数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 「群れ」における動態形成の数理科学
採択番号 2015E03
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明 、計測・予測・可視化の数理 、最適化と制御の数理
キーワード 群れ 、時空間パターン 、自己駆動 、ロバストネス 、自律分散系
主催機関
  • 広島大学大学院理学研究科
運営責任者
  • 西森 拓
  • 中田 聡
開催日時 2015/12/21 00:00 ~ 2015/12/22 00:00
開催場所 広島大学大学院理学研究科
広島大学東広島キャンパス
理学研究科A棟017号室
最終プログラム

【開催趣旨】本研究会の基本目標は「単純な個が集まってできた群れによる、複雑でかつ融通の効く組織形成と維持」の機構について、当分野で活発な研究を行っている数理モデル研究者と実証的研究者が集まって新しい方向性を創出することである。具体的な内容としては、社会性昆虫の代表ともいえるアリやシロアリの巧みな組織編成•再編と複雑なタスク遂行のしくみの解明を中心に据える。また、新しい個別行動自動計測システムの開発、データ解析、質量分析、数理モデルなど多角的なアプローチを融合する中で、リーダーのいない集団が役割分化•再編を通して自律的に高度に組織化される過程を明らかにし、得られた概念・手法の多角的応用の可能性も追求する。これは、従来昆虫科学や社会科学が担ってきた研究対象を定量科学の土俵にのせ、また数理科学の地平をも拡げる新たな試みといえる。

 

【プログラム】

1日目 2015/12/21(月)

10:30-11:00 オープニング 西森 拓(広島大学) 

 

11:10-12:00  講演1  藤澤 隆介  (八戸工業大学 )

 シロアリに学ぶ環境構築型ロボットに関する研究と介場的知能の展望

 

<昼休憩>

 

13:30-14:20 講演2  菅原 研(東北学院大学)

 群れの科学の使い道:ロボティクスとエンターテイメント

 

14:30-15:20 講演3   伊藤 賢太郎(広島大学)

 状況判断する粘菌の数理モデル

 

<休憩>

15:40-16:30 講演4 水元 惟暁(京都大学)

 シロアリを用いた動物行動メカニズムに関する行動生態学的研究

 

16:40-17:30 講演 5  土畑 重人(京都大学)

 群れメンバー間の進化的対立が分業効率に及ぼす影響:アリ社会を例に

 

2日目 2015/12/22(火)

10:00-10:50講演 6 末松 J 信彦(明治大学)

 無生物系の自己駆動粒子を用いた群れのモデル実験

 

11:00-11:50講演 7  山中 治(広島大学)

 アリの採餌における分業統計—実験とデータ解析

 

12:00—12:20講演 8  泉 俊輔 (広島大学) 

 アリの巣の「トイレの神様」

 

<昼休憩>

 

13:30-15:00 若手大学院生による発表 

 

15:10-15:50 総合討論  

個と群れの関係をとらえる実験・数理融合科学—ダイナミクス・機能・さらにその向こう側  司会 中田 聡 (広島大学) 

 

連絡先     :広島大学・大学院理学研究科数理分子生命理学研究科・数理分子生命理学専攻事務室 濱中かおり 

E-mail: hamanaka(at)hiroshima-u.ac.jp  

((at)は@と書き換えてください)

参加者数 数学・数理科学:22、 諸科学:8、 産業界:0、 その他:0
当日の論点

本研究会では、シロアリ・アリなどの社会性昆虫で知られている「単純な個が集まってできた群れによる、複雑でかつ融通の効く組織形成と維持」のプロセスに注目し、これらの現象を支配する基本機構の解明を目指すとともに、他分野への応用可能性を探った。本研究会の特色として、数理科学的手法と実験的手法および工学的手法の協働による目的の遂行法が提案・模索された。また、付随する論点として、社会性昆虫に比べてより単純な要素からなる群れ系のダイナミクスの特徴抽出と数理モデリングの手法が議論された。

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

ハキリアリによる「農業」---葉の伐採・運搬と集めた葉を利用した菌類の培養---はいうにおよばず、アリの群れは、状況に応じて様々な形態の複雑で高度なタスクを行う。これらのタスク遂行を可能とする具体的要因として、コロニー内での「自律的タスク分業制」の存在や、状況に応じた「可塑的分業再編」が知られてきた。しかしながら、組織としての複雑なタスクを、きわめて単純な脳しかもたずかつ特定のリーダーを持たない昆虫の群れが遂行するための基本的機構はほとんど理解されていない。

 これらの中心制御系不在の自律的構造形成・組織形成は、いわゆる非平衡開放系の「自己組織化現象」の研究対象ともいえるが、単純な形やリズムの生成はともかく、本欄冒頭のハキリアリの農業のように集団としての高度な機能が自律的に発現する仕組みの解明することは容易でない。

 

[これまでにできていること]

