響き合う人とデータ―統数研プロジェクト紹介

第27回「長期から即時までの時空間地震予測とモニタリング」

情報科学の知見を地震防災対策への実装に生かす

複雑系の現象であり、予知の難しさが知られている地震。従来の地震調査研究に、統計学や機械学習など情報科学を取り入れる動きが加速している。2021年6月、統計数理研究所の研究チームの課題が、国の「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト(STAR-Eプロジェクト)」に採択された。統計学から発し、すでに地震研究に広く取り入れられている「ETASモデル」を活用し、短期から長期、即時の地震予測の精度を向上させ、現実社会の防災計画への貢献を目指すプロジェクトだ。その内容を紹介する。

地震調査研究を情報科学で進化させる国家プロジェクト

政府は1995年の阪神・淡路大震災をきっかけとして地震調査研究推進本部(地震本部)を設置し、陸域を中心に高感度地震観測網やGNSS(全地球的航法衛星システム)観測網などの整備・運用を進めてきた。得られた観測データは公開され、広く活用されつつある。

また、海溝型地震や活断層の調査観測・研究の結果に基づき、「全国地震動予測地図」が公表された。しかし、地震動予測地図の基礎となる長期評価では、2011年に発生した東日本大震災を十分に捉え切れていなかった。

一方、2007年には、同種のシステムとしては世界初となる「緊急地震速報」を国内ほぼ全域を対象として運用開始。その後も同時多発地震や巨大地震にも対応できる新たな手法の導入や、関係機関の観測網のデータを取り込むことなどにより、緊急地震速報の迅速化、高精度化を図った。

とはいえ、速報を出すための即時地震動予測は少ないリアルタイムデータに基づくことから、精度には限界がある。そこで、特定地域の地震活動の異常変化を事前情報として利用するなど、データ科学の観点を取り入れた新たなアプローチによる改善が期待されている。また、長周期地震動についても、その即時予測技術についての高度化や社会実装に向けた技術開発が望まれる。

こうした現状を踏まえ、2019年に策定された第3期総合基本施策では、従来の地震調査研究にIoT、ビッグデータ、AI、データサイエンスといった情報科学技術を活用した地震調査研究の推進に取り組むことが示された。

これを受けて文部科学省は2021年3月、これまで蓄積してきた膨大な地震観測データを活用して新たな地震調査研究を推進するため、「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト(STAR-Eプロジェクト)」を募集。情報科学の知見と地震学の知見を組み合わせた革新的で創造的な調査研究を目指すものだ。

図1:サブプロジェクトのテーマとアウトプット それぞれのテーマが連携し、全国地震予測地図や動画などの可視化と緊急地震速報の高度化につなげる。

応募17件中採択された5件の課題の1つが、統計数理研究所の庄建倉准教授を代表とするチームによる「長期から即時までの時空間予測とモニタリングの新展開」だ。

▲庄建倉准教授

このプロジェクトは、南海トラフ地震のような連発大地震発生の可能性を考慮した短期確率予測と即時把握を行うため、地殻変動や地震動モニタリングを含む有益なモデルを開発し、実装することを目的とするもの。長期・中期・短期の予測を“合せ技”として確率利得を高め、リアルタイム予測として実装することを目指す。全国地震予測地図の正確性を向上させたり、予測動画によって可視化したりするとともに、緊急地震速報の高度化にも寄与する。

「私たちの持つ統計地震学の最新の理論と手法を活用し、日本の地震データの解析や予測を発展させることが目標です」と庄は抱負を述べる。

研究体制は統数研を中心に、県立広島大学、静岡県立大学、京都大学防災研究所など多数の大学・研究機関による。また、海外からは中国、ドイツ、ニュージーランド、カナダ、アメリカの研究機関も参画している。

「ETASモデル」を核に中期から長期、即時へと拡張

プロジェクトはテーマAからDの4つのサブプロジェクトに分かれており、相互に連携しつつ研究を進める。コアツールとして用いるのは、このプロジェクトにも参加している尾形良彦名誉教授が1980年代に開発し、地震活動の標準的なモデルとして普及している「ETASモデル」だ。

テーマAは「ETASモデルの高度化」。地震活動の研究で発見された新しい知見を統合することにより、「ETASモデル」のモデル定式化の改善に焦点を当てたものだ。

図2:テーマAでは、点過程を中心に多様な時空間統計モデルを開発、高度化する。

「今回はさらに、地震活動がETASモデルの予測からどのように逸脱しているかを調べ、その物理的なメカニズムを考慮してモデルを改良します」と庄は説明する。GNSS観測によって監視された長期的なひずみ場の変化や地球潮汐と気候によって引き起こされる地震活動の季節性などを組み込んだ「高次元時空間ETASモデル」の開発を目指す。

テーマBは「地震活動の確率予測システムの構築」。ETASモデルはもともと1カ月〜1年程度先までの短期の予測をするモデルだが、これを高度化することで数年程度先までの中期、10年以上先までの長期の予測を可能にすると同時に、即時予測にも役立つようにする。つまり、異なる時空間スケールでの運用が可能な地震予測システムを実現し、複合的な確率予測をリアルタイムで提供する。「そうすれば、長期・中期・短期の地震確率の全国地図を自動的に作成できるようになります」(庄)。

