数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 コトロジー創成
採択番号 2015C03
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明 、計測・予測・可視化の数理 、最適化と制御の数理
キーワード 生物学 、数学 、制御学 、科学哲学 、ロボット工学
主催機関
  • 計測自動制御学会 システム・情報部門 自律分散システム部会
  • 文部科学省委託事業「数学協働プログラム」
運営責任者
  • 大須賀 公一
  • 青沼 仁志
開催日時 2016/01/22 00:00 ~ 2016/01/22 00:00
開催場所 広島大学東広島キャンパス 学士会館 A室
【広島大学へのアクセス】
http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/access/higashihiroshima/
【学士会館へのアクセス】
http://www.hiroshima-u.ac.jp/add_html/access/ja/saijyo1.html
最終プログラム

【趣旨・目的】

生命現象の中には,様々な階層で「あたかも目的をもって無限定環境(動的かつ予測不可能的に変化する環境)に適応してふるまう能力」を見いだすことができる.我々は,このような「ふるまい」の合目的性を生み出す機能を「コト」と呼ぶ. その上で,「コト」の発現機構を数理的に記述する革新的方法論を与える「コトの学」である新たな学問領域「コトロジー」を立ち上げたいと考えている.本セッションでは,このまだ見ぬ「コトロジー」創成に向けての様々な試みについて議論し,今後の展開を考えることを企図して開催された.

 なお 本研究集会は,第28回自律分散システムシンポジウムにてオーガナイズドセッションとして開催された.シンポジウム全体の参加者は117名で,パラレルセッションであるにもかかわらず,総数約50名が参加した.およその内訳を以下参加者数に示す.シンポジウムの詳細は,以下WEBサイトを参照.

[第28回自律分散システムシンポジウムWEBサイト]       

http://www.ohk.hiroshima-u.ac.jp/das2016/

 

 

【プログラム】

 

〜午前の部:9:30-11:30〜

数学協働プログラムより挨拶

伊藤 聡(統計数理研究所)

コトロジー創成

〇大須賀 公一(大阪大学/JST CREST)

シロアリに着想を得た自律分散移動体による構造物形成の解析

〇末岡 裕一郎(大阪大学),久保田 恒平(大阪大学),石川 将人(大阪大学),杉本 靖博(大阪大学),大須賀 公一(大阪大学/JST CREST)

非対称相互作用から生み出されるコト

〇加納 剛史(東北大学),大須賀 公一(大阪大学/JST CREST),川勝 年洋(東北大学),石黒 章夫(東北大学/JST CREST)

細胞の分化機能制御におけるコトの学

〇李 聖林(広島大学)

 

〜午後の部:13:00-14:30〜

昆虫の社会行動にみられる自己と他者の非分離性

〇青沼 仁志(北海道大学/JST CREST)

フライトシミュレータを用いたミツバチの採餌行動の解析

〇佐倉 緑(神戸大学),岡田 龍一(兵庫県立大学)

這行における歩容とその遷移

〇黒田茂(北海道大学),中垣俊之(北海道大学)

 

参加者数 数学・数理科学:15、 諸科学:30、 産業界:5、 その他:0
当日の論点

 冒頭,伊藤から数学協働プログラムの事業紹介と,当集会研究領域への期待が述べられた.

 続いて,大須賀が「コトロジー創成」と題して,コトロジーの学問的背景について講演を行った.コトロジーが標的とする生命現象は多岐にわたるが,これを統一的に議論する視座が非分離制御学である.既存の制御学では,生物の目的や制御対象,制御則,特に「場・環境」を分離してコトを考えていた.これを,分離せずに考えることで,伝統的なサイバネティクスにおける諸問題を解決し,特定の生命現象を標的とするだけでなく,様々な生命現象の階層,及び階層間のしくみの真の理解につなげることが期待できる.

 大須賀の講演をうけて,午前中のセッションでは,数理・数理科学的観点からコトロジー創成にアプローチする以下3つの講演が行われた.

 まず,末岡が「シロアリに着想を得た自律分散移動体による構造物形成の解析」と題した講演を行ない,シロアリのフェロモンを用いた構造物形成に着想を得た,自律的な移動体(ロボット,エージェント等)の制御に関して,格子離散系で表現されるマルチエージェントモデルによる数理的な研究紹介がなされた.特に,パターン形成の安定性に関する,フェロモンの効果について報告され,超個体の挙動メカニズムに関してのコトロジカルアプローチの方向性が示された.

 次に,加納が「非対称相互作用から生み出されるコト」と題して,人の交友関係に着想を得た,多素子の時空間的なパターン形成について,非線形の時空間発展微分方程式で表現される数理モデルの紹介があった.素子間には引力/斥力,及び排除体積効果を仮定し,パラメータを非対称的に設定すると,多様なパターンが生成されることが示された.また,線形安定性解析により,その多様性のメカニズムを理解する試みが紹介された.人間も含めた社会性の発生・挙動メカニズムに関してのコトロジカルアプローチの方向性が示された.

