第68巻第1号5−24(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [総合報告]

接合関数モデルにおける統計的推測

成城大学 塚原 英敦

要旨

本論文では,多変量分布Fからの標本を用いて,Fの接合関数に関する推測を,その周辺分布は未知のまま行う方法について解説する.この状況下では,\mathscr{G}十分性という基準に従えば,各座標ごとの順位から成るベクトルにのみ依存する方法が望ましいことになる.経験接合関数やその変形版は接合関数のノンパラメトリックな推定量であり,順位のみを通じてデータに依存する.その漸近的性質をまず簡潔に復習した後,順位相関係数のような接合関数の汎関数の推定量の性質を見ていく.さらに,接合関数が母数化されている場合に,そのパラメータをセミパラメトリックに推定するいくつかの方法を,擬似尤度推定量を含む順位近似Z推定量クラスにとりわけ重点を置いて考察する.続いて,独立性検定を含む一般的な適合度検定を手短に再検討する.最後に,これまで述べた推定・検定法を実際に適用する際に必要不可欠である,経験接合関数に基づくいくつかのリサンプリング法について詳しく検討する.

キーワード:接合関数,\mathscr{G}十分性,経験接合関数,セミパラメトリック推定,適合度検定,ブートストラップ法.


第68巻第1号25−44(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [原著論文]

セミパラメトリックコピュラモデルにおけるダイバージェンスの性質

東京大学大学院 清 智也
東京大学大学院 松本 和也

要旨

多次元の量的データに対し,コピュラとしてパラメトリックモデルを仮定し,周辺分布には何も仮定をおかない統計モデルのことを セミパラメトリックコピュラモデルという.本論文ではこのモデルにおけるダイバージェンスの性質を考察する.特に,多変量順位統計量の周辺分布によって定まる順位ダイバージェンスと,Kullback–Leiblerダイバージェンスの局外パラメータに関する最小値として 定義されるプロファイルダイバージェンスの関係を調べる.また区分一様コピュラとガウスコピュラの場合について具体的な計算結果を示す.

キーワード:コピュラ,最適輸送理論,情報幾何,ダイバージェンス,複合変換モデル,ホロノミック勾配法.


第68巻第1号45−63(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [研究詳解]

非対称t接合関数の性質と統計的推定方法
—資産価格変動への応用—

東京都立大学大学院/統計数理研究所 吉羽 要直

要旨

非対称t接合関数(skew-t copula)は,多変量非対称t分布に内在する接合関数である.多変量非対称t分布は非対称性の導入方法により,いくつかの異なる分布が提案されている.本稿では代表的な多変量非対称t分布に内在する非対称t接合関数の定義と性質をまとめ,非対称t接合関数の最尤推定に必要な手続きを整理する.また,非対称t接合関数の実証研究の結果を整理し,本邦の株価変動を推定した実証結果を示す.こうした実証結果から,裾依存性の度合いと上下での依存性の違いを調整できる非対称t接合関数が資産価格変動の表現に有効であることを指摘し,今後の課題を述べる.

キーワード:接合関数,多変量非対称t分布,裾依存係数.


第68巻第1号65−85(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [研究詳解]

Realized Stochastic Volatilityモデル
—拡張と日本の株価指数への応用—

法政大学 高橋 慎
東京大学大学院 大森 裕浩
一橋大学 渡部 敏明

要旨

近年,資産価格のボラティリティの推定には日中の高頻度リターンから計算されるRealized Volatility(RV)が用いられることが多い.しかし,RVにはマーケット・マイクロストラクチャー・ノイズや夜間や昼休みなどの市場が閉まっている時間帯によってバイアスが生じることが知られている.こうしたRVのバイアスを考慮して,日次リターンと日次RVの同時モデル化が提案されている.このモデルはStochastic VolatilityモデルにRVを加えて拡張したものなので,Realized Stochastic Volatilityモデルと呼ばれる.Stochastic Volatilityモデル同様,Realized Stochastic Volatilityモデルは尤度の解析的評価が難しいため,マルコフ連鎖モンテカルロ法(Markov chain Monte Carlo,MCMC)を用いたベイズ推定法が多く用いられる.本稿では,こうしたRealized Stochastic VolatilityモデルとそのMCMCを用いたベイズ推定法について解説する.また,日次リターン分布やボラティリティの定式化の拡張についても解説する.さらに,日経225株価指数に応用し,推定結果を説明する.

