数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 数理構造保存を接点とした数学・HPC・実科学のクロスオーバー
採択番号 2015W06
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明
キーワード 偏微分方程式 、数値解析 、線形計算 、構造保存型数値解法 、計算科学 、シミュレーション 、ハイパフォーマンスコンピューティング
主催機関
  • 電気通信大学
運営責任者
  • 山本 有作
  • 星 健夫
  • 井町 宏人
開催日時 2015/11/24 00:00 ~ 2015/11/25 00:00
開催場所 電気通信大学(東京都調布市1-5-1)
西4号館101号室
(地図 http://www.uec.ac.jp/about/profile/access/ の64番の建物です。)
最終プログラム

【開催の趣旨】

近年注目を集めている微分方程式の構造保存解法は,エネルギー保存・粒子数保存など物理系の基本的法則を再現するシミュレーションを可能とすることから,量子デバイスなど大規模かつ非線形性の強い系について信頼性の高いシミュレーションを行うための新しい基盤になりうると考えられます。そこで,構造保存型解法の産業(ものづくり)分野への応用に向け,数値解析学,高性能計算,実科学の研究者が一堂に会して分野横断的に議論する機会として,本研究会を企画しました。ぜひ多くの方々にご参加いただければ幸いです。

 

【11月24日(火)】

・13:00 -13:15
 山本有作(電気通信大学)
 題目: 数理構造保存を接点とした数学・HPC・実科学のクロスオーバー
 概要: 本研究会の趣旨説明。

 

・13:15-13:55
 松尾宇泰(東京大学)
 題目: 物理諸問題の数理構造を反映した数値シミュレーション
 概要: 科学・工学の多くの問題は微分方程式の初期値問題に帰着するが,それを数値的に解く際は,問題の「意味」を記述する数理構造を尊重する方が有利であることが多い。本講演では,応用・数学の両面からこの考えについて解説する。

 

・14:10-14:40
 谷口隆晴(神戸大学)
 題目: Caldirola-Kanai型変分原理に基づく構造保存型数値解法と多層パーセプトロン学習法への応用について
 概要: ある種の散逸型方程式のもつ変分構造であるCardirola-Kanai型変分原理に基づく数値解法の導出法とその性質,また,それを利用した多層パーセプトロンの学習法について紹介する。

 

・14:40-15:10
 石川歩惟(神戸大学)
 題目: ピアノシミュレーションに対する構造保存型数値解法
 概要: 本発表ではハミルトン系になるようなピアノの数理モデルに対し,その構造を保った空間離散化を施し,エネルギー保存則を保った数値解法を提案する。また,数値実験によってその性能を評価する。

 

・15:25-15:55
 星健夫,井町宏人,横山誠也,梶貴美(鳥取大学)
 題目: 俯瞰的数理モデリング -数理・超並列計算からものづくりまで-
 概要: 有機デバイス材料研究を例として,俯瞰的数理モデリングの必要性と現状を概観する。「俯瞰的数理モデリング」とは,現象→PDE→離散系→数値計算(スパコン上のシミュレーション)→データ解析→ものづくり,という一連の流れを俯瞰的に取り扱うことをさし,数理・HPC・実科学の共同研究が必須となる。将来的には,スパコン上にソフトとデータを一体化したクラウド型サービスを構築することで,産業利用へと昇華させたい。

 

・15:55-16:25
 多田朋史(東京工業大学)
 題目: 有機高分子ワイヤーの量子波束散乱シミュレーションの現状と今後について

 

・16:25-17:30
 ディスカッションI
 概要: これまでの講演を踏まえ,有機デバイス系のシミュレーションへの構造保存型数値解法の適用可能性とその課題について議論する。

 

・17:30-18:30
 懇親会(電気通信大学 西4号館101号室)


【11月25日(水)】

・10:00-10:30
 深谷猛(北海道大学)
 題目: 線形計算アルゴリズムと通信回避
 概要: 近年,通信回避と呼ばれる研究が高性能計算の分野で活発化している。本発表では,講演者がこれまでに携わった線形計算アルゴリズムの通信回避事例を紹介し,現在や今後の計算機における効果を議論する。

 

・10:40-11:40
 小田中紳二(大阪大学)
 題目: 半導体における電子輸送の数学モデルと計算モデル(招待講演)
 概要: 電子輸送シミュレーションは科学技術の問題の一つであり,半導体産業において広く用いられている。そのシミュレーションを可能とする計算モデルの構成と性質について,数学モデルとの関連性から議論する。 また, データ通信を考慮した計算モデルとしての並列計算モデルの重要性について述べる。

