響き合う人とデータ―統数研プロジェクト紹介

第9回「地震予測可能性を探る国際共同研究」

地震活動モデルの予測精度向上を目指し、主要地震国と連携

組織的に地震予測可能性を探る国際的共同研究(CSEP)が主要地震国で連携して進められている。各国で地震活動の統計的モデルの開発を促し、確率予測の性能を評価する取り組みだ。地震大国ならではの豊富な蓄積データを活用し、確率予測の精度向上をリードする統数研グループの活動を紹介する。

世界規模の共同研究プロジェクトCSEPに参画

▲庄建倉准教授

2004年に発生したスマトラ沖地震、10年のチリ地震、翌11年の東日本大震災、そして記憶に新しい16年の熊本地震――。世界のどこかが巨大地震に見舞われ、大きな被害が出るたびに、地震予知の精度向上を求める世論が高まる。

そんななか、主要地震国が連携し、組織的に地震予測可能性を探る国際的な共同研究が進められている。それがCSEP(Collaboratory for the Studiesof Earthquake Predictability)だ。2001年に南カリフォルニア地震センターがカリフォルニア州の地震活動をモデリングするために立ち上げた共同研究プロジェクトが発展したもので、現在では日本や中国、スイス、イタリア、ギリシャ、ニュージーランドなどを含む世界規模のプロジェクトとなっている。

日本では、統計数理研究所リスク解析戦略研究センターに地震予測解析プロジェクトを組織。モデリング研究系の庄 建倉准教授と尾形良彦名誉教授を中心に、情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設社会データ構造化センターの熊澤貴雄特任助教ら、これまでに延べ約40人が参画している。

地震発生プロセスを確率的に理解する「統計地震学」

「CSEPのプロジェクトで中心的な役割を果たしているのが、統計地震学です」と庄は説明する。

「統計地震学」とは、地震学の諸問題に対処するために用いられる応用統計とは違い、地震発生のプロセスを確率的に理解するための学問であり、物理学で言えば統計力学に相当する。著名な地震学者の故・安芸敬一博士が1956年に初めて使用した言葉だ。

その後1976年に、統数研はこの分野の第一人者であったVere-Jones教授を招聘。それ以来、統数研の統計地震学研究グループは、この分野の展開に大きな役割を果たしてきた。同教授は地震の発生事象を初めてモデリングした立役者だ。「このときに用いられた点過程、すなわち突発する事象を点と捉え、その発生の確率を記述する確率過程は、現在でも統計地震学の主流になっています」と庄。

なかでも、1980年代に尾形が開発したETAS(Epidemic Type AftershockSequence)モデルは、地震活動を見る標準モデルとして広く普及し、さまざまな研究仮説を検証するために活用されている。引用論文は2015 年の段階ですでに1000件を超えた。

1998年には、中国の杭州市で第1回の統計地震学国際ワークショップStatSei(The International Workshopon Statistical Seismology)が開催された。StatSeiは、それ以降ほぼ2年ごとに世界各地で開催され、今ではこの分野における代表的な学術集会となっている。今年も2月20日~24日にニュージーランドのウェリントンで、10回目となるStatSei10が行われ、81人の研究者が議論を交わした(図1)。

StatSeiの活動を通じて、次世代の統計地震学研究者も育ちつつある。これに大きく貢献しているのが、Web版教科書「CORSSA Lectures atStatSei」だ。CORSSAはCommunityOnline Resource for StatisticalSeismicity Analysisの略称。2010年に庄ら有志がスイス連邦工科大学に集まり、編集委員会を組織して編集にあたったもので、2012年に公開し、現在も改訂を続けている(図2)。

図1:2017 年2月にニュージーランド・ウェリントンで開催されたワークショップStatSei10には、主要地震国から多くの統計地震学研究者が集まった。
図2:庄ら有志が編集にあたったWeb 版教科書「CORSSA Lectures at StatSei」のトップページ。

地殻内部の様子を総合的に捉える確率予測で地震を予知

▲熊澤貴雄特任助教

正確な地震予知は、世界の地震国にとっての悲願と言える。しかし、その道のりは多難だ。つい半世紀前まで、地震のメカニズムはほとんどわかっていなかったのである。地球の表面が何枚かの岩盤で構成されており、このプレートがマントルに乗って動いているという「プレート理論」でさえ、発見されたのは1960年代後半のことだった。

それ以降、地球科学は目覚ましい発展を遂げ、物理現象の観測技術も向上。データの蓄積が進んだ。大地震が起こるたびに、その仕組みが解明されている。しかしその半面、地震現象の多様さ、複雑さも、ますます明らかになってきた。しかも、地殻内部の断層やストレス状況は、直接的に目視することはできない。データが増えるほど、地震予知の難易度が高まっているのが実情だ。これらを総合的に捉えて未来の地震を予測するには、確率予測の手法を取り入れることは必須なのである。

CSEPが推進しているのは、まさにその確率予測モデルの開発だ。その一環として、統数研では庄を中心とするリスク解析戦略研究センターの研究グループが、「時空間ETASモデル」を開発した。ETASモデルに補正を加え、過去のデータを使って将来の地震発生率を予測するものだ。

