地震予測研究の展望(ノーカット版)

 

東京大学生産技術研究所

(統計数理研究所名誉教授) 尾形良彦

 

 

[地球物理学の進展と地震予知]

地震予知に関する一般の期待はあまりに過大で、その現状に対する失望や諦めはあまり大きい。しかし半世紀前までは地震の原因が全く分からなかった。なんとか手がかりをつかもうと、その発生についての何らかの規則性や他現象との関連などを統計的に調べること(統計地震学[1])が地震研究の大きな役割を占めていた。1960年代後半からの固体地球科学の目覚ましい発展のおかげで、地震現象に関する我々の知識は著しく増加した。データも飛躍的に増えて、地球物理学としての地震の研究は目覚ましく進んだ。大地震のたびに想定外の新事実が頻出し、どういう仕組みだったのかということが次々と解明されてきた。しかし細かい解析や議論が行われるようになっただけ、地震現象の多様性・複雑性が一層目立ってきた。これは決定論的地震予知の研究にとって誠に不幸なことである。地震の物理で予知を実現するには、原理的に、多様で複雑な地震発生の全ての過程(シナリオ)を研究し考慮し尽くさなければならないからである。

 

[確率予測の需要]

直接的に見えない地殻内部の断層やストレス、複雑で多様な地震発生のシナリオ、それに不明な要素の数々。依然としてこれらは尽きない。これらを総合的に考えて未来を予測するには、確率予測が避けられない。大地震の予測の手掛かりになるのは各種の観測データの異常現象であろう。しかし、それが大地震の前兆なのか、どの程度切迫性があるのかなどの識別には大きな不確定さが伴う。一般に切望されているような決定論的地震予知は難しく、「危険性が高い」「いつ起きても不思議でない」などの合言葉で終わらせず、危険性を数量的に示す確率的予測が必要となる。地震予知につながりそうな定性的な知見が出ても、その定量的なモデリングが伴わないと困る。

 

[国際CSEPプロジェクト。その目的]

地震予知の特効薬探しではなく、組織的に着実な予測研究を進展させるべきだという機運が高まってきた。そこで、地震予測可能性を探る国際的共同研究CSEP [2]が主要地震国で連携して進められている。これは地震活動の統計的モデルの開発を促し、確率予測の観点から性能を評価することを当面の目標とする。それは、地震活動、地殻変動や電磁気変動などの様々な観測異常による各種の地震予測法の有意性と「確率利得」[3, 4]を評価できる科学的なインフラ(共通基盤)を整備することでもある。ここで確率利得とは「大地震の確率予測が基準の確率にくらべ何倍高くなるのか」という意味である。

実際、これまで少なからず、各種異常現象に基づいた大地震予知手法が提案されているが、それらの有効性をめぐっての論争は絶えず、評価の定まったものは無いといわれている[2]。したがって、客観的に予測力を評価する基盤が必要であり、これが無かったら、論争は不毛なものに終始する。

CSEPは先ず、標準の確率予測を与えるために、世界の各地域に適合した基準の地震活動モデルの成立と、それらの改訂を進めようとするのである。その際、予測の成績を測るものとして「尤度」が合理的なものと考えられている[5, 6]。もし有用な知見が組み込まれた新予測モデルが出てくれば、基準モデルと比較して、予測力が向上したか否かの評価ができる。この様に地震予測モデルは進化すべきものである。

 

[地震活動の時間発展予測モデル]

それでは、取りあえず何を基準にこれらの評価を進めたらよいのだろうか。中小の地震は普段から数多く起き、それらの発生の仕方は全くの無秩序ではなく、統計的に確かな法則が認められる。代表的なものに、地震の規模(マグニチュード)の頻度はマグニチュードが小さく(大きく)なるほど指数関数的に増える(減る)こと[7]、典型的な余震の頻度は時間経過とともに逆べきの関数で減ること[8-11]、余震の総数は本震のマグニチュードの大きさに指数関数的に比例すること[10, 11]などである。これらから、大地震の確率的な予測もできる。たとえば、これらの法則に基づいたETASモデル[12-15]は過去の地震発生のデータを使って今後の発生確率をリアルタイムで予測し、地震活動の各地域の特徴や相場の確率を再現し地震活動の比較研究などに使われており、米カリフォルニア州では今年からの地震予報計画(UCERF3[16])に採用される。

 

[観測時系列の異常値と前兆予測]

