コラム

博士百人

柏木 宣久(モデリング研究系)

 総合研究大学院大学(総研大)が1988 年10月に開学してから24年が経過しました。統計数理研究所(統数研)は総研大の開学に参画して博士後期3 年課程の統計科学専攻(当専攻)を開設し、翌年4月に最初の学生2人を受け入れました。2006年からは、数理の専門家を養成するため、5年一貫制 博士課程を併設しています。現在までに課程博士89人、論文博士9人を輩出し、博士の数は間もなく百人を超える見込みで、同窓生による記念講演会を開催する予定です。

 博士百人は他大学、他専攻からすれば大した人数ではないかもしれません。ですが、日本の統計学界にとっては価値ある人数と言えます。資料が無いため正確には分かりませんが、統計学の博士の人数は、日本の場合、まだ4 桁に達していないと思われます。一方、米国の場合、4桁の最終段階にあると推察されます。米国の人数を統計学の博士の実需とすれば、人口や国力で補正しても、日本はかなりの供給不足と言えます。当専攻の博士百人により、供給不足解消までは無理ですが、日本の統計学の博士が何割かは増えたはずです。

 日本で統計学の博士の人数が少ない原因は、直接的には教育体制の未整備にあると考えています。日本の場合、有力な統計学の教室が様々な学科に散在していますが、当専攻以外に統計学科や統計学専攻は存在しません。当専攻にしても、基盤である統数研に大学共同利用機関としての責務が あり、教育に専念できる状況にはありません。一方、米国の場合、生物統計学科だけで30 以上存在しています。これでは勝負になりません。統計学はデータを扱う際の基礎になる学問です。データが溢れ不確実性に満ちた今日、統計学に対する需要は増える一方です。そうした需要に応えるため、有能な博士を一人でも多く養成したいところです。

 これは憶測ですが、日本で統計学科や統計学専攻が整備されてこなかった原因のひとつに、 日本人の気質が関係しているように思われます。噂好きや占い好きは大勢居ますので、推測、推論が嫌いというわけではなさそうですが、科学的推論となると、過小評価する傾向が見られます。例えば、品質検査はサンプリングの典型的適用例ですが、日本では全数検査が好まれています。リスク評価にしても、期待値で考えるべきところを、最大値等の極端な値に注目する傾向があります。と言っ て、極値理論に興味があるわけでもなさそうです。日本人は決定論が大好きなのでしょう。決定論では対処できない事態が増えているので、考え方は何れ変わると期待しています。

 ここで、総研大のHPや徳永保著「大学共同利用機関制度の設立」を参考に、総研大の特色について簡単に触れておきます。総研大の設立を主導したのは初代学長の長倉三郎先生でした。先生の専門である分子科学は、物理、化学等の多分野に亘る進展途上の学問で、大学共同利用機関である分子科学研究所は設立されたものの、研究推進に不可欠な学際的知識を持つ若い研究者が不足していました。他の大学共同利用機関にしても、当該分野における代表的な学術研究機関であり続けるために、先端的で優秀な若い研究者を養成する必要がありました。そこで、後継者養成を目的に、大学共同利用機関を基盤とする総研大が設立されました。独創的、国際的な学術研究の推進や先導的学問分野の開拓に対応できる研究者を養成するため、「高い専門性」、「広い視野」、「国際的通用性」を教育の指針にしています。また、当専攻では、研究成果の社会還元を重視した社会人学生受入れプログラムも運用しています。

 総研大葉山本部は相模湾を一望できる風光明媚な山の上にあります。山の中腹にはゴルフ場があり、麓近くでは棚田が耕作されています。その棚田を見上げる位置に手打蕎麦「和か菜」があり、止ん事無きお方が来店されるという噂です。周辺にはミシュランガイドに掲載された「おかむら」を はじめ蕎麦の名店がいくつかあり、葉山界隈はちょっとした蕎麦処になっています。来学のついでに探索してみてはいかがでしょうか。

蕎麦処

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