数学・数理科学と共に拓く豊かな未来 数学・数理科学と諸科学・産業の恊働による研究を促進するための「議論の場」を提供
項目 内容
研究集会等の名称 感染症流行モデリング小研究会:モデル構築と妥当性の共同検証とセンス構築
該当する重点テーマ ビッグデータ、複雑な現象やシステム等の構造の解明 、過去の経験的事実、人間の行動等の定式化 、計測・予測・可視化の数理 、リスク管理の数理
キーワード 感染症、数理モデル、統計モデル、シミュレーション
主催機関
  • 東京大学大学院医学系研究科
  • 統計数理研究所
運営責任者
  • 斎藤 正也
  • 西浦 博
開催日時 2013/11/07 10:00 ~ 2013/11/08 15:00
開催場所 統計数理研究所・セミナー室2
最終プログラム

感染症流行の理論的側面と流行モデルの開発に従事している研究者、感染症対策への理論・モデルの応用に従事している研究者で、それぞれチームを形成して小研究会を開催する。各チームは、2名の講師及び講師を含む4~5名の聴講者で構成する。会議の進行は運営責任者の斎藤・西浦が責任を持ち、チーム毎のモデレータは立てない。共同研究のシーズ発見をめざした深い議論を行うために、講演数と聴講者の両方を少なく設定するが、その見返りとして各チームが主導するオリジナル研究を生み出すことに注力する。各講演者が1時間~2時間の講演の中で問題提起を行い、1日目の夕方・2日目午後に行う討論セッションにおいて、共同研究で取り組む課題を定義する。

「モデル評価系」チーム講師
稲葉寿(東京大学大学院数理科学研究科)
西浦博(東京大学大学院医学系研究科)
江島啓介・水本憲治(東京大学大学院医学系研究科)
中岡慎治(理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター)

「モデル数値計算系」チーム講師
樋口知之・斎藤正也(統計数理研究所)
井元清哉・山口類 (東京大学医科学研究所)
出口弘 (東京工業大学)

プログラム

11月7日(木) 座長・西浦博

[午前]
10:00--10:30 斎藤正也(課題抽出に向けての問題提起1)
10:30--11:30 西浦博 (課題抽出に向けての問題提起2)
11:30--12:30 稲葉寿(講義1)

[午後]
13:00--14:00 中岡慎治(講義2)
14:00--15:00 討論1a(パネリスト: 西浦、稲葉)
15:00--16:00 討論1b(パネリスト: 出口、中岡)
16:00--17:30 出口弘 (講義3)
17:30--17:45  樋口知之(1日目終了あいさつ)

※立川周辺で懇親会を予定


11月8日(金) 座長・斎藤正也
[午前]
10:00--11:00 水本憲治(講義4)
11:00--12:00 江島啓介(講義5)

[午後]
13:00--14:00 討論2a(パネリスト: 江島、水本、井元、山口)
14:00--15:00 討論2b(パネリスト: 井元、山口)

参加者(総数、内訳) 11
当日の論点

1日目の開始時、これからの論点が明らかになるよう、斎藤によって自身のオリジナル研究について発表を行い、その後、西浦が2日間のスタディーグループの実施内容について整理した。斎藤は大規模シミュレーションを用いたワクチン接種の優先度の検討について、移動距離が長く、移動頻度の高い会社員の接種の重要性を主張する研究成果をまとめた。社会構成員の行動は数式で記述される数理モデルでは取り込まれにくいものであり、それが大規模シミュレーションでは具現化できることを明確に示した。西浦は、感染症流行の数理モデルの妥当性が何であるのかを根本的な定義と活用用途を基に見直すことを提案した。妥当性検証の一例として、重症急性呼吸器症候群や2009パンデミックの国際的伝播に関するPredictability(予測可能性)が好評であった事例について紹介し、時系列の新規感染者の分布やその他の妥当性の評価判断基準となり得る事象について検討した。その後、2日間に渡って、妥当性評価を念頭に各人の興味をシェアしながら研究アイデアを練った。その結果、「特定の流行データが与えられたときのモデル選択」と「学校閉鎖における閉鎖期間とそのタイミングの決定」を応用的な対象事例として検討をするよう議論が収束した。

研究の現状と課題(既にできていること、できていないことの切り分け)

既にできていること:

 学校閉鎖の閉鎖期間のタイミングとその期間の最適性に関する研究は、既にモデル構築や数値解析が終了し、その一部を原著論文として協働で発表した。本研究の結果、感染リスクを最小にするためには、閉鎖を実施すべき時期は流行ピーク付近であるが、それは基本再生産数をはじめとするダイナミクスに依存することが示された。また、流行の閉鎖期間には最適解が存在しないことが示された。長く閉鎖すればするほど、感染リスクは減少し、どのような期間であろうとも、最小リスクが達成されない。さらに、費用対効果は致死率をはじめとする重症度指標に大きく左右されることが示された。

Nishiura  Hiroshi, Ejima  Keisuke, Mizumoto  Kenji, Nakaoka  Shinji, Inaba  Hisashi, Imoto  Seiya, Yamaguchi  Rui, Saito M Masaya, Cost-effective length and timing of school closure during an influenza pandemic depend on the severity. Theoretical Biology and Medical Modelling.2014, 11:5. DOI: 10.1186/10.1186/1742-4682-11-5

 

できていないこと:

 流行モデルの次元の選択(例.空間情報を含むか否か)に関するリアルタイム研究は、研究アイデアに関して参加者内の合意が得られ、データ同化技術を利用してモデルのスイッチングを検討することと、そのための尤度関数についてスタディーグループ当日に議論した。また、本件について、事例の対象となる時間・空間情報の入ったインフルエンザデータを北海道のサーベイランスを基に入手し、データを整理した。学校閉鎖の研究が完了し、今後このデータ同化研究に取り組む予定である。 

新たに明らかになった課題、今後解決すべきこと

学校閉鎖研究の単純な数値解析ではじめてわかったことは、費用対効果は致死率に大きく依存するということであった。すなわち、比較的弱毒であることが明確であった2009パンデミックでは学校閉鎖の実施は支持されない可能性があるが、一方で強毒性のインフルエンザ流行時には積極的な学校閉鎖の実施が求められるかもしれない。今後、よりオペレーショナルなモデリングによるフィードバックを実施するには、致死率のリアルタイム推定を含むリアルタイム研究を計画することが必要になるものと考えられた。

 また、本スタディーグループの当初からの課題である妥当性評価については、より基本的な妥当性に関する指標を考案する余地が残った。その大きな理由の1つは、感染症の数理モデルは元来実践的に運用されるものであり、その妥当性は用途に依存する傾向があるということである。この点についても、今後、機会を求めて抜本的改善をすべく、多様な専門家の意見を収集することで対応したい。

今後の展開・フォローアップ

 データ同化技術を用いたモデル選択・スイッチング研究は現在進行中であり、焦らずにオリジナル研究の報告を目指していくことで継続中である。今後、その数理的土台や分析結果が出揃い次第にその都度議論を重ねていく予定である。

 感染症数理モデルの妥当性評価に関するより基礎的な検討は、その実践的用途を羅列することを通じて、再度また議論する機会を作り、その学術的基盤の構築に貢献する所存である。もしも再びスタディーグループを開催する機会があれば、同課題についてより深く検討することを念頭に専門家の知を結集したいと思う。