数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 揺らぎと遅れを含む力学の数理と応用
採択番号 2014W06
該当する重点テーマ 最適化と制御の数理
キーワード 遅れ 、切削制御 、バランス制御 、流体 、ゆらぎ
主催機関
  • 名古屋大学大学院多元数理科学研究科
運営責任者
  • 大平 徹
  • 木村 芳文
開催日時 2014/12/15 13:00 ~ 2014/12/16 17:00
開催場所 名古屋大学大学院多元数理科学研究科
多元数理科学棟(理学1号)4階 409号室
最終プログラム

Day 1: (12.15)
13:00 - 14:00 John G. Milton,  (Kenan Chair Professor of  Computational Neuroscience, Keck Science Department, Claremont Colleges, Claremont, U.S.A.)

"Insights into balance control: Thresholds, delays and noise".

14:30 - 15:30 Yoshifumi Kimura (名古屋大学大学院多元数理科学研究科、教授)

"Vortex motion with delay" 

16:00- 17:00 Toru Ohira (名古屋大学大学院多元数理科学研究科、教授)

"Random Walks with Delay"


Day 2 (12.16 )


10:00- 11:00  Gabor Stepan, "

(Professor of Applied Mechanics, Faculty of Mechanical Engineering, Budapest Universtiy of Engineering and Economics, Budapest, Hungary)

Delayed dynamical systems in engineering: where the rubber meets the road"


11:30- 12:30 Morita Hiromitsu (エヌティーエンジニアリング株式会社、愛知県高浜市)

"Manufacturing Point of View of Cutting Metals
and Delayed Dynamics"

14:00- 17:00  会議参加者による研究討議

 

参加者数 数学・数理科学:11、 諸科学:3、 産業界:2、 その他:0
当日の論点

1. Milton教授 (Kenan Chair Professor of  Computational Neuroscience, Keck Science Department, Claremont Colleges, Claremont, U.S.A.)による講演では、鳥の生体数の数を推定するトピックに始まる数理と生物の関係がまず話題に上がった。同教授は神経内科の医師でもあり、生体と生物に関する造詣が深い。続いて、このような生体、生物系のシステムの多くには「遅れ」が多く存在するという論点が展開され、いくつかの例が挙げられた。より具体的には、遅れを含むバランス制御のトピックにおいて、実験と数理の両面からの研究についての紹介があった。片目を閉じて棒をバランスする制御などの新しい成果についても言及があった。

2.木村教授(名古屋大学大学院多元数理科学研究科、教授)の講演では、まず流体力学への基本的な紹介がおこなわれた。水面を板で摂動することにより、2つの渦が連携しながら動く実験のビデオによる紹介や、基本的な流体の方程式の解説があった。その後、2次元において複数の渦が相互作用する問題について、重力系などとの対比における説明があった。本題として三つの渦における、相互作用の中で一つの渦と他の二つの渦の相互作用に遅れがある場合のモデルが提案された。通常の回転的な単純な挙動を示すパラメータの範囲においても、遅れの存在は複雑な動きになることが数値計算によって確認された。

3.大平教授(名古屋大学大学院多元数理科学研究科、教授)の講演では、ゆらぎと遅れ、それぞれの要素がもたらす効果についての紹介があった。前者についてはランダム・ウォークと確率微分方程式の対応と、応用における確率共鳴の話題が提供された。後者については、常微分方程式を拡張した、遅れ常微分方程式についての解説と、生体モデルの紹介が行なわれた。続いて本題の、両者を共に含む数理について、遅れ確率微分方程式と、遅れランダム・ウォークの両側面からの解説と対応が行なわれた。数値計算にたよる部分が大きいがいくつかの振動現象についての数理的な理解があることが議論された。