もとより、大地震を少しでも高い確率利得で予測するためには地震発生の仕組みや観測異常現象の包括的な研究が不可欠である。そもそも何かしらの異常が認められたとき、それが来るべき大地震の前兆であるか否かの識別は容易でない。しかし、黒白の判別は不可能としても、この異常の出現は、この範囲、この期間の大地震の発生確率を、基準のものと比べて、この程度まで増加させると言えるようになればよい。このように、異常現象の大地震発生への前兆性や切迫性の不確定性を見積もる必要があり、これには数多くの事例を研究しなければならない。それらの知見をどの様に組み込んで、相場のモデルを超える確率予測を実現するのかが課題である。

(ここまで統計数理研究所News Letter No. 118コラムのノーカット版。以下続き

この機会に、以下に、筆者らがこれまで取り組んできた地震活動異常の解析やその解明と予測に向けた研究を中心に、上記の内容をもう少し詳しく議論したい。

 

[有意な事象を探して予測の確率利得を向上させる]

地震の震源カタログは主に地震の発生時、発生位置(緯度、経度、深さ)、地震の大きさ(マグニチュード)を収録したデータである。現在の地震学によれば、地震は地球内部の岩石の急激な破壊に他ならない。この破壊は大局的にみれば、断層面と云う一つの面を境にして、両側の岩盤がずれ動く断層運等である。震源カタログに記載されている発生時と発生位置は、そのような破壊の開始時刻と破壊開始点を云う。地震が断層運動であると分かってからは、地震波を解析して得た、破壊域の中心や断層面の向き(偏角)や、ずれのサイズなどを収録しているカタログも増えている。

震源カタログは、地球物理の各種データの中でも、最も長期間に渡り大量に収録されているデータである。世界の各地震国は独自のカタログを編集しており、代表的なものとして、日本では気象庁、世界では合衆国地質調査所(USGS)や国際地震センター(ISC)編集のものがある。世界の地震の断層情報を含んだ代表的ものとしてハーバード大学の地震グループで編集されているもの(GCMTカタログ)がある。WEBが発達した今、リアルタイムの震源リストをも閲覧することもできるようになった。

予測能力を持つ特定の発生パタンを地震カタログから見出すアルゴリズムはもっと追究されてもよいと思われる。これまで、多くは無いが、地震活動のパタンに基づいた警報型の地震予測[17-23]が電子メールなどで通知されたり、WEBや公文書[24]でも見られたりしている。さらに、大地震が起きてからの、その地震の事後の予測実験の報告や論文は枚挙にいとまがない。中には統計的な有意性が認められるものもある。しかし残念ながら、いずれも、平均的な確率利得は高々数倍程度で、防災の期待に沿うほど高くない[25-28]

筆者も、いくつかの異常現象や関連事象が地震発生率の変化に関わるか否かを解析し、有意性を確認できたものがあった。たとえば統計地震学の分野で従来から議論されているものとして、地震発生の周期性(季節性など)や地域的関連性などがある[1]。古典的方法では、地震の続発性の特徴が、そのような相関解析を困難にしたり、誤った結果をもたらしたりする。これに対して、続発性を組み込んだ確率点過程の統計モデルによる解析が有効である[29-32]。特に地域的関連性を調べた点過程モデルは、各種異常現象の出現の地震発生への統計的因果関係を議論し、地震の前兆現象たりうるか否かを調べることにも応用できる。

ここで注意すべきは、仮に2つの系列に有意な相関が認められても、それだけでは予測の観点から不十分であり、因果性を同定することが必要である。例えば、1982年から16年間にわたる中国北京市付近における日別地電位の異常強度データが地震発生(マグニチュード4以上)の前兆たりうるかを AICによるモデル適合度比較によって確かめたことがある[27, 28]。解析によれば地下の電位異常は地震発生の結果の現象ではなく先行現象であった。このように電位異常強度データを考慮したほうが良い予測を得られたが、この現象だけでは確率利得はそれほど高くなく、実用的な予測として満足できるものとはいえなかった。

滅多に起こらない大地震と小さな有感地震ではその発生確率が極めて違う[7]。地域差もある。現時点では、大地震の確率はマグニチュードの頻度分布や活断層データなどから見積もることになる。従来日本では、一定の発生率の予測(ポアソン過程モデル)で時間に関して一定な危険度が見積もられていた。これを、一般の人たちには、例えば「いつ起きてもおかしくない」という表現をしていた。発生確率の大小が、活断層の活動度によって違うだけであった。しかし、1995年兵庫県南部地震後から、最後の地震時が分かっていれば、そこから順次増加する時間に依存した確率予測(更新過程モデル)も採用するようになった。この予測方式は米カリフォルニアで先行されているものであった。しかし、これらは長期予測なので、政府の地震調査委員会のWEB広報にみられるように、活断層の想定地震の確率予測は30年確率でも小さい。プレート境界での地震でも1日当たりの確率にすれば非常に小さい。更新過程モデル予測が、ポアソン過程モデル予測に比べて向上する確率利得も1.7倍程度でしかないという計算もある[26]