これまでの具体的な研究としては、実証的研究が中心であった。例えば、

 

1.役割分担の検証:実験において各個体に複数の色でマーキングを行い、個別労働量を図る実験が行われ、個体によって労働量の格差があることが示された。

2.役割分担の可塑性の検証:一部の労働者を排除することで、その労働量を他の個体が補填することが実験によって示されてきた。

3.シロアリの巨大巣や蟻道作成の実態の実地調査:巨大巣において、必要に応じて接着物質を分泌することなど、巣作りの素過程が報告されてきた。

 

[これまでにできていないこと]

しかしながら、現象を支配する基本機構の解明という目的に達するためには、定量的・数理的な側面からの研究も不可欠であることが広く認識されてきた。そのために、「反応閾値モデル」など現象論的な数理モデルが多く提案されてきたが、十分量の実データ取得の困難さから、モデルの妥当性の検証が困難であった。また、「アント・アルゴリズム」など一部の最適化計算手法の提案を除いて、社会性昆虫の研究を、昆虫研究を超えたより広範な応用研究に展開した例は少ない。

 以上の理由により、

 

1.現象の定量的な測定系の確立と測定データ解析の有効な手法の確立

2.現象を再現する数理モデルの探索と、数理モデルの探索の過程で得られる現象実現のための必要十分なルールセットの特定

3.上記1と2の相互比較による現象の本質の解明のための数理科学者と実証科学者・工学者のコミュニケーション

4.群れ動態研究の応用分野の探索:を模倣した実機系(ロボット系や無生物実験系)を介した群れシステムの構築と問題点の発見

 

が望まれてきた。

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

今回の研究会により、次のことが具体的に可能になりつつあることが報告された。

 

 1.社会性昆虫の形態・構築組織化の計測系が開発され、定量的データがとれる段階に達していることが確認できた。例えば山中治氏の講演にあるように、微小チップをコロニー内のアリの各個体に貼り付けゲート通過行動を長期間(数ヶ月)自動計測し大量のデータを蓄積することが可能となった。そのため、社会性昆虫の個体行動の推移のみならず、組織としての分業的行動の記録や各種データ解析も可能になってきた。

2.1の結果として、社会性昆虫の分業システムを適切にモデル化していると考えられてきた標準的モデル=「反応閾値モデル」の適用限界が明らかになり、新たな数理モデルの導入の必要性が明らかになった。実際どのような改良をすべきかの提案と解析例も示された。

 3.社会性昆虫研究の応用として、シロアリの振る舞いを模したロボット系を作製し、これらがスタート地点と目的箇所の間にある障害物(地面の凹凸)平滑化を実行し、目的箇所も到達することを示した。

4.群れ研究の応用として、生き物の群れを相互作用する引き込み振動子系とみたて、外場とも相互作用して振動しの動きを変化させることで、その動きを芸術作品として実機化した作品の紹介がなされ、参加者の関心を集めた。

 

これらは上記[これまでにできていないこと]欄で示された課題解決への道筋をつけるものと期待される。しかしながら、現在も次の重要な未解決点が残されている。

 

  1.群れの社会性創出を正確かつ多角的にとらえるには、上記のゲート通過記録型の測定系だけでは、得られるデータがまだ決定的に不足している。そのため、画像解析などの技術とリンクさせたハイブリッド測定系の構築が必要である。

2.自動測定系の開発により、今後各種データが日々蓄積されていくことになるが、大量データを元に社会性昆虫の社会行動動態を的確に表現する表現法・解析法の探索はまだ十分でない。現時点では個別アリ間の労働の時間相関や労働グループのクラスター分析などが試行されているが、「リーダー無しの自律的組織編成/構造物形成」という現象を的確に表現するデータ解析方法や、データ駆動型の数理モデルの構築が望まれている。

3.生き物の群れの研究の成果が、関連分野の枠を超えてより広い範囲に生かされるための道筋として、今回、過酷環境下での群れロボット開発や芸術作品への応用が提案されたが、これらの方向に研究を展開させる余地は大きい。とくに、群れの運動からヒントを得て、システムの本質を数理的に表現したのち芸術作品に変換する手続き(菅原研氏講演)は、数学と芸術・感性という一見関連の薄い分野を結びつける可能性があり将来性が見込まれる。

今後の展開・フォローアップ

今回の研究会で報告された結果やアイディアはいずれも斬新であり、同様の研究会を今後も継続的に行っていく必要がある。しかしながら、分野横断的な研究の性格上、いまだ関連した研究者のネットワークが十分にできあがっていない。今後、今回の研究会の講演者など中心として、数理科学、昆虫科学、生化学、物理化学などの研究者が自由に議論し社会性昆虫の群れ研究をヒントに必ずしも昆虫の群れとらわれない新しい概念を提案し続けていく。そのため、同様の研究会を継続し、並行して数理科学を要とした関連分野の研究人材のネットワークを形成・強化していく。