地震活動予測における統計数理

尾形良彦

1.どうして地震活動研究と関わったのか

筆者が地震活動の研究に関わって15年ほどになるが、地震学会に出入りをするようになったのには理由がある。まず、駆け出しの研究員であった筆者に対して、赤池弘次部長が、「統計屋は本来行商人の如きものである。統計的方法という品物を売り歩き、役に立つ品物を作るための材料を仕入れるのに現場に足を運ぶのを惜しまない。」また「統計屋の功績には統計的方法の提案やその性質の理論的解明などがあるが、最高のものは各科学・技術の分野で統計学の応用の幅をひろげた時である。」と語ったのが筆者の腑に落ちていたからであろう。当時赤池部長は、予測と制御を目指した多変量時系列モデルの同定や尤度解析法を実用化し、赤池情報量規準AICを提案されて、周囲の若手研究者に各種統計的モデルの構築を促すなど、統計科学の大きな展望を切り拓かれた時期であった。

また当時、ニュージーランドVictoria大学のVere-Jones教授が客員として統計数理研究所に招かれ、筆者らに点過程の最新の理論について一連の講義をしてくれた。点過程は災害発生、神経スパイク列、故障・疾病・出生死亡のように不規則かつ突発的な発生時刻列を抽象化した確率過程である。講義の内容で「条件付き強度関数」という新概念は特に重要なものであった。これは、事象(点)の発生し易さの瞬間的な強さ(発生確率の微分)である。時刻までの発生履歴や関連情報(以後と記す)に依存して点の発生確率が変化する。条件付き強度関数の積分

(1)

は時間区間 中における発生点の個数の期待値を示す。

 統計学的には、この条件付き強度関数をモデル化し、そのパラメタを推定することで、将来の事象発生の危険度を予測するものである。いま、時間区間個の点の発生時刻 がデータとして与えられたとき、最尤法と呼ばれる推定法は次の通りである。すなわち対数尤度関数

を最大にするような(最尤推定値)を採用するもので、その最大値(最大対数尤度)からAICも計算される。

 最尤法が最適で合理的な結果をもたらす推定法であることは伝統的に知られていたが、これが点過程モデルを含め広く実用化できたのは、数値解析の分野において、多変数非線型関数の最大値(最小値)を効率的に求める実用的な非線型最適化アルゴリズムが開発されたからである。筆者らはこのような各分野での breakthroughsに巡り合い、尤度解析と結びついた点過程の新しい統計モデルの理論と応用の研究が始まった。

ところでVere-Jones教授は点過程の理論とモデルで地震データに取り組んだ先駆者として知られていた。その後筆者はウェリントンに招かれるなど、長い付き合いが始まったわけであるが、教授は地震国同士のよしみで筆者に地震活動の研究を盛んに勧めたものである。しかし筆者にとっては、地震発生には計り知れないメカニズムがあり、取り組む研究対象としては余りに冒険的であり、はたして研究結果の当否が一生のうちに判明できるのか不安に感じて避けていたものである。むしろ実験可能で直ちに研究結果の当否が出そうな神経系や、信頼性・待ち行列などにおける研究対象を探したものだった。しかし、企業秘密によるデータや情報の非公開もあって、駆け出しの統計屋の望むような研究の手懸かりは見つからなかった。結局、筆者は気象庁などで膨大に蓄積公表されている地震発生カタログ(震源データ)を相手に点過程の統計モデルの研究をすることに意を決め、地震研究者がどのようにデータを解析しているのかを学ぶために地震学会の研究会にせっせと通うことになったのである。

2.地震活動の因果関係など

データが豊富にあっても問題意識が空疎であれば意味のある解析は望めない。筆者が求めて地震研究者(とくに地震活動の)と交わったのは、そういった問題意識と難しさが何処にあるかを知るためであった。地震活動の分野で昔から議論されているものとしては、地震発生の周期性や地域的関連性、地震の移動、地震活動のパタン分類、地震マグニチュード分布の変化、などがある。これらの統計解析を困難にしていた主な理由のひとつは、余震や群発地震のような発生の続発性(集中性)であった。上記の諸問題を有効に解析するためには、地震活動の続発性を条件付き強度関数に組み込んだ点過程モデルが不可避であると考えた。