これに加えるに、異常現象などの様々な情報を使うことが望まれる。前述のように、異常現象の一つひとつだけでは高い確率の予測を出すことは困難であろうが、いくつかの異常現象が同時に観測されればこの確率は高められる[4, 28, 29]。種々の観測によって、中期、短期の予測を生み出す異常現象を探し、各々の確率予測を見積もり、それらで予測を組み合わせるのも有望な策である[4, 35, 36]。たとえば、前震の識別は短期予測で、地震活動静穏化に基づく予測は中期予測であり、下記で、すこし詳しく紹介したい。

 

[短期予測の例:前震の確率的予測]

短期的予測で活用すべきものに前震がある。少なからぬ大地震に前震が認められるが、これは大地震が起きてから初めて分かる事柄である。そこで、或る地域で中規模の地震(たとえばマグニチュード4以上)が起き始めたとき、これが余震を伴って無事終焉する(本震-余震型)のか、一回り大きな地震が来る(前震-本震型)のか、またはその他(群発地震型)なのかが関心事である。

目標は、これを現在進行中の地震の起こり方のデータから統計的に判別して、前震型の確率予測することである。この予測は、地域性、地震の時間間隔の集中性、空間的な集中性、マグニチュードの増減といった、ほぼ独立な事象の判別情報を複合的に使っているので、このこと自体で確率利得は高まる。さらに、ほぼ場所が特定されており短期的予測ということもあり、確率利得はかなり高い。この研究で一定の前進がある[37-41]ので、今後リアルタイムで実用化されることを期待している。

 

[短期予測の例:余震の確率的予測]

カルフォルニアの米地質調査所(USGS)や日本の気象庁では、大地震が発生した後、余震の確率予測が業務で行なわれている。このためには余震のマグニチュードのグーテンベルグ・リヒター式[7]の計算法[42, 43]と大森・宇津の余震減衰公式[8-10]の計算法[44]が使われている。

しかし、観測および技術的な困難のために、現状では、本震後1日以上経ってからの予測を公開している。実際には本震直後の最初の1日のうちに、大きな余震は既に全体の半分ほどは起きてしまっている。したがって、データ収集の悪条件にも関わらず、本震発生24時間以内のできるだけ早い機会に余震確率予報を与えることが被災地の2次災害軽減にとって重要である。このためには、さらに、時間経過とともに変化する余震の欠測率(検知率)のモデル[45-47]を考える必要がある。これによって、本震直後からのリアルタイム確率予報の可能性を示した[46, 47]

同様に、ある地点での震度の確率予測が可能である。すなわち、地震計(強震計)の最大振幅の石本・飯田の式[48]は係数こそ違うが指数関数に従っている。同様に大森・宇津の余震減衰公式も使うことができて、これらと併せて、余震の欠測率(検知率)時間経過を考えるのである。

 

[地震間の相互作用: 拠りどころとする力学的仮説と地震観]

さて、地震の連鎖や、活動の静穏化を説明するためには、クーロンの破壊応力という力学的概念が有効である。地殻や上部マントルの岩石圏の内部は一定の方向で着実に増加する応力を受けて歪んでいる。その意味で、岩石圏といえども、長期的には弾性体として考えることになる。断層面は岩石圏の割れ目であり、大きなものから微小なものまで無数にある。割れ目の大きさが地震のマグニチュードに関係がある。断層面は様々な方向を向いている。断層面に働く応力(ストレス)は、面を押さえつける成分(垂直応力)と断層をずらせる方向に働く成分(せんだん応力)に分解される。各断層面の偏角によって、これらの成分量は違ってくる。断層がずれる臨界状態は、次のクーロン破壊応力(Coulomb Failure Stress)で決まる。

CFS =  (せん断応力) (断層摩擦係数) (垂直応力+断層間隙の流体圧)

ストレスの蓄積の結果、クーロンの破壊応力が一定の閾値を超えると、断層が急激に食い違い、地震を引き起こす。破壊応力は時間経過とともに一定の率で増加しており、ある値に達すると断層がずれ、ストレスを解消し再び蓄積する。プレート境界の大地震や内陸直下の活断層は、次にずれるまで、それぞれ何十年から何千年のオーダーの時間をかけて、応力を蓄積する。

