響き合う人とデータ―統数研プロジェクト紹介

第18回「URAによる研究力強化」

研究者に寄り添い、資金・知財を戦略的にマネジメントするURA

研究内容を理解したうえで、研究資金の調達と管理、知財の管理と活用を担うURA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)。統計数理研究所では現在、3人のURAがそれぞれのバックグラウンドを生かした活動を展開している。研究者が研究に集中できるように、研究以外の面を全面的にサポートするとともに、共同研究による社会課題の解決やデータサイエンティストの育成など、産学連携の推進にも取り組む。

教員と事務職をつなぐ “第3の職種”として統数研独自のURA業務を展開

▲北村浩三上席URA

文部科学省が「研究大学強化促進事業」として、10カ年計画でURA組織の定着と展開に着手したのは2013年のことだ。

その頃すでに海外では、研究内容を理解したうえで資金調達や知財管理を一手に引き受けるURAは、教員と事務職の間をつなぐ“第3の職種”として広く認知されていた。これに対し、そうした職種を持たない日本では、研究者に研究活動以外の業務で過度の負担がのしかかっていたのが実情。研究力強化のために、URAの導入は喫緊の課題であったと言える。

これを受けて、統計数理研究所の上部組織である情報・システム研究機構にもURAステーションが設置され、北村浩三上席URA、岡本基主任URA、本多啓介主任URA(職名は2018年4月からのもの)が統数研チームに配属された。

3人のバックグラウンドはさまざまだ。北村は日本IBMに30年間勤めた後、大学連携の業務実績を生かして統数研のURAに応募し、採用された。岡本は機構本部の研究プロジェクトである新領域融合研究プロジェクトの研究員として統数研に入り、リスク解析戦略研究センターで研究・事業支援に当たった後、異動した。本多は総合研究大学院大学の統計科学専攻で博士号を取得し、民間企業を経て着任。

統数研のURAが手がける業務範囲は、研究マネジメントから、産業界との連携や大学共同利用機関としての共同利用の推進、統数研が主催するイベントの実施支援までと幅広い。企業人としての北村の実績、研究・事務の両面から統数研を知り尽くした岡本の経験、最新のデータサイエンスを習得した本多の専門知識。「それぞれが自らの経験と知見を活かし、適材適所でURA業務に取り組んでいます」と北村は話す。


研究内容を理解し、プロジェクトごとに的確なマネジメントを実施

▲岡本基主任URA

国立大学法人と同様に大学共同利用機関法人に対する運営費交付金は、ここ数年、毎年減少している。それだけに、競争的資金をいかに獲得するかが重要だ。

国の科学技術政策の方向性や、情報・システム研究機構と統数研の事業方針に沿って研究戦略を立てるのが、URAの大きな役割の一つ。本多は、そのために自組織のさまざまな情報を収集・分析するIR(Institutional Research)の新指標「REDi(Research Diversity Index)」を開発し、役立てている。

こうして構築した戦略に基づき、研究プロジェクトの企画、設計、調整、申請などを支援するプレアワード業務を手がけるのは、主に岡本の担当だ。教員の競争的資金への応募に際し、研究内容や予算計画などについて相談に乗り、その獲得に向けて提案書の文言などをシェイプアップする。プロジェクトが採択された後は、適正な運営によって予算を執行するポストアワード業務を担う。

その他、新たに赴任した教員へのオリエンテーション、職務発明の窓口業務や外国人研究者招へいのための査証取得などもサポート。「教員が効率的に活動できるように支援することで、より研究に集中してもらえればと思っています」と岡本は話す。


民間資金の調達と学術成果の社会実装両面から注目される産学連携の取り組み

▲本多啓介主任URA

もう一つ、近年特に注力しているのが、産学連携の取り組みだ。民間からの資金調達は、公的資金に代わる研究財源として大きく期待されている。同時に、統数研が産業界と連携することにより、トップレベルの統計数理の学術成果を社会実装することにもつながる。

統数研では産業界の課題解決のプログラムとして、「共同研究スタートアップ」「民間との共同研究」「学術指導」「共同研究部門」の4種類のメニューを用意している。このうち、学術指導と共同研究部門の2つは、北村が情報・システム研究機構に制定を提案して設けられた規定に則り、2017年に開始したものだ(図1、2)。

図1: 統計数理研究所産学連携関連プログラム全体図。人材育成・奨学寄附金・課題の解決の3分野についてさまざまなメニューを用意している。
図2: 統計数理研究所産学連携関連プログラム選択基準。企業は優先度や課題の明確さ、期間などによって最適なプログラムを選択できる。

学術指導は、1つの案件につき3カ月から半年間程度の期間で、面談を通じて教員が企業の担当者に指導するプログラムだ。民間との共同研究は以前から実施していたものの、中には統計スキルやツールの使い方を指導するなど、コンサルティング的な内容の案件も少なくなかった。「学術指導は、それを共同研究と分別してメニュー化したものです」と北村は説明する。

また、共同研究スタートアッププログラムによる受け入れ体制も強化。統数研の教員が企業から持ち込まれた課題について相談に乗り、どのプログラムが適しているかを提案するものだ。

例えば、プロ野球クライマックスシリーズ(CS)の進出に必要な最少の勝数を正確に与える指標として共同通信社が配信している「CSクリンチナンバー」は、共同研究スタートアップから共同研究へ発展した成果だ。