図3:テーマBでは、異なる時空間スケールで運用できる地震予測システムを実現し、複合的な確率予測をリアルタイムで提供する。

テーマCは「予測とモニタリングのための観測網最適化」。観測網のデータをより予測に生かすための方策を検討するものだ。まず、既存の観測網からのノイズ情報やテーマBで得られる予測情報を取り入れることで、ETASモデルの精度向上を図る。また、観測点によってデータの質が異なることを受けて、客観的な観測点の「重みづけ」の方法や「外れ値」の処理法を開発する。

図4:テーマCでは、テーマA、Bの成果を取り入れながら、観測網情報の統合最適化を図る。 ▲矢野恵佑准教授

さらには、テーマAとBで開発する手法で地震活動度や確率予測情報を入手し、その情報に基づく評価関数を推計することによって、新規に配置する観測網の最適な配置を検討する。このサブプロジェクトを担当する矢野恵佑准教授は「今後、既存の観測網が手薄な海域などに観測点を配置する際に、効率的、合理的な計画ができるようになります」と研究の効果を説明する。

テーマDは「即時地震動予測の高速化と高精度化」。緊急地震速報の精度を保ちつつ、いかに迅速に報じるか。そのためにテーマA〜Cの成果を取り入れ、リアルタイム地震動予測手法を開発する。現在の緊急地震速報で使われている2つの観測網や2種類の震度予測手法(IPF法、PLUM法)と、情報科学の知見との統合に取り組む。

図5:テーマDでは、テーマA、Cの成果を取り入れながら、緊急地震速報の高速化と高精度化を図る。

このテーマの担当者で、IPF法の開発者の一人でもあるStephen Wu准教授は「基準の異なる観測網同士の情報をどう統合するかが課題です」と話す。「緊急地震速報は、避難の時間を稼ぐためのものですから、少しでも早く、正確な情報を伝えることが重要。そのためには、伝達スピードが速く、先に到達するP波(初期微動)から、遅れて到達するS波(主要動)の大きさをより精度よく予測することが求められます」(Wu)。

▲Stephen Wu准教授

即時予測の難しさは、発生直後のデータの少なさに起因する。そこで、震源地の推定に事前情報としてETASモデルを導入すれば、データの少ない地震発生直後の時点で、この地震が大型化するかどうかの迅速な判断が可能になると考えられる。また、緊急地震速報は、データ量を増やすと精度は向上する反面、計算速度は低下するため、最適なパフォーマンスを発揮する観測点選択が必要となる。このため、テーマCと連携して、震源推定に利用する観測点を最適化する手法の開発を行う。

さらに、現在即時地震動予測に使われているIPF法、PLUM法による予測値と実際の観測値を比較し、情報の「確からしさ」を評価する手法を開発し、緊急地震速報の信頼度向上に役立てる。同時に、これまでに蓄積された大量の地震観測データを利用して、機械学習を活用したデータ駆動型のハイブリッド緊急地震速報を開発する。

世界の地震研究の発展と防災対策への貢献を目指す

「地震活動は複雑なうえ、巨大地震は歴史的に見ても数えるほどしか発生しておらず、古い地震ではデータも蓄積されていない。わずかなデータから予測をすることは非常に難しい問題でした」とWuは指摘する。

しかし最近では大規模に各種関連データが蓄積され、これらから確率論的予測を目指すことが求められている。このプロジェクトでは、地震活動や地殻活動の定量化モデルによって、予測結果を基準に地震学的知見の有用性についても研究を進める。

3年前から地震の研究に関わり始めたという矢野は「日本の観測網がこれほどたくさんあり、そこから200分の1秒刻みで地震波のデータが得られていると知り、とても興味を持ちました。人の手でコントロールできない地殻変動のデータを扱うことは、データサイエンティストとしてチャレンジング。ここで得た知見を今後の研究に生かしたいと思います」と意気込みを覗かせる。

最新の地震活動モデルと観測網最適化による情報抽出を用いて、長中期の地震予測システムから短期地震予測までを高度化し、全国のリスク評価による防災計画に貢献する。さらに、このような情報を緊急地震速報に導入して地震災害による損失を減少することは、社会的にも大きな意義がある。

また今回のプロジェクトでは、緊急地震速報の精度をSNSで可視化するツールの開発も予定している。「震源地や震度など速報で出した情報と、その後の精査した計算結果を比較できるようなものです。一般の人々の地震に関する情報リテラシーを高めることで、社会全体の防災意識の向上に貢献したい」とWuは話す。

この研究グループのターゲットは日本だけに留まらない。多彩な国際連携によって、世界的な地震分野の発展と地震防災対策への貢献を目指す。庄は「地震活動のモデリングには終点がありません。いずれは国際統計地震学研究センターを立ち上げたいと考えており、今回のプロジェクトをその最初のステップにしたい」と展望を語った。

(広報室)

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、本インタビューはオンラインで行われました。


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