「凸錐」と呼ばれる領域を利用し、目的関数を最小化または最大化する数理手法「錐最適化」。広いクラスの問題を効率的に解けることから、金融や工学などさまざまな分野で応用されている。今回は、これまで適用されてきた「二次錐」をより一般化した「p次錐」のアルゴリズム開発へ向けた数理研究を中心として、さまざまなクラスの凸錐における基礎研究のフロンティアを紹介する。
最適化問題を解く鍵、凸錐の幾何学
現代社会ではさまざまな資源の配分、AIによる意思決定、大規模なインフラ設計など、あらゆる場面で「最適化問題」が重要な役割を果たしている。最適化とは、ある制約のもとで最も望ましい結果を導き出すことを指す。数学的には、関数値の最小化や最大化を意味する。
この最適化理論の核心をなす概念の一つが「凸錐(とつすい)の構造と幾何学」だ。統計数理研究所の武流野(ブルノ)・フィゲラ・ロウレンソ准教授と日本大学の伊藤勝准教授は、このテーマに関する共同研究を大学院時代から約10年にわたり続けている。
二人が研究する分野は「錐最適化」と呼ばれ、線形関数を線形制約だけでなく「錐制約」を加味した状態で最小化する問題を扱う。「凸錐という概念は、錐最適化においてとても大事な役割を果たしています」と武流野は説明する。
最適化問題を解くには、その問題が持つ数学的な構造が重要な意味を持つ。構造を知ることで、問題を解くための効率的なアルゴリズム(計算方法)を構築できるからだ。凸錐の幾何を詳細に解析することは、アルゴリズム開発に不可欠な基礎情報を提供することにつながる。
「凸という字は凸ではない」の面白み
では、「凸錐」とはどのようなものか。「灯台の光」にたとえて説明してみよう。凸錐の頂点を灯台の光源とすると、灯台から海へ向かって放たれる光のビーム全体が「錐」に該当する。光の届く範囲は遠くへ行くほど無限に広がっていき、任意の点xを光源に近づけたり遠ざけたりしても、光の範囲から出ることはない。
一方、ここでいう「凸」とは、灯台の光が途切れることなく、きっちりと空間を満たしている状態だ。すなわち、光の範囲内で任意の2地点(x,y)を結ぶ全体が、完全に光の範囲内にある。例えば、正円や正方形は凸だと言える(図1)。だが、光のビームが欠けのある「非凸」な形状であれば、2点を結ぶ線のどこかが影になってしまうかもしれない(図2)。
灯台の光のように、ある1点から発し、無限に広がり、途切れることなく安定している空間のかたまりが、「凸錐」だ。
ブラジル出身の武流野は、2012年に来日して研究を開始。漢字の読み書きに手こずりながらも、数学用語の漢字には面白いものがあると話す。例えば、「凸」という漢字は、じつは「凸ではない」ことの面白みにも気づいたという。凸という図形が2次元空間の部分集合とすると、凸性を有するなら、どんな2点を取っても両者を結ぶ線分は凸の内部に含まれているはずだ。「しかし実際は、凸形をはみだす場合もあることから、凸は凸ではないのです」(図3)。
「対称錐」なら内点法が効率的に適用できる
錐最適化は、錐の形状に応じていくつかの主要なクラスに分類される。線形の構造を持つ錐の線形計画問題、「対称錐」の構造を持つ錐の二次錐計画や半正定値計画、対称錐計画の問題、さらに最も広い概念である錐線形計画問題などだ。これらのクラスは1990年代から盛んに研究されてきており、すでにアルゴリズムが構築されているものもある。
武流野と伊藤准教授の研究は、錐最適化におけるこうした特定のクラスを超えて、より一般的な凸錐の構造を解明しようというものだ。
最適化問題を解くアルゴリズムの中で、非常に強力かつ効率的なものの一つに「内点法」がある。制約領域の内部(内点)を通りながら、最適解へ漸近的に近づいていく計算手法だ。「内点法が最大の威力を発揮するのは、錐が『対称錐』という幾何学的性質を持っている場合です」と武流野は言う。
対称錐とは、「自己双対」と「等質」という二つの性質を合わせ持つ凸錐を指す。自己双対性とはある錐Kの双対錐、つまりKの内部のどの方向とも鋭角をなす方向の集まりが、元の錐K自体と一致することを意味する。一方、等質性とは、錐の内部の任意の2点を、錐の形を全く変えない変換(自己同型写像)によって互いに交換できる性質のことだ。
