コラム

ダブル・メジャーのすすめ

高田 章(旭硝子株式会社 先端技術研究所)

 ガラス会社に入社してすぐに、ガラス槽窯のシミュレーションの研究・開発の仕事に従事することになりました。ガラス槽窯というのは、煉瓦で囲まれた巨大な容器のようなもので、その中でガラスの原料を1500℃以上まで加熱溶解し、液体状態になったガラスを循環させながら泡や欠点の無い透明なガラスを作るプロセスを実現しています。その当時、1972年に赤池弘次先生が執筆された「ダイナミックシステムの統計的解析と制御」のことを知り、セメントのロータリーキルンに応用されている、統計モデルに基づくシステム同定と制御がガラス槽窯にも将来役に立つはずだと思い、職場の仲間と輪講し一所懸命に勉強したことを覚えています。しかしながら、実際のガラスのプロセスは私が考えていたほど甘いものではなく、外乱が多い循環流のある流れを完全に制御することは現在でも実現できていません。その一方で、統計あるいはデータサイエンスを単なる学問分野としてとらえるのではなく、産業応用につながる非常に有用なツールであることを認識させてくれました。

 私はもともと応用数理分野の出身でしたので、数理モデルとか数理システムの技術を自分の強み(第一のメジャー)として研究・開発の仕事を始めたわけですが、ガラス材料の変幻自在の振る舞いに翻弄されることが多く、ガラス材料の専門家レベルにならないと現象の本質を理解できないと思うようになりました。自分のキャリアの前半はガラス製造プロセスに関する溶融ガラスや粘弾性状態ガラスの連続体シミュレーションに取り組み、その後の英国留学をきっかけに、後半ではガラス材料のシミュレーションに取り組むようになりました。いずれも製造現場の技術者や材料の専門家と対等に議論ができないと、別の言い方をするならば、相手の理解できる言葉で話して納得してもらわないと、自分の解析結果や解釈を信用あるいは採用してもらえない苦労を随分味わいました。その後、対等に議論ができるように製造プロセスや材料の勉強も積み重ね、ガラスの材料科学を自分の第二のメジャーとすべく頑張ってきたように思います。

 ところで、2013から2014年に日本応用数理学会の会長を拝命することになった時、長年私がものづくりの一つの理想的な姿であると思っていた演繹的手法(シミュレーション)と帰納的手法(データサイエンス)の両方をものづくりの現場でもっと応用するきっかけを作れないかと思い、ものづくり企業20社を集めて、「応用数理ものづくり研究会」を立ち上げました。長年の夢を推進すべきと思ったきっかけは天気予報等に応用されていた「データ同化技術」が企業の手の届くところまで来ていると感じたからでした。研究会でのデータサイエンス分野の最新の話題提供につきましては伊藤聡教授を始めとして統数研の先生方に多大なご協力をいただいています。この場をお借りしましてお礼申し上げます。

 ものづくり企業にとって今後の国際競争力維持・向上には異分野の技術を融合させていくことが不可欠であり、データサイエンスは要となる技術の一つです。データサイエンスとそれを応用する他分野をダブル・メジャーとする研究者が増えてくれば日本のものづくり技術もさらに発展するだろうと期待しています。

日本応用数理学会フェローの授与式

日本人として初めての英国ガラス協会フェローの授与式

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