 

・13:00-13:30
 松本純一(産業技術総合研究所)
 題目: 有限要素法による2次元浅水流れ3次元気液二相流れの連成解析
 概要: 有限要素法を用いた2次元浅水流れとPhase-Field界面モデルによる3次元気液二相流れの連成解法について説明する。計算例として,ミルククラウンの一億自由度大規模並列計算,孤立波の計算などを紹介する。

 

・13:30-14:00
 宮武勇登(名古屋大学)
 題目: ハミルトン系に対する高精度・並列エネルギー保存解法
 概要: ニュートン方程式やシュレディンガー方程式を含む微分方程式クラスであるハミルトン系に対して,並列計算を利用して、高精度かつ高速なエネルギー保存数値解法を提案する。

 

・14:15-14:45
 曽我部知広(名古屋大学)
 題目: ブロッククリロフ部分空間のシフト不変性を利用した解法について

 

・14:45-15:00
 井町宏人,星健夫(鳥取大学)
 題目: 超並列固有値計算のための複合化数理ソルバと電子状態計算におけるベンチ
     マーク

 

・15:00-15:20
 工藤周平(電気通信大学)
 題目: ポストペタスケールに向けた強スケーリング型の固有値計算手法(仮題)
 概要: 電子状態計算における主要な計算である固有値計算について,問題サイズを固定してプロセッサ数を増やした場合の加速率に重点を置いた強スケーリング型の解法であるブロックヤコビ法を紹介する。

 

・15:20-15:40
 中村聡(電気通信大学,専門分野: 数値解析学,特に線形計算)
 題目: 不完全コレスキー分解前処理の並列化手法とその収束性
 概要: 不完全コレスキー分解前処理を並列化するための手法として,Nested Dissection法とブロック化マルチカラー法の2つを紹介し,それぞれの並列化効率と収束性を実験的に比較する。

 

・15:40-16:30
 ディスカッションII
 概要: これまでの講演を踏まえ,有機デバイス系の大規模シミュレーションにおける数値計算上の課題と最新の線形計算技法・高性能計算技法の適用について議論する。

 

【連絡先】

workshop151124@gmail.com

参加者数 数学・数理科学:13、 諸科学:15、 産業界:1、 その他:1
当日の論点

近年注目を集めている微分方程式の構造保存解法は,エネルギー保存・粒子数保存など物理系の基本的法則を再現するシミュレーションを可能とすることから,量子デバイスなど大規模かつ非線形性の強い系について信頼性の高いシミュレーションを行うための新しい基盤になりうると考えられる。一方で,構造保存解法は基本的に陰解法であることから,計算量が大きく,大規模問題への適用に向けては,線形計算の面での工夫や高性能計算技術の利用が不可欠となる。そこで,構造保存型解法の産業(ものづくり)分野への応用に向け,数値解析学,高性能計算,実科学の研究者が一堂に会して分野横断的に議論する機会として,本研究会を企画した。この趣旨に基づき,構造保存型解法,実科学,線形計算・高性能計算の3つの分野から,先端的な研究をされている研究者をそれぞれ数名ずつ招き,研究の現状をお話しいただくとともに,議論を行った。本研究会で議論したいと考えていた論点は次の通りである。

(1) 実科学,特に有機量子デバイス材料に対するシミュレーションにおいて,問題となっている点は何か。また,数値解析学(特に構造保存型解法)や高性能計算の分野から,何を期待するか。

(2) 構造保存型解法を有機量子デバイス材料シミュレーションなどの大規模実問題に適用する際の課題は何か。

(3) 構造保存型解法を大規模実問題に適用するに当たり,線形計算・高性能計算の分野からはどんな寄与ができるか。

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

本研究会では,各講演後のディスカッションに加えて1日目・2日目の最後に全体ディスカッションの時間を設け,上記の論点について議論した。その結果,各分野での研究の現状と課題について,次のような点が明らかになった。

(1) 構造保存型解法の現状と課題
・構造保存型解法は,連続系が持つ保存則,散逸性などの数理構造を離散化後も保つことで,様々な非線形偏微分方程式に対して,定性的・定量的に信頼性の高いシミュレーションを可能としている。また,並列化に適した新たな解法なども開発されている。
・しかし,現状の構造保存型解法が対象としているのは,主に理想的な系であり,非理想系への適用はあまり行われていない。たとえば,Maxwell方程式の場合,誘電率/透磁率が一様でない系,電流がある系などでは,構造保存の性質が失われる。また,有機量子デバイスにおける電気伝導など,エネルギーや粒子の流出入がある開放系では,流出入を含めた保存則を考慮する必要があるが,そのような試みはあまり行われていない。
・また,構造保存型解法で得られる離散系は連続系の性質を継承するため,非線形系の時間発展では一般に非線形方程式を解く必要がある。そのため,計算量が非常に大きい。

