冒頭,伊藤から数学協働プログラムの事業紹介と,当集会研究領域への期待が述べられた.
続いて,大須賀が「コトロジー創成」と題して,コトロジーの学問的背景について講演を行った.コトロジーが標的とする生命現象は多岐にわたるが,これを統一的に議論する視座が非分離制御学である.既存の制御学では,生物の目的や制御対象,制御則,特に「場・環境」を分離してコトを考えていた.これを,分離せずに考えることで,伝統的なサイバネティクスにおける諸問題を解決し,特定の生命現象を標的とするだけでなく,様々な生命現象の階層,及び階層間のしくみの真の理解につなげることが期待できる.
大須賀の講演をうけて,午前中のセッションでは,数理・数理科学的観点からコトロジー創成にアプローチする以下3つの講演が行われた.
まず,末岡が「シロアリに着想を得た自律分散移動体による構造物形成の解析」と題した講演を行ない,シロアリのフェロモンを用いた構造物形成に着想を得た,自律的な移動体(ロボット,エージェント等)の制御に関して,格子離散系で表現されるマルチエージェントモデルによる数理的な研究紹介がなされた.特に,パターン形成の安定性に関する,フェロモンの効果について報告され,超個体の挙動メカニズムに関してのコトロジカルアプローチの方向性が示された.
次に,加納が「非対称相互作用から生み出されるコト」と題して,人の交友関係に着想を得た,多素子の時空間的なパターン形成について,非線形の時空間発展微分方程式で表現される数理モデルの紹介があった.素子間には引力/斥力,及び排除体積効果を仮定し,パラメータを非対称的に設定すると,多様なパターンが生成されることが示された.また,線形安定性解析により,その多様性のメカニズムを理解する試みが紹介された.人間も含めた社会性の発生・挙動メカニズムに関してのコトロジカルアプローチの方向性が示された.
次に,李が「細胞の分化機能制御におけるコトの学」と題して,細胞集団が示すパターン形成メカニズムについて,特に非対称分裂・分化も含めて議論する数理モデルの紹介があった.このモデルの特徴は,フェーズフィールド法を用いて細胞の“かたち”を陽に表現でき,その中で起こっている分子機構を,場も含めて議論することが可能であるという点である.細胞集団のパターン形成メカニズムに関してのコトロジカルアプローチの方向性が示された.
午後のセッションでは,生物学的な観点からコトロジー創成にアプローチする以下3件の講演があった.
まず,青沼が「昆虫の社会行動にみられる自己と他者の非分離性」と題した講演を行った.集団で生活する生物を,集団から引き離した時,その前と後では,脳内の神経修飾物質に差異が生まれる.コオロギやバッタを例に,そうした事例が多数紹介された.このような生物学的知見は,生物の適応的な行動メカニズムを議論するためには,自己と他者を非分離で考えて議論することの重要性を示唆しており,他者を場とみなす考え方が提示される.非分離制御学の体系化に向けて,生物学的な背景も与える.
次に,佐倉が「フライトシミュレータを用いたミツバチの採餌行動の解析」と題した講演を行った.拘束ミツバチの飛行行動を観察するフライトシミュレータを構築し,ミツバチの偏光を用いた飛行や,経路積算を用いた飛行についての実験的な報告がなされた.生物の目的や制御対象,制御則,場を分離せずに議論することのできる非分離制御系を,実験室内に構築する試みは.コトロジー創成,特に非分離制御学の構築に,大きな示唆を与える.
最後に,黒田が「這行ロコモーションにおける歩容とその遷移」と題する講演を行った.自然界で見られる這行運動は,大きく分けて筋収縮波による運動(例えばミミズ)と,多脚による運動(ムカデやヤスデ)がある.これらは見た目は異なるが,力学的数理モデルにより,同じメカニズムで議論できる事例が紹介された.また,多脚動物においては,環境や状況に応じて,波の電波方向が変化すること,そのために,脚の力覚センサーを用いていることが,実験と数理により確かめられつつあることが示された.コトロジーという観点では,環境適応的な生物の運動,とりわけモード遷移とそのメカニズムについて議論していく一つの方向性を示している.
以上研究の詳細は,当日配布されたUSBメモリーにまとめられている. |