文化の伝搬変容の統計科学的研究
−ハワイ日系人・非日系人国際比較調査−
ハワイ・ホノルル住民調査(1999-2000年)
※ このページは「統計数理研究所・研究所リポートNo.86」から抜粋したものです。詳細は同レポートをご覧ください。

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はしがき
  本研究リポートは、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究A(2)「文化の伝搬変容の統計科学的解析−ハワイ日系人・非日系人国際比較調査−」(代表 吉野諒三)による1999年度のハワイ・ホノルル住民調査の単純集計の速報を意図して発刊するものである。ハワイのホノルル住民は、統計数理研究所の調査ティームにより、過去1971年以来、1978年、1983年、1988年と不定期に継続調査されてきており、今回で5回目となる。

 この一連の調査は、1953年以来の統計数理研究所研究所による「日本人の国民性」の継続調査の空間的拡張として、1970年頃にブラジル日系人調査が企画(林知己夫・元所長、鈴木達三名誉教授ら)されたことに端を発している。日本人の国民性をより深く解析するために他の国の人々と比較してみるという発想があり、また我々の行っているような意識調査において計量的に意味のある比較をするためには、ある程度似た側面と、ある程度異なっている側面をもつ社会集団をとりあげ、どのような側面がどの程度似ているのか、異なっているのかを解明することが肝要であるとの構想が浮かびあがってきたのであった。
 この構想の下で、ブラジルの日系移民とその子孫たちに注目し、文部省からの補助も得て調査企画も進んだのであったが、当時、ブラジルは軍事政権下で、テロなどの社会不安もあった時代であったからであろうと思われるが、ブラジル政府から我々の調査ティームにビザがおりず、結局、この時点では「ブラジル日系人調査」は幻に終わってしまったのであった。(ただし、1991年に水野坦氏(統計数理研究所及び総務庁統計局のOB)やサンパウロ人文科学研究所の協力により「ブラジル日系人調査」が遂行されて、研究所リポートNo.70として報告されている。)このため、急遽、米国ハワイの日系人に目を移し、こちらは現地の日本人研究者Kuroda Yasumasa氏(黒田安昌氏、日本から米国留学し、UCLAで政治学のPh.D.を修得後、ハワイ大学で教職を得ていた)との連携のもとで、遂行されたのであった。
 これを端緒として、今日の一連の「意識の国際比較調査」が世界の各国で遂行されてきたのである。先に述べた「日本人の国民性」調査は機関研究として5年ごとに継続され時系列的拡大を、「意識の国際比較調査」は文部省科学研究費をはじめとする官民の各方面から多大な御援助をいただき空間的拡大を続けている。ハワイに関しては、不定期ではあるが、主として同じ調査項目で幾度か調査が繰り返され、時系列的変化も分析できるようになっている。

