数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 人間行動への数理の応用による課題解決
該当する重点テーマ 過去の経験的事実、人間の行動等の定式化
キーワード 人間行動、数理モデル、非対称MDS、セルオートマトン、脈波のカオス力学系、対比錯視、ブランドスイッチング、双対尺度法、フレームレット、クラスター分析、SEM
主催機関
  • 日本行動計量学会
運営責任者
  • 千野 直仁
開催日時 2014/02/15 00:00 ~ 2014/02/16 00:00
開催場所 帝京大学(霞が関キャンパス)
詳細: https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/~satoru/societies/coop-math-2013W08/index.html
最終プログラム

2月15日(土)
   9:30~9:40 a.m. 主催者開会挨拶(日本行動計量学会理事長 岡太彬訓)
  第1日目司会 岡太彬訓
   9:40~10:40 a.m. 「ゆらぎの心理学」

         1. Fluctuation in psychology - A fluctuation rule in both recognition and performance.  Tiejun Miao (TAOS研究所)

         2. ゆらぎの心理学―心の免疫力と柔軟性に関係する指標の発見― 雄山真弓 (関西学院大学名誉教授)
    coffee break
   10:55~11:55 a.m.  「小集団の成員間親近度の形成・変容についてのヒルベルト状態空間モデル」 千野直仁 (愛知学院大学)


   1:30~2:30 p.m. 「心理データ解析のための行列分解」 足立浩平 (大阪大学)
    coffee break
   2:45~3:45 p.m. 「量子論的社会調査データの解析モデル」 吉野諒三 (統計数理研究所)

        coffee break
   4:00~5:00 p.m. )「重複クラスター分析法を用いた社会科学系データの理解」 横山暁 (帝京大学)


     5:30~7:30 p.m. 懇親会

2月16日(日)
  第2日目司会 千野直仁
   9:30~10:30 a.m.「渋滞現象の数理モデルと検証」 西成活裕  (東京大学)
    coffee break
   10:45~11:45 a.m.「心理学における数学の役割:理論構成の前段階としての経験的事実の把握」 西里静彦 (トロント大学名誉教授)

   1:15~2:15 p.m.「非対称フォン・ミーゼス尺度法」 荘島宏二郎 (大学入試センター)
   2:15~3:15 p.m.「視覚と錯視のフレームレットモデル」 新井仁之 (東京大学)
    coffee break
   3:30~4:30 p.m.「ブランドスイッチングの非対称MDSモデルによる解析―ブランドの強みと弱みを把握するー」 岡太彬訓 (多摩大学)
   4:30 p.m. 主催者閉会挨拶 岡太彬訓

 なお、ワークショップの第1日目は、前夜からの降雪で交通機関の運休あるいは遅延を考慮して、開始時間を急遽30分繰り下げ、それに伴い同日午前中の予定を30分繰り下げて実施した。

参加者(総数、内訳) のべ62名(15日29名、16日33名)
当日の論点

今回の11名の演者の研究領域は、計量心理学、数理心理学、数理科学、工学等多岐に亘るが、演者の発表内容は「人間行動に対する数理の応用」という点では同じ目標に向けられている。しかし、それぞれの研究領域での研究方法は決して同一ではなく、伝統的な計量心理学の領域の発表者は社会行動科学的現象、とりわけ検査項目を構成する尺度の信頼性や妥当性の観点から議論したり、尺度と個体からなるデータセットから線形数学を用いてどのようにしてデータの持つ基本的な構造を抽出するかを議論したり、さらには複数の対象相互の非対称な関係データをいかにしてわかりやすく表現するかについての新たな提案や、すでに提案済みの演者のモデルの適用例の報告等を行った。具体的には、それらは以下のようである:

 (1)西里静彦氏は、社会行動科学の分野におけるデータ解析の基本に立ち返り、行動科学領域の研究で現在まで多用されるリッカート尺度の問題点を指摘し、同尺度を間隔尺度としてではなく名義尺度とみなした数量化をすることによってはじめて、もとのデータに含まれる豊富な情報を引き出すことができること等を指摘した。

 (2)岡太彬訓氏は、複数のブランドからブランドへのブランドスイッチング頻度からなる非対称関係データに対する1つの非対称MDSの方法として当該データに特異値分解を利用する方法を紹介し、この方法により各ブランドの競争力の優劣の明確な表示や、既存のブランド間のブランドスイッチングに基づき新たに導入されたブランド競争力の予測が可能であることなどを指摘した。

 (3)足立浩平氏は、心理学の領域でよく持ちいられる主成分分析(三相主成分分析を含む)、因子分析における伝統的な解法のもついろいろな問題点を解消するために特異値分解を応用する彼及び共同研究者による最近の幾つかのアルゴリズムを紹介した。

