響き合う人とデータ―統数研プロジェクト紹介

第1回「日本人の国民性調査」

60年間の継続調査で蓄積した宝

統計数理研究所が手掛ける数々のプロジェクトを取り上げ、研究者たちの取り組みや、他機関との連携の様子を紹介するシリーズ。第1回は、戦後まもない時期から60年以上にわたり継続している「日本人の国民性調査」について紹介する。

前列左から中村、吉野、後列左から前田、朴 「日本人の国民性調査」の3つの目的

計量的調査だからこそ浮き彫りになる実像

統計数理研究所のプロジェクトの中で、最も古くから続いているのが「日本人の国民性調査」だ。統計科学を駆使し、現代を生きる日本人の意識や行動について客観的なデータを集め、実証的に国民性を明らかにする――。そのスタンスこそが統数研ならではのものであり、思想家や評論家などによる日本人論との大きな違いだ。基本に忠実な調査の継続により、マスメディアなどによる世論調査の方法論をリードする役割も担ってきた。「基本に忠実」とは、「成人全体を母集団とし、無作為抽出により選ばれた対象者に訪問面接による聴き取りを行う手法」を指す。

スタートは終戦から8年後の1953年。日本全体が敗戦で自信を失い、考え方や行動の価値基準が揺らいでいるのではないかとの懸念から、実態を把握するために企画された。この第1次全国調査の結果、予想したほど自信喪失してはいないこと、日本人論者が描くような「典型的日本人」などごく少数に過ぎないことなどが明らかになった。計量的な調査だからこそ見えてきた「総体としての日本人」の姿だ。

民意を正しく抽出し、政策に反映させることは民主主義の基本。そのために欠かせないのが、統計的手法による社会調査だ。当初1回限りの予定だった国民性調査は、その重要性が認識され、機関研究として5年ごとに継続することになった。調査の主な目的は3つある。1つは、上に掲げたように、日本人の意識動向を示すデータの獲得。2つ目は、サンプリングや回答法など社会調査の技法を研究開発すること。3つ目が、この調査のデータを素材として実践的な統計解析法を開発することだ。

今日まで半世紀を超えて統数研を含め、国内外の多くの研究者がこの調査に携わってきた。現在の担当者は、調査科学研究センターのメンバー5人。データ科学研究系・データ設計グループの中村隆教授をリーダーに、吉野諒三教授、前田忠彦准教授、土屋隆裕准教授、構造探索グループの朴堯星助教が携わる。直近では2013年に第13次調査を実施し、2014年10月末に結果を公表した。

時代・年齢・世代の切り口で変化を探る

調査開始から60年の間には、いろいろな出来事があった。日本人の意識そのものは、大きく変わった面もあれば、あまり変わっていない面もある。たとえば、「たいていの人は、他人の役に立とうとしているか、それとも、自分のことだけに気をくばっているか」という設問では、1978年には「自分のことだけ」が74%で、「他人の役に」は2割に過ぎなかったのが、年を追うごとに少しずつ後者が増えて前者は減り、2013年にはついに逆転した。

「生まれかわるとしたら、男と女のどちらに生まれてきたいか」では、当初は男女共に「男に生まれかわりたい」が多数派だった。今は、9割の男性が相変わらず「男に」と答えているのに対し、女性は「女に」が上回り、7割を占めるまでになっている。

一方、統計解析法の開発は、画期的な進化を遂げた。それまで誰も突破口を見出せなかった難問に、中村の開発したモデルが風穴を開けたのである。

人々の考え方を通して社会の動きを捉えようとするとき、最も重要なことは、その意見の変化が何に起因しているかを見極めることだ。主な要因は、「時代」「年齢」「世代」の3つ。時代とは、全体の意見が同じ方向を向くような「時勢による要因」を指す。時代効果の大きい意見は流動的で、ある時点を境に異なる意見に入れ替わる可能性がある。これに対し、年齢とは時代や世代に関わりなく、加齢やライフステージにより変化していく考え方。年齢効果が大きい意見は、社会全体で見ると長期にわたり変動は少ない。そして世代とは、異なる世代間の相違のこと。ローマ時代の「軍団」を意味する「コウホート」とも呼ばれる。世代差を生むのは、若いときに受けた戦争や大災害、大事件の体験などだ。コウホート効果が大きい意見は、社会の中では世代交代によってゆるやかに変化していく。

ところが、現実にはこの3要因の影響は混ざり合っていることが多く、分離することが難しい。たとえば、若い時の意見を世代間で比較するとき、どうしても時代の違いが持ち込まれる。いわゆる「コウホート分析の識別問題」だ。中村は「これを識別できれば、過去の社会意識の変化の構造が明らかになり、将来の動向予測にも役立ちます」と話す。その手法が1982年に開発した「ベイズ型コウホートモデル」だ。

