数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 甚大災害の外力想定に必要となる極値統計解析法の背景と活用
採択番号 2014W09
該当する重点テーマ リスク管理の数理
キーワード 自然災害(特に,風水害) 、再現期間 、意思決定 、一般化極値分布 、経験度
主催機関
  • 名古屋工業大学 高度防災工学センター
  • 京都大学 防災研究所
  • 統計数理研究所 リスク解析戦略研究センター
運営責任者
  • 北野 利一
  • 田中 茂信
  • 志村 隆彰
開催日時 2014/12/08 10:00 ~ 2014/12/08 17:00
開催場所 京都大学 宇治おうばくプラザ・きはだホール
(〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄)
http://www.uji.kyoto-u.ac.jp/campus/obaku.html
最終プログラム

案内チラシのダウンロード >  bulletin1208 

▽ 12月8日講演会当日のプログラムは下記のとおり.

10:00-12:30
・趣旨説明および司会(代表者 北野利一)

企画趣旨のダウンロード>

スライド>01 Kitano,Toward EVA2

・水文学視点からの極値統計解析(導入時からこれまでの歴史)
        京都大学 防災研究所 教授  宝 馨 氏

・極値統計理論と極値統計解析法(技術者向けの講義)
  神戸大学大学院 海事科学研究科 名誉教授 高橋倫也 氏

講演スライド>03Takahashi

・極値分布の確率論的な基礎知識(技術者向けの講義)
  統計数理研究所 リスク解析戦略研究センター 助教 志村隆彰 氏

講演スライド>04shimura

(昼休み)12:30-13:30

>昼休み前に撮影した全体写真などphotos20141208

13:30-15:30
・極値解析が用いられる事例紹介(1):強風災害(建築学)
  京都大学 防災研究所 准教授 西嶋一欽 氏

・極値解析が用いられる事例紹介(2):豪雨災害(河川工学)
  京都大学 防災研究所 教授 田中茂信 氏

講演スライドなど>06Tanaka 06Tanaka_(cdf file)

・極値解析が用いられる事例紹介(3):降水量の空間統計

  三重大学大学院 生物資源学研究科 教授 葛葉泰久 氏 

 

・極値解析が用いられる事例紹介(4):防波堤設計の考え方
  港湾空港技術研究所 海洋研究領域長 下迫 健一郎 氏

(休憩)

15:40-17:00
・リスク情報に基づいた公共事業における意思決定論

        京都大学 防災研究所 教授   多々納 裕一 氏


・極値解析の使用上の誤解,極値理論に対する心得違い,
  名古屋工業大学 高度防災工学センター 准教授 北野利一 氏

講演スライド>09Kitano

 

・全体を通した質疑応答:
 “極値統計解析を用いて,いまできることと,これからできるようにすること”
 
・閉会の辞(北野)

 

