コラム

統計数理研究所の大学院教育

吉田 亮(数理・推論研究系)

 総合研究大学院の学生として統計数理研究所の門をくぐった2001年の春が統計学者としての私の原点である。数日前にようやく東京に引っ越してきたばかりで、荷物の整理もままならない中での慌ただしい第一歩だった。山手線の雑多な風景と広尾駅を降りて目に映る景色のコントラストが今でも鮮明に残っている。当時広尾駅近くの地下にあった薄暗い喫茶店に立ち寄って、コーヒーで気持ちを落ち着かせていた。今思えばコーヒー中毒者としての原点でもあった。

 あれから6年と8ヶ月、喫茶店業界におよそ百万円つぎこんだ私は、統計数理研究所の研究者になり、研究室のパソコンの画面には膨大なゲノムデータが映し出されている。2001年の春は、経済学の研究者になる予定だった。学会で講演していると、たまにふと思うことがある。なぜここで遺伝子の転写について語っているのだろうか?なぜ生命科学に惹かれたのだろうか?

 統計数理研究所という研究機関は実に稀有な存在である。所内にいる多くの研究者は、データ科学とは別に各々の学問領域を持っている。生命科学、数学、工学、物理学、社会科学、実に多種多様である。6人の同級生の専門分野は、数学、機械学習、脳科学、経済学、鉄道工学、商学だった。この「アカデミックカオス」の中で、人々は共通言語の統計科学を駆使しながら、日々知的創造の営みを積み重ねている。2001年春の学問的アイデンティティが実に希薄だった学生はカオスの渦中に飛び込んだ。

 研究者にとって最たる喜びは、生涯を賭して挑戦する研究テーマに出会うことである。多くの学生、若手研究者が、ここ広尾で、自分の「研究」を見つけ出していく様を目の当たりにしてきた。私はコーヒー代につぎこんだ約百万円を対価にそれを得た。今は皆、それぞれの分野で元気一杯に研究に勤しんでいる。研究テーマ選定の指針は、所内の研究者が織り成す世界のアカデミックマップだった。

 私にとってゲノムデータ研究のスタートは実に遅く、博士後期過程3年生の頃である。指導教官だった樋口知之教授の部屋で、当時東京大学医科学研究所の助手だった井元晴哉先生を交えて、遺伝子発現データの解析結果について議論していたことを覚えている。当時ゲノムの「ゲ」もよく分かっていない自分であったが、なぜか妙にエキサイティングな時間だった。そのときもデータ科学という共通言語で話していた。

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