とくに地震発生の地域的関連性の研究は1970年代のプレートテクトニクス理論の出現によって地球物理学的な現実性を帯び、多くの事例が報告されるようになった。中でも、関東地域直下の地震活動と飛騨地域直下の深発地震活動との相関を議論した宇津徳治教授(当時名古屋大学)の論文は確かな地震データを載せたものであった。データ解析に不慣れだった筆者が意味のある解析が出来たのはこのお陰である。宇津論文の結果は、飛騨地域直下の地震の前後それぞれ半年間に起きた関東地域の地震の発生数がそれ以外の期間に起きたものより有意に多く、偶然の所作と見做すにはその確率はあまりに小さく、互いの地域の地震発生に何らかの物理的な関係がある事を示唆したものである。

筆者の興味は、その関係を具体的に調べることであった。どちらかの一方通行の因果関係なのか、双方向の励起なのか、それとも、直接的な相互関係ではないが何か第三の原因で両方共に励起されている帰結であるのか、という問題である。地震の続発性などもあって、これを二地域の発生データの相互相関関数で調べても確かな結果は得られない。

条件付き強度関数に続発性の性質や上記の各仮説をモデル化し、データに対するそれぞれのモデルの適合性をAICによって比較した結果、深発地震が浅発地震を励起しているらしいことが分かった。その後、日本付近での太平洋プレート沿いの浅深の地震発生に関しては同様な性質があるらしいことも分かった。しかし、このような性質は普遍的なものでなく、北ニュージーランドやトンガ付近では逆に浅発地震が深発地震を励起しているらしいことが分かった。これらの励起の向きはプレートの沈み込みが、押し込みによるものなのか、それとも引き込みによるものなのかという問題とも繋がっており、もっと多くの例を調べる価値があると思う。

ところで、この問題に使ったような点過程モデルによって各種異常現象の発生の地震発生への統計的因果関係を議論し、多かれ少なかれ前兆現象たりうるか否かを同様にして調べることができる。

3. 地震活動の季節性(年周期性)

京都大学の尾池和夫教授にも、地震活動についての様々な問題点を、筆者に説いて頂いたものである。尾池教授は降雨が地震の発生の引き金になりうる場合の研究を続けておられた。西南日本などでの統計をとり、年間平均降雨量の変化率(春先や台風の時期のピークなど)と地震発生数の年変化が良く似ていることを月別のヒストグラムの比較で示している。このメカニズムの仮説は次のように考えられている。ストレスが蓄積して機が熟している地震断層クラック中の水圧 (pore pressure) の増加が、断層運動の潤滑油的な役割を担って、地震の引き金になるというものである。

多くのデータの解析によって、この仮説を傍証するには2つの難しさがあった。第一は、地震発生の続発性である。大きめの地震が起きると多くの余震が付くため、月別の地震数ヒストグラムをとっても何を見ているのか分からなくなる。第二に、季節性を見るためには長期間の地震データが必要である。しかし、長期間的には観測網や地震計の改善によって地震データの検出率に変化が出てくる。そのためデータの均質性を考慮すると地震カタログの多くの地震データを利用できず、季節性検出の精度が期待できない。

そこで筆者は条件付き強度関数をトレンド(傾向)、周期性(季節性)と続発性の成分の和で表現し、それぞれを多項式、フーリエ展開式、ラゲール型多項式で表現し、各成分の最適次数をAICで決めることにした。たとえば、季節性が無ければフーリエ展開成分の次数が0となり、有れば選ばれた次数に見合った詳細な季節性の形が推定できるというものである。このモデルを使うことによって、これまで何人かの研究者によって、中緯度陸域を中心に地震発生率に季節性があることが示され、これが当該地域の降雨量や地下水の変化に対応していることが確認されている。低緯度地域や海域の地震活動には殆ど季節性がみられていない。

4. 余震活動

余震減衰の定量的な関係を初めて論じたのは大森房吉博士である。大森は濃尾地震や熊本地震の余震についてその減衰のしかたを調べて、「物理現象の減衰だから当然指数関数だろうと考えて当てはめてみたが良く合わない、然るに双曲線だとよく適合する」と述べている。今年で大森の余震減衰公式の発見以来111年目にあたる。大森後の余震研究の breakthroughとしては1957年以降の宇津徳治博士の研究を待たねばならなかった。宇津は学位論文などで、単位時間あたりの余震発生頻度の減衰が

(2)

の形になることを示した(改良大森公式)。ここで は本震の発生時刻からの経過時間である。宇津は、余震の頻度 と経過時間を両対数方眼紙にプロットし、その減衰がほぼ直線上に乗ることを示し、直線の傾きを の推定として得た。今でこそ、フラクタル次元の推定などで両対数プロットは良く使われているが、その当時の自然科学の分野では画期的な方法と言うべきである。これがなくては改良大森公式の発見をはじめとした余震の組織的な研究は進まなかったろう。

