず、広く社会システムデザインに貢献し得る強力な武器を持っている。また、以下に挙げるように、解決すべき長期的な課題に対しても、解決の足掛かりとなる知識土台も既にいくつか存在する:

(1)「社会システムモデリング技術」のための知識土台:消費者行動論、マーケティング・サイエンス、サービス工学、統計学など

(2)「社会制度設計デザイン技術」のための知識土台:ゲーム理論、マッチング理論、数理最適化、待ち行列理論など

(3)「社会制度評価技術」のための知識土台:社会シミュレーション、実験経済学など 

【できていないこと】

個別の事業主の在庫管理や配送計画などの単一の最適化問題に対しては数理技術を活用した多くの成功事例が存在する一方で、食の生産者と消費者の双方が満足できる流通のしくみを構築するといった社会システムデザインという観点での成功事例はほとんどない。これを実現するためには、現場のステークホルダーと意識を合わせながら、(1)社会システムのモデリング→(2)社会制度の設計→(3)社会制度の評価・可視化→(1)→・・・というループを繰り返し、数理技術と現場とのギャップを埋める必要がある。特に、(3)の技術開発はこれまであまり注目されてこなかったが、現場と対話し、(1)および(2)の研究へのフィードバックを得るためにも必要である。

 (1)、(2)、(3)の研究は従来からあり、これまで個別に研究されてきたが、それらの知識土台に精通した研究者が数理技術と現場のギャップを埋めるサイクルに一貫して取り組み、社会的課題の現場と協働した事例研究を通じて、社会システムデザインにおける基盤技術を構築・体系化する必要がある。

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

■ 農業や水産の現場に数学やICTを導入することはそれほど容易ではない。

 - 農業ビッグデータは本当にビッグデータか?:農家ごとに土壌や気候といった前提条件が全く異なる。

 - 経営者が生産コスト(原価)を把握できていない。家族経営であるから人件費はタダという誤解も多い。

 - きちんと費用管理をしている経営者も存在する一方で、まだまだ「面倒くさい」という声が圧倒的に多い。

■ 食の取引市場をデザインする研究では、必要なパートナーシップを構築することが難しい。

 - "実証実験 = ビジネス”である。

 - 企業が関わると現場から嫌がられるが、持続可能な市場をつくるには本気で取り組む企業の参入が必要。

 - 研究成果を発表し、情報交換するコミュニティがない。

■ 買い物弱者問題は、地域コミュニティのあり方と一緒に議論する必要がある複合的な課題である。

 - 個人商店は、単に食料品が買えるというだけではなく、地域見守りの役割を担ってきた。

 - 買い物は地域住民にとってある種のエンターテイメントでもあり、これが失われることも問題である。

 - 地域に助け合いのコミュニティが形成されていれば、買い物弱者の問題を解消できる。

■ 誰をどこまで救うべきかという議論が必要

 - 例えば、フードデザート地域をこれ以上拡大させないためには、特定の商店を選んで重点的に支援することが最適であることが数理モデルにより示された。特定の商店だけを支援する施策が行政側に受け入れられるかどうかは分からないが、「そのような施策と効果をまずはきちんと可視化することが重要である」というコンセンサスが参加者間で得られた。

今後の展開・フォローアップ

運営責任者らは、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所において、社会システムデザインの具体的な事例研究に取り組んでいる。本ワークショップで得られた成果を自ら体現し精査しながら、ソリューションの創出に不可欠な数理的基盤技術に加えて、それらを社会実装へと結びつけるノウハウの体系化に取り組む予定である。また、このようなワークショップを継続的に開催する予定である。

 食と流通のしくみをデザインし、社会実装を実現するためには、数理技術をもった研究者、現場のステークホルダー、関連する行政・自治体、ビジネスとして社会実装に本気で取り組む企業の四者の協力が不可欠であり、大学研究者が単独で取り組める研究ではない。これら四者を結び付け、数学・数理科学による社会システムデザインを社会実装するための国からの支援をお願いしたい。