コラム

「お得なポイント」と個人情報プロファイリング

山下 智志(データ科学研究系)

コロナの少し前に、北京に行く機会があった。中国は国家による個人情報の管理が進んでいることで有名である。例えば、地下鉄などの日常の移動の切符を買うにも個人情報の提示が必要となる。極端な例では、飲料の自動販売機においても個人認証が必要となっており、個人の購買行動もほぼデータベース化されている。

一方、日本では個人データのプロファイリングは、主に民間企業で行われている。マーケティングにおいてデータを積極活用した最も顕著な例は、セブンイレブンのPOSデータであり、店員が観察した顧客の状態と販売記録を合体させることによって、マクロの購買行動を把握するのに役立っていた。ただし、この段階では「個人」データではない。

このような日本の古典的マーケティングデータ分析に一石を投じたのは、TSUTAYAのTポイントカードである。これは当初、レンタルビデオの貸出についての管理カードであったが、住所、生年月日、性別などの個人情報と購買行動が密接に絡みついており、個人データベースを構築するのに結果的に有力なツールであった。特に重要なのはTポイントシステムで、消費者が個人行動の記録を積極的に提供するインセンティブを与えるものになっている。その後、TSUTAYAの運営会社であるCCCは、Tポイントシステムを他社にも解放した。特にファミリーマートの参加が契機になり、Tポイントカードの社会的普及が一気に進み、あらゆる購買行動を把握する強力なツールとなった。

ポイント制による個人データの把握は、マーケティングに大変有利であることに企業が気づき、その後一気に普及することになる。さらに、携帯電話の位置情報やおサイフケータイなどの決済機能を通じて、企業がもつ個人データベースがますます高度化されていった。最も象徴的な事件はソフトバンクによるCCCの買収であり、合法的にTポイントカードの個人情報をソフトバンクが入手することになった。これによりソフトバンクはTカード、PayPayなどのQRコード決済、携帯電話の位置情報など、個人の行動をかなり高い精度で把握することになる。

少し内容は異なるが、携帯電話会社の位置情報を有料で提供するサービスが行われるようになった。もちろんこれらのデータでは個人情報は削除されている。しかし、データを買う側がその地域の購買データを持っている場合、時間と場所の情報をのりしろにして、携帯電話の1データの個人をある程度の確率で特定することが可能である。一つ一つのデータは個人情報が保護されているとしても、複数のデータベースを参照することによって、そのデータが誰のものであるかということについて確率的に予測することが可能となる。このような処理を確率的データプロファイリングという。個人データがたとえ匿名性を保った状態で流通していたとしても、データをプロファイリングすることによって、個人が隠したいと思っている自分の情報が、ある一定の確率で他人に伝わるリスクが現代社会には存在する。

「お得」という言葉が広く流通する世の中になった。ポイント還元をしてお得感を消費者が楽しむことは決して悪いことではないが、それは同時に自分の行動の秘匿性が奪われていることを、意識して欲しいと願う。

北京のQR決済専用自動販売機

買収による個人情報の取得

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