国民性に関する意識調査データに基づく
文化の伝播変容のダイナミズムの統計科学的解析

米国西海岸日系人調査(1998年)
※ このページは「統計数理研究所・研究所リポートNo.84」から抜粋したものです。詳細は同レポートをご覧ください。

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はしがき
 新世紀を迎えた今日、世界の中で伝統的な社会システムが崩壊し、日本は近未来の高度情報化社会へ突入しつつあるようである。この変化は、就労のあり方を必然的に変え、日本の伝統的な終身雇用や年功序列から、能力主義に基づく採用、給与形態となり、職場での人間関係、それを支える家庭における人間関係、教育のあり方にも大きな変化を与えつつある。この変化の途上で、教育現場での学級崩壊、家庭の崩壊、政治では無党派層の大幅な増大に見られる既存の政党への不信感の表明など、広義の「信の崩壊」の時代となっている。

 しかし、これは必ずしも悲観的な事態ではない。個のレベルの信頼感までもが喪失されたわけではなく、少なくとも日本では伝統的な社会的信頼感が、現在の社会システムで機能不全となっている分、そのエネルギーが個のレベルの自発的集合の中で積極的に発起されているのであろう。NPOやボランティア活動の隆盛は、むしろ、これまでに見られなかった程である。このような状態は産業革命の時代の初期に見られたのと同様に、過渡期の混乱であり、新たな社会システムが確立されるとともにこの混乱も収まり、新たな時代の信のあり方が確立されるのであろう。
 その新たな社会的信頼感を確立するためには、そのための基礎情報として近未来の時代状況を適確に予測する必要がある。世界情勢としては、政治・経済の分野では、EU圏、南北アメリカ圏、アジア圏の三極化が進展し、特にアジアでは中国とインドが人口でも経済でも成長が著しく、まず中国が21世紀の最初の四半世紀に、次の四半世紀でインドがトップに踊り出るといわれている。一方で、日本は2007〜2008年頃に人口のピークを迎え、それ以降減少へ転じ、高齢化社会の中で労働人口は相対的減少、年金問題、医療費負担の問題など今日の世界経済での地位を保つのは困難であるといわれている。これを補うために、外国人労働者を今日以上に積極的に受け入れることになろう。これに伴い、新たな形の犯罪対策を含め、日常生活の中でも異文化間の摩擦は程度の差こそあれ、様々な形で表われて来るであろう。これを生産的な形へと方向転換するためには、異文化間理解、文化の変容の研究がますます重要となってくる。

 以上を勘案すると、かつての日本人移民の海外での経験、人生が極めて示唆的なものとして浮かび上がって来る。特に米国では、1世、2世の被った人種差別、第二次世界大戦時の日系移民の収容所問題、戦後の日本との関係での役割など、複雑な人生の展開を経験してきた。日本人である1世、米国籍そして事情によっては日本国籍をも持っていたために戦時には日米の板挟みとなった2世、そして、より米国化した3世以上の人々の各世代に見られる「文化変容」の持つ意味は、時にはあまりにも生々しく、重い。彼らについては、既に数多くの小説、ケース・スタディ的報告書は書かれている。しかし、今日の米国日系人は既に1970年以降、異人種間結婚が半数程度に達し、居住地も特定の地域に固まることなく、国土全体に広がっている。日系人のみのリスト(選挙人名簿や住民票)があるわけでもない。したがって、統計的標本調査法に基づく実査は必ずしも容易ではない。

 本研究では、1998年秋から1999年春にかけて、日系人が比較的多く(1〜2%)居住しているとされる米国ワシントン州キング郡、及びカリフォルニア州サンタ・クラーラ郡で標本調査を遂行した。本研究は、統計数理研究所の1971年以来の一連の「意識の国際比較調査」研究の一環であり、特に「(文化の)連鎖的比較方法論(Cultural Link Analysis)」の実践的なパラダイムの展開の中に位置付けられる。詳細は、「研究実施計画」申請書に記したので繰り返さない。この3年間では、限定された条件の下で、より正確な統計的方法に基づいた標本調査を遂行することに努め、収集されたデータのクリーニングにかなりの労力、時間を費やした。いくつかの分析結果も、国際会議を含む、内外の学術会議で既に報告した。特に、日本人固有の人間関係(義理人情的態度)や宗教心のあり方(信心している者は1/3程度だが、信心していない者も宗教心は大切と答える)は、日系人研究の焦点となり得る。また、米国社会の日系人にとっては、日常で物事を判断する時の「社会集団の関係枠」が時には米国人全体であったり、時には白人に対する日系人集団であったり、多重構造となっており、これは日本に居住するふつうの日本人と比較する場合、単純な回答数値の比較に警鐘を鳴らすものである。しかし、より深く包括的な分析は、今後、長い年月の中で他所の調査データとの比較、関連資料収集の検討とともに遂行されなければならない。

 本研究書のデータや情報が、新たな時代における異文化間理解や異文化間摩擦の解消のための一助となり、世界の政治経済の平和的発展へと繋がることがあれば幸いである。
         

謝 辞
 この研究は、統計数理研究所における長年の学際的、国際的調査研究の延長上にあり、これまで文部省や財団等、多方面からの大きなご支援をいただき、関係各位に深く感謝いたします。特に、米国西海岸日系人調査では、Washington州King郡の日系人疾病センターNDPCのセンター長Dr. Tsukasa Namekataにもご協力いただきました。またMs. Naomi Namekataをはじめとして、次にあげる現地の面接調査員の方々にも活躍していただきました。

 現地調査員:Dr. S. Frank Miyamoto、Dr. Tetsuden Kashima、Edwin Hamada、Jane Miyamoto-Dell'lsola、Geoff Kozu、Mayumi Namekata、Sheri Nakashima、Melissa Nakanishi、Miyoko Kaneta、Karen Akada、Sharon Seymour、Kanako Kashima、DeAnne Yamamoto、Clair Suguro、Naomi Namekata, Mayumi Namekata(以上、King County、Washington)、Dr. Stephen Fugita、 Erin Kimura、Kimi Nishikawa、Erik Arias、Laurie Abe、Mieko Futamase、Richard Krebs、Julie Le、Taylor Tanimoto、Marc Mizuno、Shirley Chen、Derrick Chia(以上、Santa Clara、California)。

 さらに、この研究報告書作成にあたり、河原弘子、金英、青木芙美子、高村佐希子の皆様にもご協力をいただき、感謝します。

This study is supported by the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, Grant in Scientific Research A(2), No.10308007 (1998-2000 fiscal years), awarded to Prof. Ryozo Yoshino, the Institute of Statistical Mathematics.



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