ところが近年、これよりはるかに急な応力の変化が注目されている。それは、近くに地震が起きたとき、その断層のずれがもたらす、地殻中の急な応力変化(DCFS)である。その影響で、周辺部の断層系が、断層面の向きによって、破壊応力が増えたり減ったりする。増えると、その断層の地震は予定より早く起き、減ると発生は先延ばしとなる。似たような向きの断層が多数あると、そこでの地震がたくさん起きるか、あるいは起きるべき地震が抑制されて静穏化する。後者では地震活動が不活発になる。

ここで、CFSに関係する断層間隙の流体圧は、通常は一定値とする場合が多いが、断層間隙中の水圧変化[49]や火山性群発地震における間隙マグマ流体の圧力変化[50, 51]などのように、大きな役割を果たすこともある。たとえば、大量の降雨の結果、地殻中の断層系の間隙水圧が急増して、地震を誘発する可能性も考えられる。したがって統計的には地震活動の季節性(年変化)も考えられる。そのような地震の誘発現象をデータから検証する統計モデルやその応用については、例えば解説論文[52, 53]を参照されたい。水の注入によって誘発された地震活動のETASモデルによる研究[54, 55]も参照されたい。

 

[大地震によるストレス変化から周辺部の地震活動を予測する]

地震の誘発を促したり、活動を抑制したりする現象を説明するためには、急激な断層運動(大地震)によるクーロンの破壊応力の増減(DCFS)を見ることが有効である。大きな地震が起きると、地震波やGPSによる地殻変位の観測値から、その断層面の偏角やずれた方向やサイズなど(断層解)が求められる。そうした断層解を入力として周辺部の断層系のDCFSの計算を実行するプログラム[56]が普及したので、近来 DCFSと地震の誘発に関する研究が盛んになってきた[57, 58]

たとえば筆者は1944年東南海地震(M7.9)と1946年南海地震(M8.1)のそれぞれの巨大地震によって増加・減少した各地域のDCFSを調べ、西南日本各地の地震活動の活発化・静穏化が良く対応していることを示した[59]。とくに、従来から前兆と考えられていた各地の地震活動の異常を、巨大地震時後(コサイスミック・ポストサイスミック)のものと前駆的(プレサイスミック)なものに整理した。この研究で整理した事柄は、来るべき南海トラフ沿いの巨大地震の前の、西日本の地震活動の消長を検討し、大地震の予測シナリオを考えるのに参考になるかもしれない。

 

[地震活動とETASモデル]

一般に中小の地震の相互作用は相当に複雑である。すなわち何処でも、いったん地震が起きると、その断層に隣接する断層系の破壊応力が極端に高まり、多数の地震が誘発されるからである。これが余震である。近傍でない所でも誘発されることもあり、広義の余震と呼ばれたりする。大きい地震は大きな応力変化をもたらすので多くの余震が発生し、小さい地震でもそれなりの余震を誘発する。しかし地殻中の断層系は見えないし、あまりにも複雑なので、いちいち詳細な応力変化の計算を執り行うのは困難であり、実際的ではない。

したがって、相互作用のマクロ(巨視的)な実態を統計的に把握するモデルが必要となる。たとえばETASモデルは誘発の効果をダイナミックに記述する。余震の経験的法則から構成したETASモデルを地震カタログから選んだデータにあてはめ、最尤法でパラメータを決め、地震の発生率を計算して、地域の多様性に則した誘発の強さや活動度を予測するのである。

因みに、応力変化などを制御した岩石破壊実験に基づいて摩擦の力学方程式と地震発生の統計的現象をつないだDieterichの摩擦構成則[60]がある。これは余震の時間的減衰(大森の法則)や空間距離減衰分布をマクロに再現するが、これによる地震活動の多様性や時間発展に適応した予測は、今のところ難しい。

震源データから地震活動を示すために良く使われる図には、地震発生時刻に対するマグニチュードのプロット(M-T図)や、時間経過に対する発生地震の累積数(累積関数の図)などがある。地震活動が順調に推移しているか否かは、これらの地震発生の時間的経過の表示図を見ただけでは良く分からないことが多い。地震が連鎖し群をなすことが、発生形式を複雑に見せ、一様な発生(ポアソン過程)を帰無仮説とする統計的検定解析を困難にする主因であった。この複雑さが地震活動の異常性や他要因による応力の微妙な変化を見難くして、様々なシグナルを見逃しているかもしれない。