4. Stepan教授(Professor of Applied Mechanics, Faculty of Mechanical Engineering, Budapest Universtiy of Engineering and Economics, Budapest, Hungary)の講演では、金属の切削の数理モデルとして、二階の遅れ微分方程式による描写が紹介された。ここでは、削られる金属、もしくは切削をする工具が回転をするが、対象となる変数は、金属の表面の位置である。遅れは一回転に要する時間であり、その過去の時刻の表面の位置が、現在の位置に影響をあたえる形の、遅れ微分方程式となっている。現実の切削の問題として重要になるのは、できるだけ滑らかな切削表面を得ることにある。これは、この数理モデルにおいては、二階の遅れ微分方程式の解の安定性に対応する。この安定性が崩れることは現象としては「びびり」という波打つような表面として出現する。特に現実においてコントロールができるのは、工具、もしくは金属の回転の速度であるので、これに対応する遅れの値を変化させた時に、解の安定を示す相図を得ることが重要となる。Stepan教授はこの相図を数理モデルより導出することに成功をし、また他のパラメータの変化によってもたらされる相図の委細について、非常に丁寧な解析を行った。その後、この二階の遅れ微分方程式の持つ様々な性質についての議論が展開され、式の中の摩擦やバネ定数などと遅れの値の組合せによって非常に豊かな力学挙動が得られることが明示された。

5. 盛田氏(エヌティーエンジニアリング株式会社、愛知県高浜市)の講演では、現実にStepan教授の数理モデルが、どのように活用されるかを、同氏の所属する会社での金属切削のビデオなどを通じて紹介を始めた。「びびり」の起きる状況は切削過程においては、発生する音の変化により同定され、熟練した作業者はこの音を聞くことにより、回転の速さを変化させ滑らかな表面を得る。また、数理モデルと現実の比較も部分的ながら行なわれた。より精緻な対応のためには、現実の切削加工からの集音データが必要になるが、これについての試みの紹介や、今後の方向性についての議論がなされた。

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

遅れを含むシステムについての数理研究により、単純なシステムにおいても遅れの要素が、非常に複雑な挙動を示し得るということの理解は進んできた。定性的にも、遅れに伴う振動現象がsubcritical bifurcationとなっていることが多いことも理解されている。しかし、これらの理解を支えているのは主に数値シミュレーションによる。また、生体制御や金属加工などへの応用については数理モデルによって定性的な理解がすすんできた。しかし、定量的な理解に至るには実験と数理両面での進展が必要とされる。揺らぎと遅れを共に含むシステムについても、振動現象などをある程度捉えることができ、遅れフォッカープランク方程式の導出なども開拓されたが、数値計算に頼らない理論的な解析はまだ萌芽的な段階にある。

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

今回のワークショップを通じていくつかの数理と応用へ向けての課題が明らかになった。

1.遅れを含むフィードバックによる制御については、マイクロカオスなどの存在が指摘された。実際にこれらの事象をどのように制御に活用してくのかについてはまだ探求が必要である。

2.流体の渦の相互作用に遅れのある数理モデルは新しいが、この理論的な解析はまだ未開拓である。また、現象の結びつきという観点でも実験デザインを含めて探索が必要である。

3.揺らぎと遅れを共に含むシステムでも、理論的な探求はまだ萌芽的である。特に、自己相関関数の振動を示す、偏微分方程式などの解析的な理解は課題として残されている。

4.切削加工の数理モデルと、実際の加工の対応については、より良い制御への具体的な設計が課題として残されている。また現実の揺らぎをモデルに取り入れる方向も重要な課題である。

今後の展開・フォローアップ

今回は、生体、物理、数理、工学、企業活動のそれぞれの分野の5名の講演者による揺らぎと遅れに関しての問題・課題意識を共有するワークショップの形態をとった。このような試みは国内はもとより、海外でもほとんど前例がない。分野ごとにアプローチの違いなどもあるが、事前に想定していたよりも活発な意見交換ができた。具体的に取り組み得る数理的な課題も上述のように幾つか明らかになった。また、今回参加ができないが次の機会を設けてほしいという趣旨の連絡も幾つかあり、分野がまたがるので困難はあるが、ゆらぎとおくれを含む数理とその応用に対しての関心は潜在的に存在するとの感触を得た。今回のワークショップを土台にして、その潜在的な関心と関係する研究者の課題共有と連携の場となる研究会を続けていきたいと考えている。また、映像記録を残すという試みを行ったので、この活用の方向も模索したい。