例えば、アイスクリームコーンのような円錐を「二次錐」と呼ぶが、二次錐は内部のどの2点も入れ替え可能な等質錐だ。二次錐は等質であると同時に自己双対でもあることから、対称錐であることが古くから知られている。このため二次錐計画問題には、内点法が効果的に適用できる。武流野と伊藤准教授が研究の中心に据えたのは、この二次錐を一般化した「p次錐」だ。
二次錐を除くp次錐は対称錐ではない
二人の研究が始まったきっかけは、2016年に読んだある論文だった。当時、「p次錐は対称錐である」という誤った結論を含む論文が発表されたのだという。武流野は「私たちはこれを見て疑問を持ち、調べ始めたのが最初でした」と振り返る。
「もしp次錐が対称錐であり、強力なツールである内点法を効率的に使えるならば嬉しいこと。でも、そんなはずはない、というのがわれわれの意見でした」と伊藤准教授は言う。二人はまず、p次錐が「等質でない」ことを証明し、次の研究で「自己双対でない」ことを示した。対称錐でないということは等質でないまたは自己双対でないということであるから、これによって「二次錐以外のp次錐は対称錐でない」ことを、より強い意味で証明した。
特に独創的であったのは、微分幾何学を使った自己双対性に関する証明だ。伊藤准教授は、「この成果の強みは、どんな内積を考えても当てはまるところです」と述べる。通常使用されるユークリッド内積(通常の角度の測り方)だけでなく、内積の定義をどのように変えても、p次錐がその双対錐と一致することはない、ということを厳密に証明したのだ。
この難解な証明には、等質錐の構造を記述する「T-代数」と呼ばれる概念の適用や、p次錐の表面の湾曲の度合いである「曲率」を観察する微分幾何学的手法など、独自の技術が用いられた。二次錐が円錐の形状をしているのに対し、pが2でないp次錐は湾曲しており、この歪みが対称性を壊していることが明らかになった(図4、5)。
新たなアルゴリズム開発を動機づける証明
「等質性」と「自己双対性」を共に満たしていないという事実は、p次錐は対称錐に比べると内点法に有利な性質を持っていないことを意味する。これは一見、残念な結果のように思える。しかし、何も分かっていなかった状態から、この特定の構造が「使えない」あるいは「難しい」ということが分かったことは、次の研究ステップ、特に効率的なアルゴリズムの方向性を見出すための極めて重要な情報となる。
二人は「この新たに分かった構造を使って、最適化のフロンティアに繋げていきたい」と話す。この基礎研究が、実用的なアルゴリズム開発への動機づけとなることが期待される。
武流野らは、p次錐の研究成果を含め、より幅広い凸錐の幾何学および悪条件問題の求解に関する研究を精力的に進めてきた。2019年度から2023年度にかけて実施された科研費プロジェクト(若手研究)「錐最適化における悪条件問題の求解」では、悪条件な問題への対処法を研究。成果として「恭順錐」という新たなクラスの凸錐を提案し、その幾何学的性質を証明した。また、錐線形計画問題における定量的指標のひとつであるエラーバウンドを計算するための新しいフレームワークを提案し、さまざまな錐に適用可能な結果を得ている。
好奇心をブレイクスルーの原動力に
p次錐の研究を通じて培われた幾何学的解析手法は、さらに広範な凸錐のクラスへと展開されている。武流野と伊藤准教授の共同研究は、等質錐や双曲錐の解析、特にこれらの錐の形状を変えない変換の群である「自己同型群」の解析に注力している。
武流野は、2023年度から「新たなクラスの錐最適化問題に向けて」という科研費プロジェクト(若手研究)を開始し、半正定値計画を超えた一般の錐の理論的性質と信頼できるアルゴリズムの開発に焦点を当てている。
また同年に、二人は双曲錐の自己同型群に関する重要な論文を発表。双曲錐は非常に大きな凸錐のクラスであるため、一般にその自己同型群を決定するのは難しいが、「ランク1生成双曲錐」という特別なクラスに限定することで、自己同型写像の結果を決定することができた(図6)。
二人のモチベーションは、「凸錐の構造を解明したい」という純粋な数学的な探求心だ。武流野は「統数研には、やりたい研究に専念できる素晴らしい環境がある」と話し、研究に打ち込んでいる。凸錐の幾何をより深く、より広く理解することは、最適化理論全体の進展にとって必要不可欠な土台となる。この基礎的な探求こそが将来的に、社会に現れる複雑な最適化問題を解決するための、新たなブレイクスルーを生み出す鍵となるだろう。
(広報室)