このため、一群の地震の群れを最大のものを本震とし、その他は削除し、本震および単独の地震のみを残す除群(declustering [61]と云うものが様々な流儀で考案された。これによって本震および単独の地震で静穏化を探して、ポアソン過程からの乖離があれば、その有意性を検定する試みが従来から行われてきた。しかし、群れの基準の選び方によって結果が変ることもあり、解析した結果も、その処理法によって生じた人為的なものではないかという心配がつきまとう。またこの方法では地震カタログから大量のデータを捨てることになり情報の大きな損失が生じる。

これに対してETASモデルは除群をしないで地震発生データそのまま使う。前にも述べたように、これは我が国における余震研究などで蓄積された諸経験則に沿うように構成された、地震発生率の時間発展を予測する、点過程モデルである。このモデルは地震活動の顔ともいうべき地震発生の地域性を捉えることができ、地震活動の標準モデルとして受け入れられている。しかもETASモデルを「ものさし」として使って異常変化(相場の活動からの乖離)を検出するのが、除群法に代わる、新しいアプローチのユニークなところである。因みに時空間ETASモデルに基づいた確率的除群法[62]も提案されているが、この除群の解釈は確率論的に明快である。

 

[地震活動の静穏化現象]

そこで、理論的な地震の累積関数(ETASモデル発生率関数の時間の不定積分)と比べて地震の実際の累積数との偏差を測る。途中から偏りの有意な変化が認められ、その後の地震発生がETASモデルによる発生率に比べて少ない場合、「相対的静穏化」[63]と呼ぶ。これによって日本列島や世界の巨大地震の前に広域な相対的静穏化が見られた[63, 64]

筆者らがこれまで地震予知連絡会で報告し、学術誌に公表した静穏化などの解析例は以下の通りである。11936年と1978年宮城県沖プレート境界大地震M7.4, M7.5までの東北地方における地震活動異常とその後の地震活動、(22003年十勝沖地震(M8.0)前後の北日本における地震活動異常32005年宮城県沖地震(M7.2)前の周辺部の地震活動異常4)福岡県西方沖地震M7.0と九州地方周辺の地震活動異常、(52004年新潟県中越地震(M6.8)前の周辺部の地震活動異常62005年の宮城県沖地震(M7.2)の周辺部の活動異常(72007年能登半島地震M6.9と能登半島周辺の地震活動異常などがある。同様に余震活動についても解析した。(82003年の宮城県沖地震M7.0の余震活動異常(92003年宮城県北部の最初の地震(前震M5.5)の余震活動異常102003年宮城県北部の地震(M6.5)の余震活動112003年十勝沖地震M8.0後の余震活動異常や釧路沖までの周辺部における非地震性のすべりおよび北海道東部内陸地域の地震活動異常の関係、(122005年福岡県西方沖地震M7.0の余震活動異常および博多湾における誘発された群発地震活動の静穏化との関係(132005年の宮城県沖地震(M7.2)の余震活動142006年千島列島沖地震(M7.9)の余震活動異常152007年中越沖地震(M6.8)の前の新潟県中越地震余震活動162008年岩手宮城県内陸地震M7.2)前の周辺部の地震活動異常などである。(たとえばhttp://www.ism.ac.jp/~ogata/yoti.html、地震予知連絡会会報http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/report.html および「地震予知連絡会40年のあゆみ」[65]参照)。

これらは、余震活動の静穏化を事前に報告した(12)のケースを除き、すべて事後の解析報告である。このケースについては改めて以下で触れる。また、この他に日本の余震活動76例を調べ、それらの34例に相対的静穏化が見られることを報告[66]している。全国についてまとめた、余震活動に長期の静穏化が見られた場合とそうでない場合の確率予測につながりそうな統計的結果については改めて下記で触れる。

ここでは1946年南海地震(M8.1)の前と後の、それぞれ30年間に発生した西南日本内陸のマグニチュード6以上の内陸地震の余震活動に注目すべき結果が見られたことを述べる。1946年南海地震の前では1925年但馬地震(M6.81927年北丹後地震(M7.31943年鳥取県東部の地震(M6.21943年鳥取地震(M7.41944年東南海地震(M7.9)そして1945年三河地震(M6.8)があるが、北丹後地震を除いて余震活動の静穏化がみられる。これに対して、1946年南海地震の後では1948年福井地震(M7.11955年徳島県南部の地震(M6.41961年北美濃地震(M7.01963年越前岬沖の地震(M6.91968年愛媛県西岸の地震(M6.61969年岐阜県中部の地震(M6.6)および1978年島根県中部の地震があるが、これらの余震活動は順調で静穏化は見られない。

