アジア・太平洋価値観国際比較調査



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アジア・太平洋価値観国際比較調査について

 本サイトは、日本学術振興会の御支援による「アジア・太平洋価値観国際比較調査---文化多様体の統計科学的解析---」(科学研究費補助金・基盤研究S課題番号No.22223006、代表・吉野諒三)の総合報告をまとめたものである。
 本調査研究は先行する2002-2005年度「東アジア価値観国際比較調査」、および2004-2009年度「環太平洋価値観国際比較調査」の拡大を意図した調査研究の一環であり、2010-2013年度において、順次、日本、米国、中国(北京・上海・香港)および台湾、シンガポール、オーストラリア、韓国、インド、ベトナムの各国・地域に応じた統計的標本抽出法による面接調査が遂行された。
 この研究は、歴史的には統計数理研究所における1953年以来の「日本人の国民性」調査及び1970年初頭以来の「意識の国際比較」調査の延長上にある。「日本人の国民性」調査は、戦後民主主義の基盤としての官民の世論調査発展と緊密に結びつき、「意識の国際比較」調査は、連鎖的調査分析(Cultural Linkage Analysis, CLA)の確立へとつながった。そしてさらに、近年は計量的文明論としての「文化多様体解析(Cultural Manifold Analysis, CULMAN)」という方法論の上で、国際比較調査が展開されてきた。
 
 本研究の背景と意義は、以下の通りである。
 冷戦の終了以降、世界情勢のダイナミックな変動とともに、政治、経済、社会の伝統的枠組が大きく変わり、社会生活の基盤であった人々の信頼のあり方も大きな影響を受けてきた。伝統的な産業社会から高度情報化社会への過渡期と見られる現在、従来の家庭、学校、職場での人間関係のあり方にも崩壊が生じ、新たな時代の流れが確立するまでの混乱が続いてきた。日本経済はバブル崩壊以降、「失われた10年」と言われたが、その状況が10年をはるかに越えて続く中で、さらに、2011年3月には東日本大震災とそれに伴うフクシマ原子力発電所事故という未曽有の災難を被り、その復興の途上で混迷が続いてきた。
 一方、外交の視点からは、欧州共同体や南北アメリカ圏のみならず、東アジア圏の再編成が唱えられてきた。東南アジアを含む東アジア圏は、欧州とは異なり、多様な文化、歴史を持つ国々や地域の集合であり、政治にせよ経済にせよ、それらの統合は必ずしも容易ではないといわれたが、現実にはASEAN等の協力関係が推進されつつある。我々が2002年の東アジア価値観調査を計画した時には、「東アジア」という言葉はまだ一般には曖昧なものでしかなかった。その後、「東アジア共同体」構想についての議論が高まり、特に戦後長期に継続した自民党政権から民主党政権になり、その構想が掲げられたが、沖縄米軍基地移転問題などを含め、日中米の国際関係の中で警戒感を巻き起こした。しかし、アジアと太平洋の各国の多様な連携協力は着実に推進されており、「アジア・太平洋共同体(APEC)」や「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)」等々の国際協力の枠組みの検討が進展し、2012年末に再び自民党政権へ戻り、この勢いが加速されている。時は、「文化の多様体」(吉野,2005; Yoshino, 2014)が構築されているかのようである。現実には、この流れには正負両面があろうが、混迷から抜け出そうとする人々の期待は大きい。
 アジア・太平洋諸国の社会状態は複雑であり、特に中国やインドの躍進は目覚ましいものがある。一方でどの国も政治的にも決して一枚岩ではなく、地域や階層の間の著しい経済格差を抱え、それが国際関係における交渉の進展にも影を投げ、将来を予測するのは容易ではない。それゆえに、各国の客観的実態とともに、各国民の意識や価値観の動向を的確に調査する意義がある。
 こういった世界の流れを的確に把握し、将来を見通すための実証的基礎情報を収集すべく、各国、各機関が様々な社会調査、国際比較調査を遂行している。例えば、世界価値観調査(World Values Survey)は世界の数十カ国で共通質問項目を用いた国際比較調査データや時系列比較可能なデータを提供し、学術研究にも行政施策にも資するところが大きい。しかしながら、過去の東アジア地域における調査の実情を詳細にみると、その結果には疑いが隠せない。国際比較調査では、質問項目を各国の言語に適切に翻訳することが重要な手続きであるが、各国内の事情の差異を見過ごしたための誤訳が見受けられ、また、報告された回収率などから、計画された統計的無作為標本抽出の手続きが調査の現場でどこまで遵守されているのか、疑義を持つ調査研究者も少なくない。
 
 以上のような背景があり、我々は、アジア・太平洋地域の調査は、やはり当該地域の人々により慎重に推進されるべきであるという認識に至った。我々は、通常、各国でどの程度統計学的に適正な標本抽出調査が遂行でき、また国際比較可能性が保てるのかという課題を実証的に検討することを主眼にし、その上でアジア・太平洋諸国の人々の価値観や意識を比較することに取り組んできた。この中で、各国で通常の世論調査や政府統計調査においてどの程度厳密な統計調査がなされているか、それ自体が各国の社会、経済、政治的状況を如実に表していることを強く認識してきた。政府等の統計的無作為標本抽出による世論調査という点では、住民基本台帳や選挙人登録名簿がほぼ完備している日本が世界で一番、一人一票の民主主義の理念のもとでの統計科学的な調査を遂行しているようだが、他方、米国を含め海外の諸国の世論調査の方法(その多くは性別、年齢層、人種別等の「割り当て法」)では、しばしば選挙予測などで大きな失敗を見るのはやむを得ない状況なのだと、今さらながら痛感せざるを得ない。
 
