コラム

悪魔の証明

田中 未来(数理・推論研究系)

 悪魔の証明とは、もともとは所有権帰属の証明の困難性を比喩的に表現した言葉だったようだが、今では消極的事実の証明の困難性を表す。例えば、“地球上にツチノコはいる”という命題を証明するためには実際にツチノコを見つければよいのに対し、“地球上にツチノコはいない”という命題を証明することは難しい。どんなに探しても見つからないという“証明”に対しては探し方が悪いせいだという反論の余地がある。

 私はツチノコの研究をしているわけではなく(それで食っていけるならやってみたいがそれはともかく)、学生時代から数理最適化の研究をしている。数理最適化とはある性質(制約条件)を満たすもの(解)の中である指標(目的関数)が最小あるいは最大となるもの(最適解)を求めるための数理工学的方法論を指す。例えば乗換案内などは出発地と目的地を結ぶ経路の中から移動時間や運賃が最小となるものを教えてくれるシステムであり、数理最適化の身近な例といえる。最尤推定など統計数理に関する応用も枚挙に暇がない。

 数理最適化はある意味で悪魔の証明との戦いといえる。“ある解が最適解である”という命題は本質的には“制約条件を満たす解にはその解より目的関数をよくするものは存在しない”という消極的事実である。一般にこれを示すことは悪魔の証明に他ならない。制約条件を満たす解が有限個であれば、すべての解を列挙し、おのおのについて目的関数の値を計算すればよいような気もする。しかし、この方法は問題が大きくなると現実的な計算時間では不可能になる(このような現象はしばしば組合せ爆発とも呼ばれる)。制約条件を満たす解が無限にある場合はそもそもすべての解を列挙することすら不可能である。ところが面白いことに、問題がよい性質をもつ場合やなんらかの仮定のもとでは、最適性の証明が可能となる場合がある。例えば凸性や制約想定などのもとでは、最適性条件を満たすLagrange乗数を見つけることができれば、それがいま着目している解が最適解であることの証拠となっている。

 よい性質や仮定のもとで悪魔の証明が可能となる例は実社会にも存在する。そのひとつを以下に紹介しよう。あるとき私は友人から次のような相談を受けた。“結婚を考えている交際相手と知り合ったコミュニティが怪しい宗教と関係があるのではないかと交際相手の母親に疑われ、その結果として自分自身も怪しい宗教を信仰していると疑われてしまった。このコミュニティが宗教と無関係であることをもっともらしく説明することはできないか?”悪魔の証明の依頼である。これを聞いた私は少し考えて次のように答えた。“同時に2つの宗教を信仰することはないという仮定は受け入れやすいだろう。この仮定のもとでは、そのコミュニティ内でなんらかの宗教を信仰している人を見つけることができれば、その人が無関係であることの証拠となっている。”友人が実際にこの証明を説得に使ったかどうかを私は知らない(し、使えないような気もする)が、2人の仲睦まじい姿はなにかを“証明”しているようにも思われる。

最適性条件をはじめて習ったときにとったノート。図の下に書かれている条件を満たす u* が x* が最適解であることの証拠となっている。

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