 

[ストレス変化と地震活動の静穏化]

日本国中にGPSの観測網が整備されてから、地震計で検出できない様な、ゆっくりとした非地震性の断層運動が、プレート境界領域で次々と確認されてきた。このような「ゆっくりすべり」を想定して、地殻内の微弱なストレス変化と地震活動の静穏化や活発化の関係を論ずることもできるようになった[67-71]。すなわち、来るべき大地震または大余震の断層の深部または隣接部に於いて、ゆっくりすべりが一定期間あったものと仮定する。周辺の潜在断層の偏角の分布によるが、それに伴いクーロン破壊応力(CFSが減少するような領域(ストレス・シャドー)では地震活動が低下すると考えられる。たとえ余震活動中であっでも、その減衰法則で予測したものより、更に低下する(相対的静穏化)と考えられる。ETASモデルによるデータ解析で地震発生予測と実際の発生頻度との有意な相違が起きることを、そのよう仕組みで考えた。実際、筆者が上記で報告している例に見られるように、ストレス・シャドーでは、地震活動が相対的に静穏化することが多い。

 

[非地震性すべりと地震活動の変化]

実際には、地震数が途中から有意に予測より少なくなる場合だけで無く、予測より多くなる場合もある。前者が相対的静穏化、後者が相対的活発化である。それらの変化が地震活動に働くCFSの減少や増大と整合的に対応する結果が得られた。たとえば2004年新潟県中越地震の断層で事前の「ゆっくりすべり」を仮定して、地震断層群の最頻偏角のクーロン破壊ストレス (CFS) の変化量の増減によって、周辺部を4象限の領域に区分けした。これらは、CFSの変化によって理論的に地震活動が抑制されるべき領域と促進されるべき領域を示している。そこで、4つの領域について、それぞれの199710月以降2004年の地震までの期間の微小地震データにETASモデルをあてはめた。結果、すべての領域で、地震活動に明確な変化があり、 ストレス・シャドーの領域では途中から地震活動が予測されたものより静穏化を示し、残りの領域では途中から予測されたものより活発化していた。これらの異常パタンはそれぞれの領域でのCFSの増減パタンと一致していた[72]

同様に、2005年福岡県西方沖地震(M7.0)以前の九州地方周辺各地の地震活動異常、2007年能登半島地震(M6.9)以前の能登半島周辺の地震活動異常、および2008年岩手宮城県内陸地震(M7.2)以前の東北地方の地震活動異常、これらはいずれもCFSの増・減のパタンとよく一致している[73-75]。ただし、いずれも活動の変化は全く同時というわけでなかった。小さな非地震性のすべりが連続的または間歇的に起きていることを示しているのであろうか。しかし2003年十勝沖地震(M8.0)以前の東北地方周辺における地震活動異常の変化は、ほぼ同時に始まった[68]。これは前駆的すべりの開始が強かったからかもしれない。

 

[非地震性すべりと地殻変動]

もし或るところで前駆的なすべり運動があったとすると、原理的には、その周辺の地上で測地学的な変化が見られるはずである。国土地理院のGEONET時系列データによると、他に何もなければ通常ではプレートの沈み込みの速度に基づいて、観測地間の基線距離の縮みまたは伸びが線形であることが予測される。しかし、中越地震の地震断層周辺では地震の3 ~ 4年前から、基線距離変動の時系列が線形なトレンドからの残差に系統的な偏差が認められた[72]S/N比ぎりぎりのケースが多数あるが、中越地震断層の最近接の観測点をつなぐ基線を例外として、これらの偏差は中越地震の断層の深部延長部の前駆すべりモデルから計算された地上のGPS観測位置の変移と概ね合致している。また同様な基線距離の変動偏差が能登半島地震以前[75]、中越沖地震以前[75]、福岡県西方沖地震以前[73]、岩手県宮城県内陸地震以前[74]、東北地方太平洋沖地震以前[76]に、それぞれの周辺地域の基線で観測され、これらのデータの偏差を地震断層の前駆的すべりによって整合的に説明できる。

以上は地震が起きてしまってから断層解を知った上での事後解析である。予測にとって望まれることは、各すべりの時空間的な断層解を準リアルタイムで求めることであろう。プレート境界における広域なすべりについてはベイズ型解析によって解が求められている場合もある。地震予知連絡会会報の国土地理院の報告ではこの様な報告が毎巻で満たれる。また、大地震の急激なすべり、長期のゆっくりすべりとプレートの沈み込み速度を適切に勘案してすべり欠損の範囲(断層固着域)などを求めることもできている[70]。これらが2003年十勝沖地震や2011年東北沖地震と対応していたことも明白になっている[86]

