コラム

医療統計学の振興

野間 久史(データ科学研究系)

 「もう何十年も前、私がポスドクで米国に留学していたとき、統計のことで困ったら、当たり前のように、近くにいる統計家に相談しなさいと言われたものでした」とあるセミナーで講演を終えて、懇親会会場に向かうタクシーの中で、ご一緒いただいたご年配の先生がおっしゃられた。「ですが、日本に帰ってきて、当時、そんな人はまったくいなかった。今に至っても、日本では、相談ができる統計家というのが、本当に少ないんですね。先生が書かれた「統計学も日本では『長らく忘れられてきた科学』だ」という論説を読んだとき、まさにその通りだと思いましたよ」

 医学の発展に統計学は不可欠のものである。意外なことに、日本では、そのような認識が当たり前のように受け入れられるようになったのは、比較的最近のことであろう。欧米の主要な大学・大学院の多くに、統計学専攻があることは広く知られているが、それとは別に、医療統計学専攻(Department of Biostatistics)という専攻を持つ大学も多い。修了生たちの活躍の場も広く、産学官のさまざまな場所に、医療統計の専門家はアクティブに活躍しており、また、統計家のステータスも高い。日本では、そもそも医療統計学を専攻することのできる大学がごく数えるほどしかなかったというのが、つい最近までの話だ。

 それが、この十年ほどで、劇的に状況は変わっている。厚生労働省の臨床研究中核病院には「統計家を複数名配置する」という要件が設けられ、諸外国に比べて、極端に不足する「生物統計家」という専門職を育成するために、AMEDによる「生物統計家育成支援事業」も立ち上がった。統計数理研究所でも、4月、医療健康データ科学研究センターが設立されて、人材育成と最先端の研究開発を担うこととなった。

 昨年度から、この人材育成事業に関するイベントをいくつか主催してきたが、各界からのニーズの高さには、いつも驚かされる。シンポジウムや公開講座、教育コースを実施すると、あっという間に多数の申込があり、すぐに定員が埋まることもしばしばだ。講堂やセミナー室は、いつものように満席となる。参加者の熱意も高い。日本にも、こんなにも統計学・データサイエンスを必要とする人がいて、学ぶ機会を求めていた人がいたのだ。

 一方、昨年10月に、全国の医学・医療系の大学・研究機関等の協同体制のネットワークを構築するため、「医療健康データ科学研究ネットワーク」というコンソーシアムも設立された。事務局長として、本ネットワークの設立・運営にも関わってきたが、初期加盟団体の募集を行ってすぐに、全国の大学・研究機関から、多数の加盟の申込があった。その後も、順調に加盟機関は増加しており、現在、加盟機関は75ほどとなっている。

 我が国における医療統計学の振興は、諸外国に比べて、周回遅れであったかもしれない。しかし、多くの方々の「変えなくてはいけない」「変わらなくてはいけない」という意思は、これからの日本の医療統計学を大きく変えてくれるだろう。統計数理研究所の果たすべき使命と役割は大きいと、日々実感する今日この頃である。

図1 2017年12月、公開講座「ネットワークメタアナリシス:ComparativeEffectiveness Rsearch におけるエビデンス統合の方法」。講堂がほぼ満席となる盛況ぶりであった。

図2 2018年5月、医療健康データ科学研究センター設立記念シンポジウム。全国の大学・研究機関、製薬企業等から、250名以上の参加者があった。

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