コラム

トモグラフィと研究

矢野 恵佑(数理・推論研究系)

 トモグラフィ(tomography)とは、直接見ることができない対象物を多方向の切断面の描像から復元する逆解析技術のことで、物理探査や医療診断等で用いられている。対象物を取り囲むように配置されたセンサの観測から対象物の描像を描くのである。トモグラフィの具体例としてX線CT(Computerized Tomography)やMRI(Magnetic Resonance Imaging)を想像するとわかりやすいだろう。地震学では、地震波の各観測点での伝播をもとに震源の情報や地下の構造に迫っていく地震波トモグラフィが行われ、地球の内部構造を明らかにしてきた。地震波トモグラフィの先駆的な研究に、ベイズ統計で知られるHarold JeffreysとKeith Edward BullenのまとめたJeffreys-Bullenの表がある。遠地地震波の伝播に関してはJeffreys-Bullenの表でそれなりの精度で近似できることが知られている。脇道にそれるが、Harold Jeffreysは統計学者でもあり、地球物理学者でもある。Bradley Efron and Trevor Hastie のComputer Age Statistical Inference: Algorithms, Evidence, and Data Scienceには「part-time statistician, working from his day job as the world’s premier geophysicist of the inter-war period」と書かれている。

 トモグラフィにおいて対象物をどの程度正確に描けるかどうかは、センサがどの程度対象物を囲っているかに強く依存する。球の中心に小球があり、球面にセンサが位置している状況を想像してみよう。もし、上半球面にしかセンサが配置されていないならば、小球の上半分はどれだけ詳しくわかったとしても小球の下半分については全くわからないままである。したがって、センサの位置をこちらが指定できる場合は対象を一様に囲む形にするのが望ましい(CTスキャンやMRIを考えてみると良い)。一方、物理的な事情からセンサをそのように配置できない場合もある。そのような場合は決定精度が著しく良い状況を除いて、解を一つに定めることが本質的に難しくなる場合がある。トモグラフィをベイズ的に行うとそういった不定性が視覚的に明らかになるため、ベイズ的トモグラフィは昔から根強い人気がある。

 「研究する」というのもまたトモグラフィだなと思うことがしばしばある。いくつかの切り口を試してみて対象の「感じ」がようやく分かり研究が進むのは、いかにもトモグラフィだなと思う。単一の切り口だけでは行き詰まることはしばしばある(もちろん、単一の切り口だけで解明できるならそれに越した事はない)。あるいは、単一の切り口のみで開発されたものが別の視点を取り入れることで改良されることがある。時には、自分の専門外の知識を取り入れることが問題解決の糸口になるだろう。大学・大学院時代に韓太舜先生の「情報理論における情報スペクトル的方法」・小林昭七先生の「接続の微分幾何とゲージ理論」・藤重悟先生の「Submodular functions and optimization」といった本を輪読したことを今でも覚えている。非常に難解で苦戦した(苦しかった記憶しかない)が、直接引き出しが増えることに繋がる事もあれば、ああいう考え方がある・ああいう世界があるということを認識しておくことが柔軟な発想に繋がる事もある(あるいは、そういう血肉になっていると信じたいものである)。色々な分野の色々な考え方を知り、研究の解像度をもっともっと上げていきたい。

図1:Bradley Efron and Trevor Hastie, Computer Age Statistical Inferenceの日本語訳

図2:モンレアーレのドゥオーモ(パレルモ)。至る所に工夫が凝らしており、360度細かく見ても見すぎるという事はない。

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