しかし、小規模のすべりの細かな像(特に内陸部のすべり)を得るための困難は気象の諸現象の変化のもたらすGPSの観測誤差だけではない。内陸部のGPS観測所は十分密に配置されているが、日本では地震が多発しているため、測地計測の時系列には、GPSの測定誤差だけでなく、周辺地域の中小地震や遠地の大規模の地震時および前後のすべり変動が混ざり合っていることである。それらを分離判別する統計モデルや解析法を開発することが急がれる。

いずれにしても、大森宇津公式やETASモデルを使って、相対的な地震発生率の変化を解析することによって、ゆっくりすべりなどによる広域のストレス変化を検出でき、これがGPS測地データの解析と合わせれば、地殻変動の異常変化の検出の鋭敏なセンサーとなりそうである。数多くの領域の地震活動を解析し、非地震性のすべりの所在をつきとめることは極めて重要で、ゆくゆくは大地震の発生予測の確率利得を上げるのに役立ちそうである。

 

[余震活動の時空間的変化から局所的なストレスの変化を推理する]

余震の時空間的な分布の中にも活動異常がある。これらを比較的明瞭に見るために、先ず発生時刻のデータに大森・宇津の余震減衰公式を当てはめ、理論的累積関数を使って余震の発生時刻を伸縮変換する。本震直後は活発なので時間を引き延ばし、余震活動の落ち着いてきた頃ではそれなりに時間を縮める。これは、早すぎたり遅すぎたりしている動きを具に捉えるために映写速度を調節したビデオを見るようなものである。順調に経過している余震活動はこの様な変換時刻のもとで全体として変化の見られない一様な分布になるという統計的性質がある。この事に依拠して、変換時刻の余震の時空間発生分布が域内の各部分で一様に推移しているか否かを調べるのである。

もし変換時刻の時空間分布が或る部分で非一様であれば、そこでは大森・宇津の余震減衰公式と実際の余震発生の乖離があることを示す。主なものは大きな余震に続く二次余震で、全体として一様な点配置の中の局所的なクラスターとして顕著に見える。これらの大余震は本震の断層の周縁部を延長して新たな破壊が起こし、更にそれに余震活動が伴ったと考えられる。このような二次余震以外にも非一様・不均質な部分がみられる場合があり、それらの理由を探るのは非常に重要である。

ともあれ、この様な時間変換で、異常が何処にあるかを比較的明瞭に見ることができる。過去および最近の十数例の大地震について、震央位置がかなり正確な余震の時空間配置から、静穏化の部分領域が少なからず目視できた[77]。これは、本震破壊後のゆっくりすべりや、大余震の断層付近の前駆および事後のゆっくりすべりに原因すると考えた。これらに関係したクーロン破壊ストレスの部分的な変化によるものと仮定して系統的に調べた。さらに、静穏化や活発化の摩擦力学的シナリオとして、ゆっくりすべりによる、ストレスの変化率が変わったという経時的なモデルを考え、Dieterichのすべり速度と状態に依存する摩擦法則[50]rate/state of friction lawに基づいて、シミュレーション計算を行い、余震の発生率異常のパタンの再現性を確認した[64, 77]

 

[非地震性すべりから地震発生のシナリオを考える]

地震活動や地殻変動の異常性が観測されたとしても、確率予測のためには、前駆的すべりの場所と断層メカニズムに関する想定シナリオを設定して、それらの不確定性を見積もらねばならい。また数多くの他のシナリオとともに各シナリオの尤もらしさも見積もる必要がある。これらは生易しいことでは無い。しかし、たとえばカリフォルニアや日本の長期予測では、断層系の破壊連鎖に関する様々なシナリオのロジック・ツリーを考え、主観・客観を問わず、適切な確率を与えて予測を立てている。同様にして、多様なシナリオのロジック・ツリーを中期・短期予測に考える必要もある。

