コラム

学会の国際化とネーミングについて

宮里 義彦(数理・推論研究系)

「国際的な学会を立ち上げるときに、アメリカは自国が世界の中心だと考えているのでInternationalという語句を使わない。一方でヨーロッパでは多くの国の集合体でアメリカに対峙するためInternationalから始まる名前をつける。これに対して我々は…。」 これは今から20年ほど前に、ある小規模の学術機関(研究会)を立ち上げる際にH先生が述べられた挨拶の言葉である。実はこの後、どのような話の成り行きになったのか殆ど覚えていないのだが、H先生の最初の言葉はその後もずっと記憶に残っていて、現在に至るまで諸学会や機関の基本的なスタンスの違いや学術水準の理解に役立ってきた。

私の専攻の自動制御に関する国際学会としてIFAC(International Federation of Automatic Control;国際自動制御連盟)とIEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.;米国電気電子学会 )の中のCSS(Control Systems Society;制御システム学会)の2つの機関があるが、これら2つの関係がヨーロッパ系の学会とアメリカ系の学会として最初にあげた性質を強く持っている。

IFACは1957年にソビエト連邦によって世界初の人工衛星スプートニク1号が打ち上げられた際に、西側諸国の自動制御の研究者が危機感を持ち、東と西の定期的な研究会合を開催する必要に迫られて同年に発足した。そのような経緯からIFAC第1回目の世界大会が1960年にモスクワで開催され、第2回は1963年にバーゼル(スイス)で、以後何回かは東と西でほぼ交互に世界大会が開催されるといった、政治的な色合いの強い動機から出発している。ソ連崩壊後は東西を意識することなく3年ごとに世界各地で開催され、2014年には初めてアフリカ大陸(ケープタウン)で第19回世界大会が開催された。過去19回の世界大会の中には2回のアメリカ開催も含まれるが(極めて少数)、発足の経緯からヨーロッパの研究者が多く運営に係わっており、事務局もウィーンにある。自動制御に関する多様な応用分野を含む世界最大規模の学術機関であり、ヨーロッパを主体としたInternationalから始まる学会の典型的な事例となっている。

これに対してIEEEは1963年にアメリカ電気学会(AIEE)と無線学会(IRE)が合併して組織化され、計39の分科会から構成されて、アメリカ発祥にもかかわらず、電気系で最大の国際学術機関である。しかしその名称には、国際性を強調した語句も、地域(国名)を特定化する修飾語も付いておらず、分野の特定はあるものの名前から見る限りただのInstitute(学会の集合体)である。日本語の翻訳では、学会の運営主体を明らかにする意味もあり「米国電気電子学会」あるいは「アメリカに本部を持つ電気電子学会」と記述される。CSSはこのIEEEに含まれる学会(分科会)の一つであり、自動制御の理論と応用に関する分野を扱っているが、これにも国際性や地域を表す名称が付いておらず、ただのSocietyとなっている。このCSSが主催する学術講演会としてCDC(Conference on Decision and Control;決定と制御に関する会議)があるが、これも名称は国際性も地域(国名)も明らかでないConferenceである。CDCの開催場所としては発祥地のアメリカ国内が最も多いが、地域色のない名前も影響して、それ以外でも少なからず開催されている(ギリシャ、日本、中国、スペイン、イタリア)。開催地に応じてアメリカ以外の地域や国の学術機関との共同開催もあるが、基本的立場として国際性も地域性も名称に加えないConferenceを貫いているように見える。しかし自動制御の特に理論に関する分野では、CSSとCDCは世界で最高水準であり、逆にSocietyとConferenceという呼称に学術水準に対する揺るぎない自信を感じる(Kalman Filterの最初の論文はCSSの論文誌に掲載されなかった)。

様々な段階での国際化が諸団体・機関の学術的な水準をはかる目安とされているが、そのような流れを見る際に、この2通りの国際化の方向を歩むIFACとIEEEのCSSは、単なる名前だけの違いでなく、それぞれ独自の立場から学術レベルに対する揺るぎない自負を体現しているように思われ、学会(あるいは機関)のスタンスと学術水準を判断するときの大きな尺度になっている。

ケープタウン(IFAC世界大会のアフリカ大陸での最初の開催地)

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