 (4)荘島宏二郎氏は、複数の成員間の非対称な親近性データ行列をもとに、方向統計学におけるフォンミーゼス分布を仮定した非対称多次元尺度構成法 AMISESCAL (asymmetric von Mises scaling) を提案し、実際のデータを用いた興味深い適用例を示した。

 (5)横山暁氏は、Yokoyama et al. (2009) が提案した重複クラスター分析法を、社会科学系データ、とりわけマーケティングデータに適用し、商品の同時購買行動の分析をおこない、興味深い結果を得ている。ここで、重複クラスター分析法は、従来の階層的クラスター分析法や k-means 法と異なり、1つの対象が複数のクラスターに所属することを許容する分析法である。

 つぎに、数理心理学の分野の研究の1つとして、つぎの発表がなされた:

 (6) 吉野諒三氏は最初に Luce, R. D. の1995 年の講演をとりあげ、数理心理学が彼の言うようにあまり発展していない理由の1つとして数理心理学が現実社会の課題解決の姿勢を貫けなかったと推論し、自身の社会的量子理論を紹介している。彼の理論は、プリゴジンの散逸構造理論のマスター方程式を社会調査の回答カテゴリーの特定時点の比率やその変化の問題に応用するもので、これまでに幾つかの興味深い結果を得ていることや今後の課題を指摘した。

  一方、数理科学の領域の演者は、一見複雑な主として人間行動(車の渋滞、複数の成員の退出行動、脈波の振る舞い、錯視現象等)に対して、幾つかの原理をもとに当該現象を予測する数理モデルを仮定し、当該モデルが果たして既存の観測行動を説明できるかどうかや未だ未知の行動を予測できるかどうかの議論を中心におこなった:

 (7) 西成活裕氏は、車や群衆の動きについての数理モデルとして、セルオートマトンの一種である非対称単純排除過程 (ASEP) なる確率過程モデルを応用し、それらの動きに関する理論解析を行い、さらにはそれをベースにして実際の車の渋滞や群衆の混雑解消のための処方箋も提供している。

 (8)新井仁之氏は、1980 年代の中頃に発見されウエーブレット、2003 年にそれが一般化されたフレームレットの技術をさらに改良し視覚の基盤モデルとして適したものにした「かざぐるまフレームレット」なる新しいフレームレットを用いて、これまでにある種の幾何学的錯視の錯視成分を特定したり、新たな錯視図形の生成や画像処理方法を考案したり、図形の輪郭検出方法などを提案してきたこと、等を報告した。

 (9)Tiejun Miao 氏は、ゆらぎの心理学の最初の演者として、実験参加者に PC 上のターゲットを追うトラッキングを行わせ、ターゲットの動きとして正弦波、カオス波形、ランダム波形の3種を用い、さらに彼らのトラッキング中に耳の血量を測定し、それぞれの波に対応する血量の変動データのカオス性を検討した。その結果、トラッキング中にカオス波形を用いた場合が、それに共振したと考えられる血量の変動におけるカオス成分が他の波形の場合に比べて最も大きかったことを報告した。

 (10) ゆらぎの心理学の第2演者の雄山真弓氏は、指尖脈波を測定し、さらに脈波のカオス性の有無を分析するためのプログラムを組み込んだ装置を開発し、それを用いてこれまでに彼女達が行った実験等から、脈波は脳の中枢神経の情報も持っていることや、脈波のカオス性の多少が各種心の免疫力や柔軟性にかかわることを見つけてきたことを報告した。

  また、上記の計量心理学的アプローチと数理科学的なアプローチの双方にまたがる発表もみられた。すなわち、

 (11) 千野の小集団の成員間親近度の形成・変容についてのアプローチは、一方では計量心理学の一分野である非対称多次元尺度構成法の知見をベースに、他方では複数の原理に基づき複数の成員間の非対称な(親近度)関係構造の形成・変容仮定の力学系モデルを構成する数理科学的なアプローチを用いる方法である。この種のデータとして分析に十分耐えるような質の良い縦断的非対称な関係データが社会行動科学の領域では未だ少ないことから、少数の人間関係に関する原理的条件を組み込んだ数理モデル、とりわけ差分方程式モデルの限定的なシミュレーション結果を示し、それらの結果から得られた対人相互作用のシナリオについてその妥当性を検討した。