たとえば筆者が福岡県西方沖地震の余震活動の静穏化異常を200546の地震予知連絡会で報告[78]した際、静穏化の原因とその後の予測のためのシナリオとして、周辺部の活断層の非地震性すべりを想定した。つまりストレス変化が減少する部分(ストレス・シャドー)が余震域の静穏化部分と一致する応力変化を作り出すような「ゆっくりすべり」の可能性のある活断層を探した。この地震の断層の南端の延長部につながる、福岡市内を縦断する、警固断層は福岡県西方沖地震によってDCFSが急増したため、ここでの地震が誘発され易い状況にあった。しかも福岡県西方沖地震が発生する以前から、警固断層沿いの地震活動は相対的に活発化していた[73]。そこで、この断層内で、相当の非地震性すべりが起きているかもしれないというシナリオを設定して、余震活動のストレス変化のパタンをみた。しかし、それによるストレス・シャドーと余震域とは全く重なり合うことがなかった。それゆえ、この「ゆっくりすべり」が原因で余震の静穏化が生じているという確率はかなり低いと考えた。

他のシナリオで、近傍の活断層の「ゆっくりすべり」を仮定して、静穏域と重なるストレス・シャドーとなったものもあったが、そこでの地震は起きなかった。

一ヶ月ほど経って、福岡県西方沖地震の最大余震が起きた。詳細な余震データと最大余震の断層メカニズムの情報に基づいた事後の検討によって、詳しいシナリオを与えることができた[69]。すなわち、本震と最大余震の断層の間隙にゆっくり滑りを考えることによって、余震域の深部での相対的静穏化や、余震域から離れて起きた群発活動(九州大学箱崎キャンパス直下)の静穏化などを良く説明できた[69]

このように、事後のシナリオは、ある程度の説得性をもって描くことができても、将来の予測としてのシナリオ設定は遥かに漠然としており大変難しい。地震予測は場所だけでなく時間も予測しなければならない。これはもっと難しい。それに、ゆっくりすべりがあったとしても、それだけでは必ずしも断層の破壊が緊迫しているとは限らない。その様な事例も数多く報告されている。

 

[余震活動の静穏化による大地震の時空間的な確率利得]

静穏化が見られて、その何%が、どれくらい経って、大地震に結びつくかという質問には、静穏化現象の定量的表現の問題が絡んでおり、関係するパラメータの数や条件が多く、簡単には答えを出せない。筆者の日本における余震系列の研究[66]に基づけば、近辺で大地震が起きる確率利得として以下のようなことを述べることができる。先ず、一たん大地震が起きると、その近辺に同程度以上の地震が起きる確率(単位面積当たり)は遠方のどこかに起きる場合よりも大きい。このこと自体は統計的な結果だが、力学的には、最初の地震が周辺部に及ぼした破壊ストレスの急変で、更なる地震が起きやすくなるという、地震の誘発現象から示唆される。

さらに、余震活動が相対的に静穏化した場合には、余震活動が予測どおりに順調に減衰推移している場合より、将来新たな断層破壊を伴う大きな余震が起きる可能性が高い。相対的静穏化が長期間(たとえば3ヶ月以上)に及ぶと、余震域近辺(たとえば200km以内)で、6年以内の期間に、本震と同規模以上の地震が起きる発生確率が、その他の場合より数倍以上高い[66]という結果が得られた。

 

[結語と補遺]

大地震を高い確率利得で予測し、予測の進歩を示す良い評価を得るためには、言うまでもなく、地震発生の仕組みや観測異常現象の包括的な研究が不可欠である。異常現象の大地震発生への切迫性や不確定性をみるためには数多くの研究例をこなさなければならない。その上で可能なシナリオと、その尤度を与える必要がある。地震発生過程の多様性にうまく適応するために、それらをベイズ予測[79, 80]につなげることは統計的に有力な方策である。地域限定のモデルも考慮していく必要もある。それらの知見をどの様に組み込んで、標準的地震活動モデルの予測を超える確率予測を実現するのか、そのための地震活動の研究は煉瓦を積むように着実に進められなければならない。

これまでの筆者の経験から言えることは、地球現象の複雑系の動きを解明し予測につなげるのに統計科学の手法は欠かせないということである。しかも各種データの膨大な情報をもとに地震活動の多様性を反映するモデルを構築するためには階層的なベイズモデルとして解析・予測をする必要がある。このように地震活動の時空間モデル[81-85]自体が段々複雑になってきている。上記に述べたようにGPS測地データのモデル化も同様な進化をしなければならない。なので、地震にかかわる統計学(統計地震学)の専門家抜きでは研究自体が難しくなっている。このように、統計地震学は現在、地球の複雑系の研究にとって必須であることを知っていただきたいと思う。また複雑な現象のための確率予報に対応する、市民や地震予測に携わろうとする研究者・実務者に対する教育は統計科学に携わる我々の務めでもある。

 

 

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