筆者は (2) 式を条件付き強度関数と考え、余震発生を点過程(非定常ポアソン過程)と見做し、発生時刻の記録をそのまま使う点過程の最尤法(1節参照)で最尤推定値 と推定誤差などの推定法式と計算プログラムを与えた。これが今では余震活動のパラメタを求める標準的な方法になっている。また、大きな地震が起きると、日本(気象庁)やカルフォルニア(合衆国地質調査所)では、直ちに (1) 式やGutenberg-Richter法則などを使って余震の確率予報が出されることになっている。

. 地震活動と相対的静穏化現象

より小さい地震も考慮し、また本震からの期間を長く取るにつれて、余震の余震(二次余震)などが顕著に見えはじめ、単純な本震・余震系列は実際には少ない。その他にも、前震、群発地震などがあり、地震活動が活発な地域では、本震と思われていたものが他の地震の余震であったり、他地域の活動と関係があったりして、本震と余震の区別をつけることが困難である。しかし、これらの複雑な地震活動も、実は一つ一つの地震に対する改良大森関数の重ね合わせを用いて良く表現できる。とくに (2) 式のの大小がその地震の大きさ(マグニチュード)に関係した次の条件付き強度関数を考えた。

(3)

これはETASモデル (Epidemic-Type Aftershock Sequence model) と名づけられた標準的な地震活動の計測用モデルである。このようなモデルが必要な理由のひとつは、これによって地震活動の地域性(いわゆる地震活動の顔)をパラメタによって定量的に特徴づける事である。もうひとつは、データに当てはめたETASモデルを「ものさし」として使い、当該地域の地震活動のなかの標準的でない部分や地震活動の変化を検出することである。これらを見出す方法の一つは、(1)式を使った

によってデータの時刻に変換したものを解析することである。この変換は条件付き強度関数値の高いところは時間間隔を引き延ばし、低いところでは縮める。このように伸縮する時間変換を施したデータは、もしデータが全く条件付き強度関数モデルどおりに発生していれば、定常ポアソン過程(強度が定数の一様な点の分布)になる。

 しかし一般に、変換したデータが定常ポアソン過程のものと違うところが、地震活動研究にとって面白いところなのである。これを詳細に調べるのである。筆者が特に注目しているのは、ETASモデルによって予測された地震活動より実際の地震発生が有意に少ない場合(相対的静穏化現象)である。これまで、大地震や大余震の前にそのような現象が見られる例が多いので、これを有効に使った確率的予測を目指している。当面、地震活動や余震活動の解析例をより数多くこなし、解析経験を積んでいるところである。

6. 終わりに

スペースの関係上羅列に留めるが、現在、筆者は地震予測の実用化に向けて以下のような研究に取り組んでいる。 (1) 地震活動を計測するベイズ的時空間モデルの開発。これは地域的多様性や非定常性を定量的に捉え、地殻内の応力分布や強度分布などとの関係の研究への第一歩と考える。(2) 地震活動の静穏化、空白域、前震などの前兆異常現象の統計的吟味を総括的に実施し、より有効な確率予測用の統計的モデルを開発する。(3) 応力場の変化などの地震発生に至る物理的化学的現象と地震活動を結び付ける統計モデルの作成、などである。

本稿では逐一文献を挙げることは出来なかった。文献に興味のある読者は筆者のWebホームページwww.ism.ac.jp/~ogata/ をご参照頂きたい。特に本稿の内容を含む総合報告として和文では [1]、英文では [2] を参照されたい。本稿で紹介したモデルや方法の計算ソフトウェアとマニュアル [3] が国際地震学地球内部物理学会やアメリカ地震学会などを通して提供されている。最後に地震活動に関する世界の殆ど全ての研究を網羅した大冊 [4] が最近出版されたので、これを紹介する。

文献

[1] 尾形良彦 (1993). 地震学とその周辺の地球科学分野に於ける統計モデルと統計的手法, 日本統計学会誌 22巻, No. 3(60周年記念特別号), pp. 413−463,

[2] Ogata, Y. (1999). Seismicity analyses through point-process modelling, Pure and Applied Geophysics, 155, pp. 471−507.

[3] Utsu, T. and Ogata, Y. (1997). Statistical analysis of seismicity, in Algorithms for Earthquake Statistics and Prediction, IASPEI Software Library, 6, pp. 13-94, International Association of Seismology and Physics of the Earth's Interior in collaboration with Seismological Society of America, El Cerrito, CA, USA .

[4] 宇津徳治 (1999). 地震活動総説、 東京大学出版


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Updated on 5 August 2002