キーワード:マルコフ連鎖モンテカルロ法,Realized Volatility,Stochastic Volatilityモデル.


第68巻第1号87−106(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [研究詳解]

確率的依存構造をもつコピュラモデル
—統計的推定方法と計量ファイナンスへの応用—

ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ株式会社 野澤 勇樹
一橋大学大学院 中村 信弘

要旨

コピュラ関数の依存構造が確率的に変動するような確率的コピュラのモデル構築とその代表的な統計的推定方法をサーベイする.依存構造の確率的な変動の記述には潜在変数を内包する状態方程式を用いることから,数値計算による尤度評価が必要となる.本論文ではこれらの手法についてまとめるとともに,確率的コピュラのヴァインコピュラを通じた多次元化への応用について拡張する.また,ファイナンス分野への応用事例として,時変レバレッジを持つコピュラと時変の依存構造パラメータを持つコピュラのモデルを紹介する.時変の依存構造パラメータを持つコピュラのモデルを為替ヘッジへの適用した例について報告する.

キーワード:確率的依存構造,確率的コピュラ,ヴァインコピュラ.


第68巻第1号107−127(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [原著論文]

コピュラを用いたCDO価格付けモデルのリスク計測モデルへの拡張

東京都立大学大学院 室町 幸雄

要旨

2007〜08年の世界金融危機以前から多くの金融リスク計測モデルが開発されてきたが,金融危機の予兆は捉えられなかった.それは既存モデルが過去データを分析する純粋な統計学的モデルであったためである.本稿では,もともとCDOの価格付けのために提案されたインプライドコピュラを用いたプライシングモデルのリスク計測への拡張を提案する.そのモデルではデフォルト時刻は条件付独立と仮定し,デフォルト強度の分布をCDO価格から推定するが,既存の推定結果は僅かな確率で同時デフォルト確率が極端に高まることを示唆していた.そのような結果をリスク計測に活用するのが本稿のモデルで,過去データだけでなく現在の時価情報も活用することで市場参加者の将来の環境激変への畏怖をリスク量に反映できる.本稿では既存理論に沿って具体的なリスク計測モデルを構築していくが,測度変換の重要性とその取扱いは特に詳細に議論する.このモデルではデフォルト確率全体に影響するファクターの存在が重要で,その分布次第では既存モデルでは見られない結果が現れる.例えばCDOのリスク計測では,ほとんどのトランシェで小確率で大規模損失が発生しうること,大規模損失の内訳が実際のデフォルト損失ではなくCDO価格の暴落であることを示した.これらは金融危機時に見られた現象と整合的である.

キーワード:金融リスク管理,統計学的モデル,インプライドコピュラ,条件付独立,観測確率,リスク中立確率.


第68巻第1号129−145(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [原著論文]

連続変数で表される事件の接合関数を用いた生存分析

学習院大学 福元 健太郎

要旨

ある事件がいつ起きるか(時間変数)に影響する要因を調べるには,生存分析が使われることが多い.しかしそれだけでなく,どんな事件が起きるか(事件変数)にも関心がある場合がある.しかも往々にして,時間変数と事件変数は統計的に独立ではない.もし事件変数が名義変数であれば従属的競合リスク・モデルが使われる.本稿は,事件変数が連続変数である場合を扱う,接合関数を利用したモデルを提案する.そしてモンテ・カルロ・シミュレーションにより,時間変数と事件変数を別々に分析すると(打ち切りがある場合は特に)バイアスが生じるので,本稿の連続変数事件接合関数生存分析モデルを用いて両者を同時に分析する必要があることを示す.最後に,戦後英国の選挙の相対的タイミングと与党の得票率との関係を検討した先行研究のデータを再分析する.選挙が遅いと与党に有利ではあるが,選挙を早くしても必ずしも与党に不利になる訳ではない,という非対称な従属性が明らかになる.

