コラム

地震予測研究の展望

尾形 良彦(統計数理研究所 名誉教授・東京大学 生産技術研究所 客員教授)

 地震予知に関する一般の期待はあまりに過大で、その現状に対する失望や諦めはあまり大きい。しかし半世紀前までは地震の原因は全く分からなかったのである。1960年代後半からの固体地球科学の目覚ましい発展のおかげで、地震現象に関する我々の知識は著しく増加した。データも飛躍的に増えて、地球物理学としての地震の研究は目覚ましく進んだ。大地震のたびに想定外の新事実が頻出し、どういう仕組みだったのかということが次々と解明される。しかし細かい解析や議論が行われるようになっただけ、地震現象の多様性・複雑性が一層目立ってきた。これは地震予知の研究にとって誠に不幸なことである。

 直接的に見えない地殻内部の断層やストレス、複雑で多様な地震発生のシナリオ、それに不明な要素の数々。依然としてこれらは尽きない。これらを総合的に考えて未来を予測するには、確率予測が避けられない。大地震の予測の手掛かりになるのは各種の観測データの異常現象であろう。しかし、それが大地震の前兆なのか、どの程度切迫性があるのかなどの識別には大きな不確定さが伴う。一般に切望されているような決定論的地震予知は難しく、危険性を数量的に示す確率的予測が必要となる。地震予知につながりそうな定性的な知見が出ても、その定量的なモデリングが伴わないと困る。

 地震予知の特効薬探しではなく、組織的に地震予測可能性を探る国際的共同研究(CSEP)が主要地震国で連携して進められている。これは地震活動の統計的モデルの開発を促し、確率予測の性能を評価することを当面の目標とする。それは、地震活動、地殻変動や電磁気変動などの様々な観測異常による各種の地震予測法の有意性と「確率利得」を評価できる科学的なインフラ(共通基盤)を整備することでもある。ここで確率利得とは「大地震の確率予測が基準の確率にくらべ何倍高くなるのか」という意味である。

 実際、これまで少なからず、各種異常現象に基づいた大地震予知手法が提案されているが、それらの有効性をめぐっての論争は絶えず、評価の定まったものは無いといわれている。したがって、客観的に予測力を評価する基盤が必要であり、これが無かったら、論争は不毛なものに終始する。

 CSEPは先ず、標準の確率予測を与えるために、世界の各地域に適合した基準の地震活動モデルの成立と、それらの改訂を進めるのである。その際、予測成績を測るものとして「尤度」が合理的なものと考えられている。もし有用な知見が組み込まれた新予測モデルが出てくれば、基準モデルと比較して、予測力が向上したか否かの評価ができる。

 それでは、現状で何を基準にこれらの評価を進めたらよいのだろうか。中小の地震は普段から数多く起き、発生の仕方は全くの無秩序ではなく、統計的に確かな法則が認められる。代表的なものに、地震の規模(マグニチュード)の頻度はマグニチュードが小さく(大きく)なるほど指数関数的に増える(減る)こと、典型的な余震の頻度は、時間経過とともに殆ど逆べき関数で減ること、余震の総数は本震のマグニチュードの大きさに指数関数的に比例することなどである。これらから、大地震の確率的な予測もできる。たとえば、これらの法則に基づいたETASモデルは過去の地震発生のデータを使って今後の発生確率をリアルタイムで予測し、地震活動の各地域の特徴や相場の確率を再現し地震活動の比較研究などに使われており、米カリフォルニア州では今年からの地震予報計画(UCERF3)に採用される。

 もとより、大地震を少しでも高い確率利得で予測するためには地震発生の仕組みや観測異常現象の包括的な研究が不可欠である。そもそも何かしらの異常が認められたとき、それが来るべき大地震の前兆であるか否かの識別は容易でない。しかし、黒白の判別は不可能としても、この異常の出現は、この範囲、この期間の大地震の発生確率を、基準のものと比べて、この程度まで増加させると言えるようになればよい。このように、異常現象の大地震発生への前兆性や切迫性の不確定性を見積もる必要があり、これには数多くの事例を研究しなければならない。それらの知見をどの様に組み込んで、相場のモデルを超える確率予測を実現するのかが課題である。(この続きや関連文献をご覧になりたい方はhttp://www.ism.ac.jp/~ogata/zisin-yosoku.pdfを参照ください。)

ページトップへ