ETASモデルは地震の本震と余震の関係のみを示すもので、場所や時間は考慮していない。庄は尾形と共同で、これに断層のずれる向きを加えた(空間への拡張)。また、熊澤は特定の場所で地震の起こりやすさがどのように変化するかをモデル化した(時間への拡張)(図5)。

観測上の欠損を補い、リアルタイムかつ高精度に余震を予測

もう一つの成果は、2013年に提案した東京大学との共同研究による「本震直後の余震のリアルタイム確率予測」だ。

大きな地震が起こった後には、多くの強い余震が発生する確率が高く、被災地に追加的な被害をもたらす懸念がある。強い余震の約半数は本震後1日目に起こることから、防災上、できるだけ迅速に余震発生の確率を予測することが求められる。

ところが、本震の直後には、あまりにもおびただしい数の余震が発生するため、観測網では検出が不可能になってしまう。こうした観測上の欠損を伴うデータからは、強い余震が発生する確率について、即座に精度の高い予測を立てることは難しい。気象庁でも、余震を予測するのは本震の発生後1日以上たってからの場合が多いという。

研究グループが開発したのは、ベイズ統計理論に基づき、欠損を伴う本震後数時間の地震発生データから、実際にはどの程度の数の地震が起きていたかをリアルタイムに推定する統計学的方法だ。

研究チームは、2011 年の東北地方太平洋沖地震の余震データを用いて、この予測手法の有効性を示した(図3)。また、庄は米カリフォルニア州で1992年に発生したランダース地震について、本震直後のデータを基に、その後の余震を予測。ランダース地震は、本震の約3時間後に約40km離れた場所でM6.4の余震が起こり、誘発地震の重要性が認識されるきっかけとなった地震だ。

「当面の目標は、このリアルタイム確率予測を防災上の要請に応える形で実用化に結びつけることです」と庄は話す。

標準的地震活動モデルによる異常現象の検出

一方、庄らはCSEPの参加各国からモデルを収集し、その性能を評価する取り組みも進めている。

地震予測のポイントの一つに、前兆となる異常現象の問題がある。観測によって地殻変動など何らかの異常が認められたとき、それが大地震の前兆であるかどうかの識別は容易ではない。予測の精度を高めるには、その異常現象が大地震発生の前兆かどうか、その切迫性はどのくらいかを見積もる必要がある。

観測異常現象に基づく従来の地震予測手法では、ランダムに事象が起きると仮定したポアソンモデルと比較して前兆性を検証することによって正当化する。しかし、地震活動にはクラスター(連鎖)性があることから、完全なランダムモデルによって異常現象と判定されても、実際は正常な連鎖活動の一環である場合が多い。つまり、ETASモデルのシミュレーションなどで再現できる。

そこで、研究グループでは、地震のクラスタリングモデルを用いて正常な活動による“異常”を排除することで、予測手法を改良に導く(図4)。

地震活動データを用いて地殻内物理情報を統計的に推定

確率予測を向上させる方策は他にもある。その一つが、地殻内部の変位などの物理情報を予測モデルに取り入れることだ。しかし、地表付近に設置する地震計やGPSなどの観測機器では、地中深部の情報を推定するには限界がある。

これを補うために庄らの研究グループでは、稠密な地震観測網から得た地震活動データを用いて、地殻内部の変位を統計的に推定する手法を開発している。得られた結果に、地震活動以外のデータから推定されたものを加味することで、さらに予測精度の高い確率予測を実現することを目指す。

地震国・日本ならではの観測データを生かし、予測精度の向上に貢献

統計モデルによる地震活動の計測、異常現象の定量的研究、そしてそれらに基づく地震発生確率予測モデルとその評価法の確立――。研究グループは、予測の精度向上に向けて、さまざまな角度から着実に歩みを進めている。

統計地震学は分野の歴史が浅く、研究者もまだ多くはない。そんな状況にあって、日本で研究を進めることのメリットを庄は次のように考えている。「日本は世界有数の地震国であり、予測精度の向上は切実な問題。データが取得しやすい環境を生かし、研究に役立てたいと思います」。

高精度な地震確率予測モデルの開発への社会的ニーズは高い。統数研の研究グループは、防災対策を進める行政機関からはもちろん、地震保険を扱う企業などからも大きな期待を寄せられている。

図3:2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の余震活動(図中の白丸)をデータとして推定した、本震発生時の変位の空間分布。赤星印は気象庁による震源位置。
図4:標準的なクラスタリングモデル(左)と日本の地震データから得たモデル(右)による前震確率の比較(横軸はクラスタ中最初の地震のマグニチュード、縦軸は誘発された地震の最大マグニチュード)。
図5:熊本地震の余震域をETAS(左)と時空間ETAS(右)で解析した例。2010年から本震直前までの期間をETASモデルで解析すると、約1年前からの静穏化が有意となる。時空間ETASで同領域の2012年から本震直前までの地震活動を解析し、背景地震活動強度μはM6.5、M6.4を含む前震領域で高い値を取ることがわかった。

(広報室)


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