案件が持ち込まれるのを待つだけでなく、積極的に新規開拓にも努めている。担当の本多は「企業での統計の使われ方を知っているので、実務者のニーズと学術研究のギャップを埋めるアドバイスをしていきたい」と思いを語る。

URAは共同研究・学術指導契約の窓口として、特に契約に関する交渉を支援している。共同研究と学術指導の件数は、樋口知之前所長の所長就任とURAの活動開始を境に飛躍的に伸びている(図3)。成果に満足した企業は別案件でリピートするケースが多く、2018年の実績は12月時点で約30件に上った。

図3: 民間との共同研究・学術指導の実績。URA事業を開始した2013年(H25)から共同研究・学術指導の件数と資金額が大幅に増加している。

研究組織を新設する共同研究部門第1号が10月にスタート

一方、共同研究部門は、民間企業の抱える複雑で高度な課題の解決に向け、統数研が新たに開始した産学連携事業だ。大学における寄付講座的な運営により研究組織を新設するもので、部門専任の教員を新たに雇用して配置し、2〜5年をかけて本格的に企業との共同研究を行う。

統数研に籍を置く50人足らずの教員では、受諾できる共同研究、学術指導の件数には限りがある。その点、新たな教員を配置する共同研究部門ならば人的資源が確保でき、長期にわたる資金調達も可能になる。

もちろん、企業にとっても統数研の知見を存分に活用できるメリットがある。北村は「統計数理は多様性、応用性が高い研究分野であり、どの産業にとっても利用価値があります。われわれとしても独自資金を増やし、研究所として自立した経営へ近づくことになるのです」とその意義を語る。

共同研究部門の第1号となるのが、10月にスタートする三菱ケミカルとのプロジェクトだ。新たなマテリアルズ・インフォマティクスの基盤技術構築を目的として、3年間、統数研内に専用の研究室を設け、共同研究部門の看板を掲げる。

マテリアルズ・インフォマティクスとは、情報科学を駆使し、新材料や代替材料を効率的に見つけ出す取り組み。統数研のもつデータ科学による解析技術と、三菱ケミカルのもつ計算科学による予測技術を融合することで、革新的な特性を有する新材料を発見するための物質探索アルゴリズムを作り上げる。さらに、そのアルゴリズムを高分子、触媒、無機材料といった具体的な材料設計の課題に適用しながら、高度化を図っていくことが狙いだ。

この共同研究部門で構築したアルゴリズムは学術成果として積極的に発信し、マテリアルズ・インフォマティクス分野におけるオープンイノベーション・オープンサイエンスの促進に貢献する。

共同研究部門は前例のない取り組みであることから、北村は契約書の書式を定めるのに苦労した。公的機関である統数研と民間企業では、契約に関する内規に相違点が少なくない。企業人としての実務経験が豊富な北村は、「企業側の担当者と一緒に根気よく調整を続けて契約書の雛形を作り上げました」と振り返る。

データサイエンティスト育成に向けて企業や大学を多角的に支援

産業界との連携で、企業からのニーズが急速に増えているのが、データサイエンティストの人材育成だ。ビッグデータに関する深い知識を持ち、企業の保有するデータを分析して経営層へ情報提供したり、経営上の課題を抽出したりできるデータサイエンティストは、いまやどこの企業でも引く手あまただ。

これを受けて、統数研では「データサイエンス・リサーチプラザ」を設けている。統計思考院に企業の社員の席を確保し、各種プログラムを受講するなど、データサイエンスをじっくり学んでもらうものだ。

一方、大学でもデータサイエンティスト育成教育に注目し、滋賀大学をはじめデータサイエンス学部を創設する大学が増えてきた。統数研では、こうした大学の教員に対し、データサイエンスの講義設計をアドバイスするといった支援も手がけている。これは学術指導として行われており、その契約調整を行うこともURAの役割だ。

その他、国内外の企業との連携を深めていくためのワークショップ、シンポジウムなどの企画・運営支援やノウハウの提供も行う。

例えば、2015、2016年には産学連携の国際的な展開として、データ科学・計算機分野で学術界と産業界の連携のあり方をテーマとする「ISM HPCCON(High Performance Computing CONference)」を開催。2016年には他に、大型計算機・スパコンの利活用、データに基づく大学経営(IR)、次世代が求めるT型人材の育成の3分野をテーマとするコンファレンスを開催した。

また2018年には、IBMと連携し、「ICACON(IBM Cloud Academy CONference)2018」を開催。30を超える大学・機関の委員が企画するプログラムが好評を博した。

さらに、今年6月5日には統数研の設立75周年記念式典に合わせ、シンポジウムとオープンハウスを実施。100周年への次の25年に向けて、AI、IoT、ビッグデータ、セキュリティー、データサイエンスなどさまざまな分野との協働を深化させる機運を高めるとともに、統数研の研究教育活動を広く一般へ伝える機会となった(図4)。

教員と事務職をつなぎ、統数研と企業をつなぐURA。新たなシナジーを生み出す触媒として、さらなる活躍が期待されている。

図4: 統計数理研究所創立75周年記念式典と合わせて開催したオープンハウスでは、広く一般の人たちに向けたチュートリアル特別講座を実施した。

(広報室)


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