 次に,李が「細胞の分化機能制御におけるコトの学」と題して,細胞集団が示すパターン形成メカニズムについて,特に非対称分裂・分化も含めて議論する数理モデルの紹介があった.このモデルの特徴は,フェーズフィールド法を用いて細胞の“かたち”を陽に表現でき,その中で起こっている分子機構を,場も含めて議論することが可能であるという点である.細胞集団のパターン形成メカニズムに関してのコトロジカルアプローチの方向性が示された.

 午後のセッションでは,生物学的な観点からコトロジー創成にアプローチする以下3件の講演があった.

 まず,青沼が「昆虫の社会行動にみられる自己と他者の非分離性」と題した講演を行った.集団で生活する生物を,集団から引き離した時,その前と後では,脳内の神経修飾物質に差異が生まれる.コオロギやバッタを例に,そうした事例が多数紹介された.このような生物学的知見は,生物の適応的な行動メカニズムを議論するためには,自己と他者を非分離で考えて議論することの重要性を示唆しており,他者を場とみなす考え方が提示される.非分離制御学の体系化に向けて,生物学的な背景も与える.

 次に,佐倉が「フライトシミュレータを用いたミツバチの採餌行動の解析」と題した講演を行った.拘束ミツバチの飛行行動を観察するフライトシミュレータを構築し,ミツバチの偏光を用いた飛行や,経路積算を用いた飛行についての実験的な報告がなされた.生物の目的や制御対象,制御則,場を分離せずに議論することのできる非分離制御系を,実験室内に構築する試みは.コトロジー創成,特に非分離制御学の構築に,大きな示唆を与える.

 最後に,黒田が「這行ロコモーションにおける歩容とその遷移」と題する講演を行った.自然界で見られる這行運動は,大きく分けて筋収縮波による運動(例えばミミズ)と,多脚による運動(ムカデやヤスデ)がある.これらは見た目は異なるが,力学的数理モデルにより,同じメカニズムで議論できる事例が紹介された.また,多脚動物においては,環境や状況に応じて,波の電波方向が変化すること,そのために,脚の力覚センサーを用いていることが,実験と数理により確かめられつつあることが示された.コトロジーという観点では,環境適応的な生物の運動,とりわけモード遷移とそのメカニズムについて議論していく一つの方向性を示している.

 以上研究の詳細は,当日配布されたUSBメモリーにまとめられている.

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

今回の研究集会では,コトロジー創成に向けて,数学・数理科学・制御学からのアプローチと,生物学からのアプローチ,双方からの研究紹介がなされた.コトロジー,特に非分離制御学の視座に立って,環境や場を陽に意識した研究成果が出ていることが示された.今後は,こうした個別の事例をより増やしていくことが課題である.一方で,数学・数理科学・制御学からのアプローチと,生物学からのアプローチが,真に協働して,コトロジーを理論的にも科学哲学的にも,一つの学問体系として創成するために,分野間の連関性と,議論の恒常性を生み出す環境作りもまた今後の重要な課題であることが浮き彫りにされた.

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

今回の集会において,対象とする生物,研究課題に応じて,場の捉え方が異なることも改めて確認された.例えば,アリは化学センサーによるフェロモンを通しての場であり,バッタやコオロギ等では他者が場としての役割を担い、ハチにとっては視覚情報処理,とりわけランドマークを頼りとした場であるといった具合である.こうした異なる生物/階層によって,具体的な制御目的や対象は異なるが,システムとして共通の枠組みで議論する必要性が,今後の課題として再認識された.また,今回,生命進化について直接取り扱う研究の講演はなかったものの,質疑応答では,このことに関して活発な議論がなされた.進化をコトロジーとしてどう扱うかという課題は,本研究集会の議論において新たに明らかになった課題である.

今後の展開・フォローアップ

コトロジーが生物の様々な階層,およびその階層間のコトを標的としていることから,コトロジーの研究領域に多様性があることが期待され,またそのことがコトロジーの本質でもある.コトロジー創成ためには,様々な分野の研究者が,学問の垣根を越えて,膝をつきあわせて議論することが重要である.今回は同様の趣旨の研究集会としては3度目の開催であるが,引き続きこのような学際的な研究集会を開催していきたい.また,研究領域として,個別の研究成果を挙げ,より高いレベルで議論するためには,より大きな経済的基盤を必要となる.今後も積極的に新学術領域等の研究助成に応募していく.そして,多くのメンバーが参画してそれぞれの研究を推進しながら,コトロジー創成に向けて,一丸となった歩みを進めていきたい.