 今回の調査票は、人々の生活一般に関する多様な項目を含んでいる。特に21世紀初頭の急変しつつある世界情勢、とりわけ、急速に変化するアジア・太平洋の国々と、数々の問題を抱えながらも再秩序化されつつある国家間の関係を考慮して、日本と他のアジア・太平洋諸国の人々の価値観、人や組織に対する信頼感、法意識、自然観や生命観等々の統計的解明に適切と思われる項目を検討した。結果として、多くの項目は、2002-2005年度の「東アジア価値観国際比較調査」及び2004-2009年度の「環太平洋価値観国際比較調査」と重複しているので、重複して調査されている国・地域は、この10年ほどの時系列調査ともなっている。新たには、人々の意識を深く調べる目的で「お化け調査」というニックネームで呼んでいる「人々の基底意識構造」に関する項目(死後の世界や幽霊の存在など)を導入し、またこれまでの対人的信頼感を測る項目の限界を超えるために、「生きがい」に関する項目も導入した。これらについては、外国語翻訳に苦闘したものであり、現在でも翻訳・再翻訳の検証程度では解決されない、各国の本質的な文化や宗教などを含む歴史的な背景の差に直面した。しかし、その意味で、単純な回答分布の数字の比較などでは表せない、現実が浮かび上がってきたとも考える。
  ・信頼感に関する質問項目・・・ 問22, 24(ソーシャル・サポート), 問55 (社会的参画),
  問2, 3国家間の友好[タテマエとホンネ],
  問36, 37, 38(対人的信頼感),
   問52(組織等への信頼感)  
  ・生きがいに関する質問項目・・・ 問8, 51
  ・「お化け調査」関連の質問項目・・・ 問26, 33, 39,
 
  調査の実践的方法に関しては、熟慮の末、我々の基本方針としては、現地で通常用いられている調査方法を尊重し、まずその実態を学ぶこととした。国や地域によっては、しばしば、回収データの質の低さの点で、これまで我々が遂行してきた国や地域と比較して、統計的方法論や実践的手続きなどの諸問題に憂いを抱かざるを得ないが、普段、そのような方法で得られた世論調査の結果で当該の国の政治や経済が動いているのだとしたら、それは尊重しなければならない。しかし、調査研究者としてはそのようなデータの中から、いかに信頼できる情報を抽出できるか考えていかねばならない。
 また質問項目の選定にしても、目前の多様な問題解決へ直ちに繋がるような調査項目の選定は容易ではない。単一の質問項目で皮相的な「信頼感」などを比べるのではなく、複数の質問項目群の内在的連関を多次元的に解析し、意識の基底構造の中での本当の信頼感を探り、人々や国々の間の信頼感の醸成への手掛かりを探索的に解明していくことが肝要であろう。国際比較としての観点からは、実際の調査では避けられない各国・各地域の言語の差異、調査方法の差異などをも考慮し、単純に回答分布の皮相な数字の大小比較ではなく、今後収集されていく他の関連諸国・地域の調査データや資料、情報とともに、慎重に時間をかけて安定したパターン構造を浮かび上がらせるような分析がなされて行くべきである。
 
 われわれの調査チームは、データ解析の試行錯誤の繰り返しを継続している最中であり、明確な結論のようなことを提示するには、まだ遠い。しかし、その中で、皮相的に各国の信頼感を論じたり、価値観の差違を強調し国際間の緊張を高めたりするよりは、洋の東西や時代を越えた「家族の大切さ」や「親孝行、親への愛情と尊敬」という普遍的価値の深層構造を念頭に、その上で各国・地域の政治や経済の在り方の表層的な差違を眺めた方が、世界の平和と繁栄に繋がるように思える。
 本研究は、国内外の多くの方々に速やかに基本情報をまとめたものを提供することを目指している。最新の解析結果は、学術誌Behaviormetrika, Vol.42, No.2 (2015)統計数理, 第63巻, 第2号(2015)などに掲載されている。世界の官民学の方々の御利用に供し、建設的な議論や政策立案に繋がることに多少とも寄与することがあれば、真に幸いである。 
 (文責 吉野諒三)
 
 ※注意1.2004-2009年度の「環太平洋価値観国際比較調査」に関して、同調査がインドを含めていたため、過去の報告書や論文等で「アジア・太平洋価値観比較調査」の名称が用いられていた場合があったが、3つの関連する調査を明確に区別するために以下のように正式名称を定めることとした。
 ・「東アジア価値観国際比較調査」(2002-2005年度)
 ・「環太平洋価値観国際比較調査」(2004-2009年度) (注.科学研究費プロジェクトとしては2006-2009年度)
 ・「アジア・太平洋価値観国際比較調査」(2010年度-2014年度)
 
 
 謝辞
 本研究は日本学術振興会による科学研究費補助金・基盤研究S(課題番号No.22223006、研究代表 吉野諒三)の御支援により遂行されている。
 今回のアジア・太平洋価値観国際比較調査は、これまでの一連の調査研究の延長線上にあり、これらの研究は、文部科学省研究振興局学術研究助成課、機関課、情報課、日本学術振興会、トヨタ財団、日本財団、笹川財団をはじめ、官民の多くの方々や団体の御支援を得て遂行されたものであり、深く感謝いたします。 
 

参考資料 https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/12_kiban/hyouka25/shinchoku_gaiyo/02/h25_gaiyou210_22223006.pdf



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