 今回のハワイ調査はこれまでと同様に、Kuroda教授の協力を得て、ハワイの住民のほとんどが集中しているホノルル市の住民を対象に1999年秋から2000年夏まで面接調査を遂行した。(厳密には時代とともに行政区分等の変更により、地理的範囲は微妙に変更されているが、これは本質的なものではないであろう。本報告書中の地図を参照。)
我々の調査研究は、各所で得られた調査データの数字の単純な大小比較を目的とするものではない。同じ調査票、同じ調査方法といっても、各国、各所の事情で言語(翻訳)や標本抽出法等の理論的差異、あるいは名目上は同じでも実践的手続きの詳細な違いによる影響などの問題を見極めながら、統計的、計量的に意味のある比較可能性を追求するところに、我々の「データの科学」としての観点がある。
 この意味で、ハワイの調査データの回答数値の分析に入る前に、時代の変化は、まず調査環境の変化も伴っていることに注意しなければならない。これは日本における調査環境でも同様であり、この半世紀に計画サンプルに対する回収率が著しく落ちていて、東京などの大都市部での通常の調査では回収率が50%を下回るようになってから久しいといわれる。特に、1990年代のハワイ経済の昏迷や調査実施中の日系人ビジネスマンの起こした銃乱射事件の影響などがあり、面接調査の実施状況は困難を極めた。
標本抽出は、ホノルル市から購入した「国政選挙人名簿(CD版)」を利用し、林文(東洋英和女学院大学教授)が遂行した。これには過去2回の国政選挙における投票者の名前が掲載されているが、近年のハワイ経済の昏迷で米国本土へ引っ越しする者が増えたのであろうと推察され、標本抽出された回答者の候補となる人々に面接調査協力の依頼書を調査に先立って郵送したのであるが、かなりの数が宛先知らずで返送されてきたのであった。また、ホノルルの高級住宅街や高級マンションは城壁のように囲まれ、入り口は武装した複数の警備員が常時いて、部外者は簡単に入れないようになっている。このため電話番号が判明しない人々への連絡は、さらに難しいことであった。面接調査に協力してくれた方々の中には、若い女性の面接調査員にこのような面接調査で見知らぬ人に接触していると危険であるから止めるようにと説得する人もいたようである。このように、経済事情、プライバシー保護や社会への不安感などで調査環境は過去のハワイ調査よりも悪く、回収率はかなり低いものとなった。この回収率の低さを考慮して、信頼関係を築きやすいと思われた「日系人のビジネス団体(UJA[United Japanese Association)」に協力を得て、補助的な調査データを収集することも試みたのであった。

 調査の詳細な手続きに関しては、黒田氏により、第2章にこれまでの調査研究の背景とともに記されている。調査データの最終的なクリーニングは統計数理研究所で吉野の管理のもとで数週間をかけて行われ、回答カテゴリーの再コード化などがなされたが、この結果は黒田氏の説明の後に記されている。ただし、所属団体、特に宗教団体の区分は、厳密な区分を定義しようとするとかなり難しい問題であることが認識されてきた。宗教学的視点、歴史的視点、あるいは信者自体や一般の人々の意識の観点など、実は多様な視点からの宗教区分が有り得て、それらは常に一致するとは限らない。例えば、日本人調査では、「自分がクリスチャンである」とする回答者が1%程度いるのであるが、欧米の宗教区分ではキリスト教は「カトリック」か、「プロテスタント」であり、「クリスチャン」とするものはない。しかし、日系人調査においても、用意された回答カテゴリーの「カトリック」または「プロテスタント」を選択して、さらに注釈として「クリスチャン」と記す回答者、あるいはカトリックもプロテスタントも選択せず、回答カテゴリー「その他」として「クリスチャン」とする回答もあった。(このあたりの事情は、回答者からの回答を面接調査員がどのように判断して記録していったのか、疑問の残るところである。)
 この問題に関しては、研究協力者のFrank Miyamoto氏(ワシントン大学名誉教授)、Tetsuden Kashima氏(ワシントン大学助教授)、StephenFugita氏(サンタ・クラーラ大学教授)に判断を仰いだのであったが、いずれにせよ、複雑な状況に絡んでいるので、拙速な判断は避け、この時点ではなるべく回答のままに近いデータを保持し、将来の個々の分析においては、このデータをどのように区分して判断したかに特に注意すべきものとした。

 前述したように、本研究リポートは、1999年度―2001年度の3ヶ年計画の調査研究のうち第2年次の終わりに調査結果の速報を目的としたものであり、詳細な内容の分析や解釈は今後の研究に委ねる。
なお、調査データは近い将来には、個人情報の保護等の問題点を考慮した上で、一般公開し、広く世界の方々に利用していただくべき作業を推進させているところである。

謝辞

 今回のハワイ調査も、これまでの一連の調査研究と同様に、文部科学省国際局研究助成課や学術振興会をはじめ、官民の多くの方々や団体の御援助を得て遂行されたものであり、深く感謝いたします。
 また、本報告書作成の作業は、河原弘子、金英、青木芙美子の皆様に御手伝いただき、ハワイ調査においては、現地で募集した調査員の方々に御活躍いただきましたことを感謝します。
(文責:吉野諒三)



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