 当日は、これら3種のアプローチに関する、それぞれの演者からの既に確立されたこれまでの知見の紹介、新たなモデルの提案、と今後の課題等についての発表がなされたが、論点の多くはそれぞれのアプローチ固有の方法に関する細部についての指摘や議論が中心であり、3種のアプローチに対する相互の本質的な疑問やコメントはほとんど論点とはならなかった。しかし、演者もフロアーの参加者も共に自身の専門以外の領域のアプローチや研究内容に対して興味を抱き、参考にするものがないかとの期待を抱きながら活発な質疑応答がなされたものと思われる。

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

 今回のワークショップの11名の演者の講演内容にかかわる研究の現状と課題は、つぎの5点にまとめることができよう:

 (1)まず、計量心理学の領域の尺度の信頼性や妥当性に関しては、これまでの長い研究の積み重ねが既になされているが、それらの知見を社会行動科学の調査や実験の中で十分踏まえたデータ分析は未だ十分ではない。

 (2)同上領域の非対称多次元尺度構成法に関しては、これまた既にかなり長い研究の積み重ねにより多くのモデルやその応用が報告されているが、研究対象となる非対称関係データの特性に応じた適切なモデルの選択のノウハウの一層の開発などは未だ十分ではない。また、現存する個々のモデルに関しても、局所解への収束は可能であっても、大局解への収束の問題については、解決されていないものもある。

 (3)また、尺度と個体からなるデータセットからデータの持つ基本的構造を抽出する方法については、かなりの知見が積み重ねられてきたが、データの性質により情報集約のモデルを使い分けるノウハウの開発や、新たな情報集約のための数理統計学的な方法の一層の開発がこれからの課題であろう。

 (4)数理心理学のアプローチについては、プリゴジンらの散逸構造の理論におけるマスター方程式を社会調査の回答カテゴリーへの回答比率の分析の問題に応用し、興味深い予測を行ってはいるものの、高度なレベルの数学が社会行動科学の分野の一般の研究者にとって理解が難しいという点などがある。

 (5)一方、数理科学的アプローチについては、すでにほぼ大枠の数理は確立されており、それらの知見の現実社会への適用もかなり進んでいるが、人の心や人間行動の各種要因を追加することにより、モデルの予測精度を上げる工夫をすることなどについては、検討の余地があろう。

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

うえの「研究の現状と課題」の考察からは、今後解決すべき課題は、以下のようなものが考えられる:

 (1)計量心理学の領域の尺度の信頼性や妥当性に関しては、今後例えば、尺度の信頼性指標の数理統計学的アプローチが最近見られるようにはなってきているが、一層の展開が必要ではなかろうか。

 (2)非対称多次元尺度構成法では、データの性質とそれに応じた適切なモデルの選択の問題については、既存のものも1、2は存在するが、この問題に対する新たな対処法なども今後解決すべき課題であろう。また、大局解への収束の問題についても、技術的に解決すべき課題の1つであろう。

 (3)非対称な関係構造の形成・変容過程の差分方程式モデルについては、当該モデルにより、シミュレーションのレベルでは3すくみなどの非対称な関係構造の変容のシナリオに関しては興味深い結果が得られているが、モデル自身の妥当性や代替モデルの可能性、SEM 等を応用した変容過程の分岐パラメータの同定、モデルの実証的データへのあてはめによる適合性の検討、モデルの力学系の安定性や、カオスの同定など、今後解決すべき課題は山積している。

 (4)数理科学的アプローチでは、まず渋滞現象のモデルについては、例えば交通渋滞現象の場合、運転者の渋滞時の心理の個人差や性格、動機づけなどの違いをモデルのパラメータに取り込むことができるかもしれない。また同様なことは、非対称な関係構造の変化についての差分方程式モデルにも言えよう。また、脈波のカオス現象に関しては、当該カオスの何らかの分岐パラメータが同定できれば、そらを現実の問題に適用しカオスのクライアント自身による制御が可能になるかも知れない。また、錯視現象への数理的アプローチに関しても、現状では fMRI などにより視覚の機能と対応する脳の領野との関連が一層明らかになった暁には、神経細胞の視覚情報処理のアルゴリズムが解明されることになろう。

今後の展開・フォローアップ

今後の研究の方向としては、今回のワークショプの3種のアプローチ間での各種の共同研究が望まれる。実際、現時点で既に脈波の微分力学系モデルによる研究と非対称な関係構造の形成・変容過程の差分方程式モデルによる研究者間で共同研究をする方向での話し合いが始まっている。また、今回の演者のアプローチのうち数理科学からのアプローチを行っている演者では既に産業界や交通警察関係者とのタイアップが進んでいるが、それ以外のアプローチについても、統計数理研究所による文部科学省委託事業の趣旨に沿った一層の協働活動・共同研究を進めることが望まれよう。