コラム

「ものづくり」におけるリスク回避戦略

河村 敏彦(データ科学研究系)

 私が統計数理研究所に入所して2年が経つ。こちらに来て、東京で開催される品質工学会に毎年参加している。初めて参加したのが2006年の学会であり、当日、田口玄一先生の特別講演を楽しみにしていたが体調不良のため残念ながらお聞きすることはできなかった(田口先生は今から60年前の1948年から2年ほど統計数理研究所に在籍)。品質工学会の学会員は、2600人ほどで、通常、大学や研究機関など学術機関が運営している学会と異なり、現場の技術者の事例発表を中心にした学会である。学会の研究発表を聴講していると、新製品開発・設計段階において『品質工学』(タグチメソッド)を適用し、技術品質の向上を目指す技術者の活気が伝わってくる。

 一方、製造段階に行う品質に関する活動として『品質管理』があり、その学会として日本品質管理学会がある。品質管理学会の会員数は2800人ほどである。日本の工業界では戦後、北川敏男、増山元三郎、奥野忠一、田口玄一らの指導のもと統計的品質管理(SQC)、Fisher 流実験計画が世界に類をみないほど現場で普及し、それが高品質な『ものづくり』に貢献したことは歴史的事実である(余談であるが、当研究所の北川所長のホームページにFisher、Box、Deming らと撮られた写真があるのでそれを掲載させて頂いた)。その後、SQC は全社的品質管理(TQC)、今では総合的品質マネジメント(TQM)として活動している。製品・サービスの品質が企業の存続発展を制する大きなファクターであり、それに関する意思決定は常に大きなリスクを含むものであることは広く知られてきている。実践的活動として発展してきた品質管理活動を、学問的に便宜上、品質管理(Quality control)と品質工学(Quality engineering)とに分けて考えれば、品質管理活動というものは、その両輪を駆使し、「ものづくり」のレベルにおいて、『事実(データ)に基づいた理論的意思決定』を行うことにより、リスク回避を行っているとみなせよう。

 研究対象としての品質管理は現在では品質工学のほうに重点が移っていると思われるが、品質工学会の会員の多くは、電気系・機械系・化学系などの実験系工学出身者であるため、統計学あるいは実験計画法をベースにデータ解析を行っている技術者は数少ない(日本の工学系の教育カリキュラムにSQC やタグチメソッドを導入している学科は極めて少ない)。そのため、学会発表では一方通行的なタグチメソッドを用いた成功事例が多く、他のデータ解析手法と比較検討した事例、失敗事例を別観点からの改善検討事例、またタグチメソッドの統計的観点による理論研究などの話題は少なく、これらは今後の課題となってくるであろう。このような問題に対処すべく、リスク解析戦略研究センターでは『製品・サービスの質保証・信頼性研究プログラム』を2008年4月に設置した。本研究プログラムの目的は、質保証・信頼性に関する学術拠点として統計的方法の開発と産業界への展開を推進し、製品・サービスの安全・安心の実現に向けて寄与することである。

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