(2) 大規模実問題のシミュレーションにおける現状と課題
・有機高分子系における量子波束散乱シミュレーションでは,発散などの不安定性は生じていないものの,モデル化が職人技的であり,物理的直観に基づくところが大きい。構造保存型解法の思想に倣い,何らかの数理構造を保存するようにモデル化できれば,もっと信頼性を向上できると考えられる。
・シミュレーション中で,原子どうしが接近したり物質に亀裂が生じたりといったクリティカルな部分では,計算が不安定になりやすい。そのような部分で構造保存型解法が特に有効ではないかと思われる。
・10万~100万ステップなど,非常に多数回の時間発展を必要とする問題が多い。この場合,計算時間の制約から1ステップを1秒程度で解く必要があり,系のサイズが制限される。そのため,並列化効率が低く,時間方向の並列化も困難であるため,数週間など,長時間の計算を必要とする場合が多い。

(3) 線形計算・高性能計算技術の現状と課題
・線形計算の分野では,近年の高性能計算機の特徴(並列性の飛躍的向上,および演算速度とメモリアクセス・通信性能の乖離)に合わせた各種アルゴリズムの再構成が進んでおり,通信回避型アルゴリズムと呼ばれる新しい高性能アルゴリズムが生まれている。
・また,シフト線型方程式,ハミルトニアン行列,Totally Nonnegative行列など,行列の構造を活用した高速・高精度アルゴリズムの開発が進んでおり,シミュレーション分野にも活用され始めている。
・しかし,構造保存型解法で生じる行列の特徴付けや,その特徴を利用した高性能アルゴリズムの開発などには,まだほとんど手が付いていない。

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

上で挙げたような各課題について,今後,分野内での研究・分野間での連携研究を進めていくことが重要であるという認識が,参加者の間で共有された。さらに,これらに加えて,議論を行う中で次のような課題が新たに明らかになった。

(4) 自動チューニング技術の必要性
・シミュレーションにおける不安定性は,一般に(空間的・時間的・固有値スペクトル的な意味で)局所的に生じる。したがって,高安定だが高コストの構造保存型解法をシミュレーション全体で使うのではなく,クリティカルな部分に限って使うことにより,安定性と計算の効率性の両立を図ることが考えられる。このような切り替えを自動的に行ってくれる自動チューニング技術の開発が望まれる。
・構造保存型解法の計算公式には,パラメータを含むものが存在する。このようなパラメータを自動最適化するためにも,自動チューニング技術の活用が期待される。

(5) 大規模データ解析
・計算結果の大規模データをものづくりにつなげるには,データ解析が必須である。例えば有機デバイスでは,系の構造のどのような特徴が電子易動度に影響するかを知りたい。このような解析には機械学習が有効であるが,高次元でも安定で,計算量的に実行可能な手法は何かなど,知識を共有する必要がある。

(6) コード共有の必要性
・たとえば構造保存型解法を使おうとした場合,論文を読んで興味を持っても,自分でコードを作るのは大変である。卒論レベルでよいから,解法やアルゴリズムを作った研究者にプログラムを公開してもらえるとよい。MATLABでもよい。
ソフトウェアの開発・公開には、大きな労力が必要となる。こうした行為が業績として十分評価されるような体制を作っていくことも重要である。

今後の展開・フォローアップ

今後については,次のような展開・フォローアップを考えている。

(A) トイモデルを使った共同研究の開始
・本研究会の参加者有志で共同研究グループを作り,有機高分子の最も簡単な系に対して構造保存型解法を適用してみる。まずは保存系を考え,次に,端からの流出入の効果を入れた開放系へと発展させる。
・また,構造保存型解法から得られる行列について,その特徴を活用した効率的なアルゴリズムを構築できないかについても,共同研究の中で検討する。

(B) 研究費への応募
・本研究会の参加者有志で,既に来年度の科研費に応募済みであるが,更に他の研究費についても積極的に応募を検討する。

(C) 本研究会を発展させた研究会の開催
・本研究会では,構造保存型解法,実科学,線形計算・高性能計算の研究者が現状の課題とシーズを交換し合うことを目的としたが,今後協力して研究を進め,新たな課題やアイディアが出た段階で,もう一度研究会を開くことを考えている。