参加者数 数学・数理科学:10、 諸科学:76、 産業界:24、 その他:0
当日の論点

【0】主に平均値などデータが集中する統計的特性を検討する通常の統計学に対して,極値統計学は,外れ値となりやすい極値を扱う.しかしながら,極値統計学を十分に理解するためには,一般的な通常の統計学を十分に復習して取りかかる必要がある.その労を省くと,通常の統計学と相反したものとして,極値統計学を誤解することにつながるおそれがある.
【1】導入からこれまでの歴史を振り返り,適合度の良い確率分布を合理的に見つける方法が,導入当初の課題であり,宝・高棹(1988)で,確率分布のデータへの適合を客観的に評価する基準として,標準最小二乗基準(SLSC)を導入した.1997年の河川法の改定において,計画流量の算定の客観化と決定過程の透明化が求められる時代となり,降雨量の確率特性を把握する上で,数理統計に基づいた極値統計解析の手法がますます重要となる背景を明らかにした.
【2】極値統計学のユーザとなる技術者向けに,数理統計学に基づいた極値統計手法の紹介を丁寧に行った.特に,利用可能なデータのタイプに応じて,一般極値分布はブロック最大データに,一般パレート分布は閾値超過データに適合されることなどの基本事項を含め,極値理論の古典的な結果を紹介した.また,東京の日降水量データを用いて,具体的に解析手法を紹介することにより,技術者が,数理統計に基づく手法と,各々の工学分野で用いられる固有な手法との違いなどを把握し,問題となる点が理解できるようにした.
【3】極値の確率論では,分布の裾の挙動を数学的に調べることが重要となる.その際に必須となる知識として,正則変動関数ならびに緩慢変動関数を用いて,最大値吸引領域の特徴付けを示した.かなり数学的な内容となるが,技術者にとっても,このあたりの理解が重要と考える.
【4】事例紹介(1):強風災害に係る風速データについての取扱いとして,台風経路に依存して,強風の生起には空間的に相関がある点が問題となる.その相関を扱うために,極値コピュラを用いた手法を提示した.また,台風の属性を与えて,強風データをモンテカルロシミュレーションにより生成する手法を提示し,極値理論に基づいた統計解析を経ないで,確率風速を得ることができる可能性を示した.
【5】事例紹介(2):治水計画の歴史と確率を取り入れた河川計画の考え方の変遷を示し,河川計画に関わる技術基準に,今後の対応が求められる気候変化に対する影響をどのように取り入れるべきかを論点として挙げた.また,淀川水系の日吉ダムの流域降水量の時系列を用いて,極値解析に用いるデータを抽出するための期間長や閾値の変化に伴う確率降水量の推定値の安定性について具体的に示した.
【6】事例紹介(3):降水量の極値の空間分布を調べる手法として,Hosking による地域頻度解析,すなわち,L モーメントを用いて,統計量を併合させる手法を紹介し,その際に,SLSC 基準やリサンプリング手法を取り入れて,地球温暖化実験の出力結果を用いた解析事例を提示した.
【7】事例紹介(4):防波堤設計に用いるための設計波の考え方とその算定法の具体的な手順を示した.また,防波堤に作用する力を確率的に与えたモンテカルロシミュレーションを用いて算定される破壊確率に基づいた確率論的耐波設計法を紹介した.さらに,性能マトリックスによる重要度を考慮した許容超過確率の設定と,2011 年の震災後の対応として,被災しても粘り強く持ちこたえる構造を耐津波設計に求められることが,実務上の課題であることを示した.
【8】リスク情報に基づいた公共事業にかかる意思決定の問題として,純便益を最大化することは,リスクコスト(対策後の被害額の期待値+対策の費用)を最小化することに他ならないことを示した.そして,総合的防災施策の評価のためには,複数のハザードによるリスクを統一的に合算する手法が不可欠になることを示し,その具体的な実装に,コピュラを用いた多次元同時確率を扱う手法を紹介した.大津川流域を対象として,イベントカーブならびにリスクカーブが得られることを具体的に紹介した.
【9】自然外力に対する設計外力を求める際に用いられる極値統計解析と,数理統計学に基づいた極値統計解析の考え方の相違として,大から小に絞り込む方向と,小から大に広げる方向の違いにあることを示した.すなわち,極値分布に従うかどうかわからないなら,その他の分布も併せて,データに最適合となるものを探す立場と,分布は極値分布に限定して,データを限定したり,切断したり,あるいは共変量と対応させたりと,データを加工することにより適用を広げていく立場である.特に,後者の立場では,極値は極値分布に限定できる根拠や限界が重要となる.そのためには,データの集中する領域と,外挿となる領域を橋渡しする接続が必要となり,1) 頻度の比例性(極値理論としての接続),2) 点過程モデルによる推定方程式の一貫性(推定の接続),3) データが有限であるための推定できる範囲の有限性(接続の有効性)の3つの観点から検討する必要があることを示した.