実際の調査結果に照らしてみよう。たとえば、「一番大切と思うもの」を自由回答で挙げてもらう質問がある。「家族」と答えた人の割合は、1958年には12%だったものの、2013年には44%に増え、「愛情・精神」「生命・健康・自分」を抑えて1位となっている。「分析の結果、『家族が大切』という回答には、コウホート効果はそれほど大きくなく、時代の影響が一番大きいことがわかりました」と中村。1973年を境に、時代要因によって世代や年齢に関わらず、社会全体にこの意識が浸透してきたという。「そして、その裏には結婚や子供の誕生により変化する加齢の様子(年齢効果)が見られるのです」とも。

日本人をより深く探究するために、1971年からはハワイやブラジルなどの日系人、欧米の人々との国際比較も始まった。特に近年は、吉野がアジア・太平洋諸国との比較を進めている。

「他人のため」と「自分のことだけ」が逆転 たいていの人は「他人の役に立とうとしているか」あるいは「自分のことだけに気をくばっているか」を質問(#2.12)。「他人の役に」の割合は毎回少しずつ増加し、2013年には「自分のことだけ」の割合を上回った。 「生まれかわっても女」が主流に 「もういちど生まれかわるとしたら、男と女のどちらに生まれてきたいか」の質問(#6.2)。男性の答えには変化がなく、女性は以前「男に」が6割を超えていたものの、最近では7割が「女に」生まれかわりたいと答えている。 調査の集計結果は第1次調査から最新の第13次調査まで、すべて特設サイトで公開している。データだけでなく、調査の目的やポイントの解説など一般向けのわかりやすい記事も加えた。http://www.ism.ac.jp/kokuminsei/index.html 時代要因が押し上げる「家族が大切」 「一番大切と思うもの」を自由回答で答えてもらう質問(#2.7)。回を追うごとに「家族」の割合がふえており、コウホート分析の結果、それが「時代要因」に影響を受けた現象であることがわかった。

データの“質”と回収率アップを追究

こうした統計分析をする上で、最大の強みとなっているのが、60年間にわたり蓄積されたデータの存在だ。国民全体を対象とする社会調査で、半世紀以上も継続しているものは世界中を探しても他にないという。これを支えてきたのが、統数研の研究者たちの自負と情熱だ。

分析の精度を高めるために、研究者たちはバイアスのかからない“質の高いデータ”を入手することに心を砕いてきた。第1次調査から一貫して、調査員が回答者に直接会って聞き取りをする「面接調査」の方式を踏襲しているのもそのためだ。「たとえば電話調査では『その時間に家にいる人』というふるいがかかるし、FAXやインターネットなら『受信機やパソコンを持っている人』に限定されてしまう。郵送調査にも、本人以外が代筆するリスクがある。正確な調査を実現するのは難しいのです」と吉野は指摘する。

面接の対象者を抽出するのには、「層化多段抽出法」と呼ぶサンプリング方法を用いる。手順は次のとおり。まず全国の市区町村を人口規模によって6つの層に分け、それぞれから300〜400程度の町丁字を人口に比例する確率によって選ぶ。さらにそれぞれに割り当てた人数を住民基本台帳から等間隔に抜き出す。こうして選んだ人たちの自宅を調査員が訪ね、面接調査を実行する。「1988年の調査までは、役所へ行って台帳を書き写したり、全国の大学を回って学生調査員を教育したり、すべて自前でやっていました」と前田は明かす。

だが、近年になり、こうした方法の前に立ちはだかったのが、プライバシー保護意識の壁だ。年々回収率が低下し、2013年にはついに50%まで落ち込んだ。調査不能の理由のうち6割を占めるのが「拒否」。この状況を何とかしようと、研究者たちはさまざまなアプローチで奮闘している。たとえば土屋は、集まったデータが「調査に協力的な人」に偏る傾向があることから、これを考慮した「調査不能バイアスの補正法」を研究。また朴と土屋は、郵送調査の回収率向上策を探りつつ、郵送調査において本人確認する方法を試行し、検証を進めている。さらには、ホームページに特設サイトを設ける、調査結果を1項目ずつカードに印刷したトランプを作成して学校などに配付するといった広報活動にも力を入れている。

国民性調査の意義について、「その時代の日本人の考えを記録する最も有力な手段」と前田が表現すれば、朴も「調査の蓄積は宝物。これからますます誰もがその重要性に気づくはず」と力を込める。連綿と築き上げた“至宝”を守り通し、次世代へ受け継ぐための挑戦は続く。

(広報室)

調査の集計結果をカード1枚につき1項目ずつ印刷したトランプを作成。子どものうちからデータに親しんでもらおうと、学校などに配付している。
1953年に83%だった調査の回収率は年を追うごとにゆるやかに下がり、2013年には50%になった。近年は調査への協力を拒否するケースが増えている。 回収率向上に向けて別の調査を対象とした手法の研究も進めている。このグラフは、郵送する調査票の枚数と回収状況を比較したもの。

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