コラム

コミュニケーション力について

丸山 宏(モデリング研究系)

 今年の春は、大学院修士2年の息子が就職活動、いわゆる就活を行った(その意味では私自身も昨年から就活をしていたが)。昨今の就活で、企業が求めるものの一つは「コミュニケーション力」 なのだそうだ。コミュニケーション力とは何だろうか?

 実は、私はコミュニケーション力は研究者にも必要なスキルだと考えている。大学においても、また企業においても感じるのは、日本の研究者は研究の入り口と出口にもう少し力を入れてもよいのではないかということだ。彼らは、一度具体的な研究目標を与えられれば、非常に優秀で、良い結果を出すのだが、良い研究テーマを自分で見つけて提案するという研究の「入り口」、研究成果を社会へのインパクトにつなげるという研究の「出口」については、今ひとつ、と感じることが多い。この、研究の入り口と出口をうまくやるためには、研究コミュニティ以外のステークホルダとのコミュニケーションが欠かせない。

 研究の入り口においては、顧客の問題が何か理解する力、提案を理解してもらうプレゼンテーションの力、提案に予算をつけてもらうためのネゴシエーションの力などが必要だろう。研究の出口においては、研究成果を顧客にうまく伝える力、もしそれが企業の製品に入っていくのであれば、そのための合意形成のテクニックなどが必要となる。だから、私がIBM東京基礎研究所のマネジメントの一員であった時には、コミュニケーション力の重要性を繰り返し研究員に説いていた。

 プレゼンテーションについては、「プレゼンテーションZEN」という本が最近話題になった。スティーブ・ジョブスのプレゼンや、TED(http://www.ted.com/)におけるトークなどは、典型的な「ZEN」スタイルのプレゼンである。このような例に象徴されるように、プレゼンは聴衆の右脳に訴えかけなければならない、とこの本は教えている。

 プレゼンテーションは、決して一方通行のコミュニケーションではない。聴衆は、話の内容を理解しているのか、賛成しているのか、疑問に感じているのか、そのボディランゲージでフィードバックしているはずだ。プレゼンテーションにおいてアイ・コンタクトが大切なのはこのためである。また、細かい字のスライドを読ませるのも、コミュニケーションを阻害する。聴衆はスクリーンの字を読んでいる間、話し手に対する注意がおろそかになるからである。「ZEN」スタイルのプレゼンテーションでは従って、1枚のスライドに入れるのは極めてシンプルで直感的なメッセージが1つである。

 ネゴシエーションもコミュニケーションの重要な一局面である。これに関しては、BATNA(Best Alternative to Negotiated Agreement)という言葉がある。交渉が決裂したときに、当事者が取りうる最良のオプションは何か、ということである。もし、相手のBATNAと自分のBATNAのどちらよりもお互いにとって利益のある第3のオプションが見つかれば、それが相互に納得できる交渉結果にな りうる。ネゴシエーションとは、このようなオプションを協調して探しに行く、創造的なプロセスである。決して、言を弄して相手を言い負かすことではない。

 会議で参加者の意見を引き出してまとめる、ファシリテーションもコミュニケーションの一形態だ。今年の前半にハーバード大学マイケル・サンデル教授の「白熱教室」がNHKで放映されたが、教授のファシリテーションの力に感心された向きも多いだろう。研究者の日々の仕事の中でも、ブレーンストーミングなど、ファシリテーションを必要とする場面があるはずだ。ブレーンストーミングにおけるファシリテーターの役割は、参加者からできるだけ多くのアイディアを引き出すことである。だから、ファシリテーターは、出てきたアイディアに対する論評を許さない、自分では意見を出さない・押し付けない、という規律を守る必要がある。

 このように、コミュニケーションには様々な形態・局面があるが、共通して、相手を理解することがコミュニケーションの基本である、ということが言えそうだ。「コミュニケーション力がある人」とはつまり、他人の話をよく聞く人、相手に興味を持つ人、そんな人であるように思う今日この頃である。

アイ・コンタクトのあるプレゼンテーション

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