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

午後の部の休憩ならびに閉会後の意見交換での声に,研究の現状と課題として,以下の点があった.
・生起率の関数を用いることにより,一般化極値分布や一般化パレート分布などの関連性がよくわかった.
・実務上になんらかの形でたずさわるゆえに,計算そのものはするが,その値のニュアンス(推定誤差や確率変数としての変動性など)について,それほど十分に考えていない/考えてもわからないという意見が多かった.その一方で,数理統計に基づいた極値統計解析法の講義をはじめて聴いた方からは,高橋氏の講義内容がコンパクトに整理されているためか,非常にわかりやすく頭に入った.という意見もあり.
・良く適合する分布が,必ずしも本来的に良いことではないことに気付かされた(過去のデータに再適合するからと言って,これから出現する未来のデータにも合うかどうかは不明であるため).このことはよく考えると当たり前のことであるが,実務者にとっては思考の壁になる.
・超過確率の小さな範囲まで,分布のクォンタイルがデータに適合しないことに実務上しばしば遭遇する.たいへん悩ましいことであるが,経験度で打ち切って枠の外は,判断を保留するというのは,発想の逆転であり,あらたなパラダイムといえる.しかし,設計実務では,それをどのように考えれば良いのか,合意を得るためにはまだ時間がかかる.

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

新たに明らかになった課題、今後解決すべきことは,以下のとおりである.
・今後に,地球温暖化実験で出力結果のアンサンブルのメンバー数を桁違いに増やす計画がある.確率外力などに対して,より精度の高い推定を行うには,有利な状況になる.有効な活用法を検討いただきたい.
・地域頻度解析を行う場合の指針となるものを提示して欲しい.
・極値理論で特徴付けに用いられる緩慢変動関数について,技術者にとっては,グラフィカルなイメージが欲しい.水平線に近いということであるが,なにか工夫はできないだろうか?極値理論を使うための根拠となる特徴付けであるゆえに,技術者の心中でよりどころとなる視覚的イメージが欲しい.
・「再現期間」は数理統計分野では,Gumbel 博士が提案したオリジナルの定義のとおり,年最大値分布の超過確率の逆数で与えるが,工学分野では,外力レベルを超過する平均時間として,生起率の逆数で与える定義も用いる.それらの定義の違いは,多くの場合,数値としてはわずかであるが,論理の構成としては,無視できない違いとなる.非定常な場合も含め,今後は統一的な表現が必要になると考える.
・年最大値資料で大きな値をとる現象のメカニスムと,小さな値をとるメカニスムが異なると考えられる場合の統計解析法をどのようにすればよいか?また,その際に得られるリターンレベルの統計的特性を把握することは,積雪深などに応用する上で重要となる.
・既往最大値が推定される確率外力から大きく乖離する解析結果が現れることに対して,確率外力の信頼区間のみならず,将来に生起する極値の予測区間との比較などを含め,その乖離を第3者にも納得してもらうための的確な説明をどのようにすればよいか?このことについては,実務者にとっては,おおいに悩ませるものである.今後も継続して取組む必要がある.
・定数の推測と変数の予測についての誤解ならびに誤用のおそれがある.再現期間を与えて算定される確率外力は,母数の真値が分かれば,単なる1つの値(定数)である.限られた観測データから推定するので,推定誤差を伴うため,それを確率外力の信頼区間として表現することが多い.しかし,その区間は,将来に出現する外力の極値の範囲を示すものではない.将来の期間に出現する外力の極値は確率変数であり,それは予測区間として求める必要がある.
・気候変動に伴う将来気候に関する可能性について確率を用いた表現をする場合がある.この場合にも,本質的に確率変数として変動するものを対象にするならば,それを確率で表すべきである.しかし,本質的には変動しない定数に関する命題に対しても,その命題の確からしさを確率で表現することには,統計学としての視点からの問題があると考える.

今後の展開・フォローアップ

統計数理研究所共同研究集会「極値理論の工学への応用」を,平成6年度から継続的に開催しており,諸分野で極値統計解析を応用する上での問題点を中心に,情報交換を行っている.Erasmus University 教授 L. de Haan 氏(平成24年度),気象研究所 部長 藤部文昭 氏(平成25年度),名古屋大学減災連携研究センター教授 鷺谷 威 氏(平成26年度)をゲストに迎えて招待講演を開催するなど,応用分野における課題と基礎理論の問題を両輪に,極値統計の応用と応用を視野に入れた基礎理論の発展に取組んできており,今後も,その取組みを継続していく予定である.したがって,ワークショップの後の展開・フォローアップとしても,共同研究集会「極値理論の工学への応用」を活用していきたいと考えている.

 

共同研究集会「極値理論の工学への応用」については,下記を参照ください.

http://www.ism.ac.jp/~shimura/