キーワード:生存時間分析,生存解析,タイミング,従属性,選挙,イギリス.


第68巻第1号147−174(2020)  特集「複雑な依存構造を持つデータの統計解析法—コピュラとその周辺—」  [総合報告]

コピュラを用いた生存時間解析
—相関のあるエンドポイントとメタ分析の活用—

長庚大学 江村 剛志
北里大学 道前 洋史

要旨

ここ10年間で医学・生物学関連データベースの公開が急速に発展し,個々の患者の詳細かつ正確な情報が誰にでも利用出来るようになった.これらデータベースでは,患者の生存期間,無増悪期間,腫瘍径,遺伝子発現量など患者の極めて詳細な情報が記録されている.加えて,複数のデータソースを統合して解析する「メタ分析」の重要性がここ10年間で高まり,複雑かつ膨大な生存期間データを古典的な生存時間解析法だけで解析することは不十分になりつつある.本稿では,コピュラを用いて2つの生存期間変数をモデリングする手法について総説する.モデルの実践的な有用性を示すため,より具体的に患者の生存期間と無増悪期間の相関をコピュラでモデル化する手法を考える.また複数のデータソースを統合して,患者の生存期間と術後無増悪期間を同時解析する「メタ分析」法のためのモデルを紹介する.モデルのパラメータを推定する際に,生存期間と無増悪期間が半競合リスク関係にあることを考慮した上で最尤法を用いる必要性を解説する.最後に,個別医療の問題に関連した応用例の一つとして,遺伝子発現量と増悪情報を用いて死亡率の動的予測を行う手法を紹介する.

キーワード:遺伝子発現量,個別医療,競合リスク,動的予測,臨床試験,Cox比例ハザードモデル.


第68巻第1号175−192(2020)  [原著論文]

サポートベクター回帰における感度分析による変数選択の有効性の検証
—都道府県別全死因死亡率の影響要因の分析—

東洋大学 田辺 和俊
東洋大学 鈴木 孝弘

要旨

本研究では,筆者らが開発したサポートベクター回帰における変数選択としての感度分析法を都道府県別死亡率の要因分析に適用し,その有効性の検証を行った.わが国では少子高齢化社会の次に到来するのが多死社会とされ,医師不足,終末期医療,孤独死,死に場所難民,放置空き家等,さまざまな社会問題の発生が危惧されている.地域の自治体が多死化対策を行うためには,多数の要因の中から死亡率に重大な影響を与える要因の解明とその相対的影響度の推定が重要になる.そこで,各都道府県の全死因年齢調整死亡率を目的変数,その影響要因の候補として生活習慣,医療・福祉,社会・経済の3分野の指標56種を説明変数とし,サポートベクター回帰により解析し,感度分析により影響要因を探索した.その結果,都道府県別死亡率を統計的に有意な精度で再現する11種の影響要因が得られ,喫煙率や高齢単身率だけでなく,これまで未検証の社会福祉士数が死亡率に大きな影響を与えることを見出した.また,地域の多死化対策への試みとして,死亡率が最高の青森県について,死亡率が最小の長野県との対比において影響要因の指標値に基づいて死亡率低減策を考察した.以上の結果から,広範な分野の多数の説明変数の中から感度分析により影響要因を探索する解析手法の有効性を実証した.

キーワード:サポートベクター回帰,変数選択,感度分析,全死因死亡率,影響要因.