コラム

複雑系生命と統計学

加藤 昇吾(数理・推論研究系)

 13億4千万、世界第二位の人口を持つインド。近年、急速な経済発展を遂げているこの国は、今まで著名な統計学者を数多く輩出してきました。「クラメール・ラオの不等式」などで知られるC.R.ラオ、「マハラノビスの距離」で知られるP.C.マハラノビスは、統計学を本格的に勉強した人で知らない人はいない、というほど有名なインド出身の統計学者です。そして現在も、アメリカやイギリスのトップレベルの大学や研究機関で、多くのインド出身の統計学者が活躍しています。

 私が統計学を勉強し始めた学生の頃、インド出身者が統計学の発展で重要な役割を果たしたことを知ったときは、正直驚きました。それは、科学は欧米出身者を中心に発展してきたという思い込みがあったためと、当時のインドの世界における立ち位置と統計学での貢献度に大きなギャップがあったためです。そして、その「ギャップ」こそが、私がインドに関心を持つ大きなきっかけともなりました。

 私が研究者になってからは、イギリスとの関係が特に深いのですが、インドともつながりを持つようになりました。今回のコラムでは、私のインドとの「2つのつながり」について書きたいと思います。

 1つめのつながりは、私の研究分野でのつながりです。私が研究している「方向統計学」とよばれる方向データ解析のための統計学の研究分野は、インド出身のK.V.マーディア(英リーズ大学、英オックスフォード大学)が、G.S.ワトソン(米プリンストン大学)などと開拓したといわれています。特に、マーディアによる当分野の基本的結果を広く紹介したディスカッション付き論文「Statistics of Directional Data」は、1975年に統計学の一流誌「Journal of the Royal Statistical Society:Series B」に掲載され、当分野が大きく発展する契機となりました。また、マーディアは方向統計学に関する2冊の学術書(共著を含む)を執筆しました。私は彼の本や論文を読み当分野の知識を深めました。学会で直接会って話す機会も何度かありました。この分野はイギリスを中心に欧米で盛んですが、マーディアの他にもS.R.ジャマラマダカ(米カルフォルニア大学サンタバーバラ校)などのインド出身者が存在感を示しています。

 そして2つめのつながりは、インドを訪問する機会に恵まれたことです。その機会は二度あり、いずれも三研究所合同国際会議「ISI-ISM-ISSAS Joint Conference」を通じてでした。この会議は、統計数理研究所(ISM)が、インド統計研究所(ISI)と台湾アカデミアシニカ統計科学研究所(ISSAS)と合同で開催している国際会議です。ほぼ年一度、持ち回りで開催しています。私は2010年と2017年に同会議への参加のためインド統計研究所を訪問しました。特に2017年は、私は統計数理研究所の会議担当者として、インド統計研究所の会議担当者と深く関わりました。いずれの訪問も、インドを代表する統計学の研究所で、有意義な学術交流が実現できました。

 インド出身者との交流やインド訪問を通じてよく感じるのは、インドは他の国と「違う」ということです。例えば、インド出身者の研究発表は、発表資料の作り方や発表での話し方に独特な雰囲気があることがしばしばあります。さらに、その「独特さ」には、インド出身者ごとに違いがあり、一言ではまとめられないような多様性があります。知ってか知らずか、いわゆる“研究発表のセオリー”を平気で破ってしまうようなところもあります。また、インド訪問中に見る町の風景や人々の様子は、学会でよく訪問する欧米や東アジアのそれと比べて大きな違いがあり、その違いはインドの文化的・歴史的背景に深く根ざしているのではないかと感じさせます。そんなインドの独特さ・異質さが、私には刺激的で面白く、「世界は広いな」と感じさせるのです。これからも、インドとのつながりを大切にしていきたいと思います。

インド統計研究所(デリー)にあるP.C.マハラノビスの胸像

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