第70巻第2号133−151(2022)  特集「データ同化の方法」  [研究詳解]

雲解像粒子フィルタを用いた積乱雲の非ガウス性に関する研究

気象研究所 川畑 拓矢
統計数理研究所/総合研究大学院大学/データサイエンス共同利用基盤施設 上野 玄太

要旨

積乱雲を陽に解像し,再現可能な気象シミュレーションモデルに対してsampling importance resamplingによる粒子フィルタを実装した.目的は積乱雲の発生・発達における非ガウス性を評価し,その起源を突き止めることにある.このために統計分布モデルとして,ガウス分布,ガウス混合分布,ヒストグラムの3種を用意し,情報量規準BICを用いて客観的な非ガウス性判定を行った.その結果,まず局地前線上端における上昇流が非ガウスとなり,同領域の水蒸気に非ガウス性が伝搬し,積雲の発生,発達に伴い,温位や雲水,雨水も非ガウスとなっていくことが分かった.最終的に積乱雲の発達に伴い,検証領域全体が非ガウスとなり,積乱雲が非ガウスであることを評価できた.さらにその起源が接地境界層における上昇流であることを発見した.

キーワード:粒子フィルタ,非ガウス性,積乱雲,雲解像.


第70巻第2号153−163(2022)  特集「データ同化の方法」  [原著論文]

データ同化を用いたオーロラ活動指数の推定

名古屋大学 三好 由純
統計数理研究所 上野 玄太
名古屋大学 山本 凌大
名古屋大学 町田 忍
名古屋大学 能勢 正仁
情報通信研究機構 塩田 大幸
名古屋大学 中村 紗都子

要旨

オーロラは,宇宙空間からの荷電粒子が超高層大気と衝突して起こる発光現象であり,地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)の電磁気的な活動を反映して,その動態を様々に変化させる.このオーロラ活動を指標化したものとして,オーロラに伴う電離圏の電流によって変化する地上磁場変化にもとづいたオーロラ活動指数(AU,AL,AE)が広く用いられている.このオーロラ活動指数は,オーロラ活動のみではなくジオスペース全体の電磁気的な変動を反映するものでもあるため,宇宙天気予報の観点から重要な課題である.本研究では,このオーロラ活動指数の高精度予測を目指して,粒子フィルターを用いたデータ同化によるオーロラ活動指数の推定方法を開発した.システムモデルには,先行研究で提案されたオーロラ活動指数の時間発展方程式を用い,AU指数および同論文で提案されたカップリングパラメータを状態変数ベクトルとしている.また,観測ベクトルとして,オーロラ活動指数の一つであるAU指数を用いている.開発したコードを用いて,1998年から2015年までの期間について,AU指数のデータ同化計算を行った.データ同化にもとづいてカップリングパラメータを動的に推定することにより,先行研究に比べてAU指数の再現能力が大きく向上した.また,データ同化によって推定されたカップリングパラメータの解析を行ったところ,カップリングパラメータは季節および年によって値が異なることが明らかとなり,電離圏の電気伝導度の変化の季節,年変化に対応したものである可能性が示唆された.

キーワード:データ同化,粒子フィルター,オーロラ活動予測,宇宙天気予報.


第70巻第2号165−179(2022)  特集「データ同化の方法」  [原著論文]

アンサンブルカルマンフィルタにおける変数局所化を利用した気象場と大気濃度場の同時データ同化

気象庁気象研究所 関山 剛
気象庁気象研究所 梶野 瑞王

要旨

アンサンブルカルマンフィルタ(EnKF)は背景誤差共分散を陽に導出し,カルマンゲインの計算に使う.そのためデータ同化の途中で導出された背景誤差共分散に修正を加えることもできる.例えば,共分散を恣意的に大きくしてアンサンブル摂動を拡げること(共分散膨張),あるいは状態変数間の物理的距離に応じて共分散を減衰させること(共分散局所化)も可能である.気象学におけるEnKFが系の自由度よりも遙かに小さなサンプル数で実用的に動作する主な理由はこの共分散局所化のおかげである.共分散の局所化は物理的距離とは関係なく,相関の小さな状態変数間でも可能である(変数局所化).本研究では気象観測データ(風速・気温・気圧等)と濃度観測データをEnKFにより同時に同化しつつ,変数局所化によって相関の小さな変数の組み合わせで共分散を強制的に0にする実験を試みた.それによりサンプリングエラーの影響が減少し,風速観測の情報から濃度分布の解析精度向上を得ることに成功した.一方で,本研究の条件下では濃度観測の情報から風速分布の解析精度向上を得ることには成功しなかった.

キーワード:データ同化,アンサンブルカルマンフィルタ,変数局所化,気象シミュレーション,大気化学シミュレーション.


第70巻第2号181−193(2022)  特集「データ同化の方法」  [総合報告]

大気解析のための変分法データ同化における背景誤差共分散行列の根の定式化

気象庁気象研究所 石橋 俊之

要旨

全球の大気状態を高精度に推定することは,大気のカオス性によって難しい科学的問題となっている.データ同化は,大気に関する膨大な情報を確率密度関数間の関係式(ベイズの定理)を用いて無矛盾に統合することで,これを可能にする枠組みである.特にモデル予測の誤差共分散行列(背景誤差共分散行列; Background Error Covariance Matrix: BECM)は複雑な時空間構造を持つため,これを精度良く推定することは大気解析の主要研究課題となっている.本論文は,変分法による全球大気解析におけるBECMの定式化のレビューであり,特に変分法で重要なBECMの根に焦点を当てる.近年,アンサンブル予報と局所化による高精度なBECMの根の表現によって大気解析精度の向上が顕著であり,このようなBECMの根として4つの行列表現がある.これらの表現には,相互関係が完全に示されていない等の課題がある.近年,BECMの根の一般形が示され,これらの行列表現はいずれも一般形から演繹されること等が示された.また,BECMの根の非正則性の問題についても,理論の近似精度の下での不定性の自由度を使って正則性を維持できることや,特定の最小化アルゴリズムについて根の非正則性が解に影響しないことが示されている.

キーワード:データ同化,変分法,大気科学,背景誤差共分散行列,アンサンブル,局所化.


第70巻第2号195−208(2022)  特集「データ同化の方法」  [研究ノート]

共役ベクトルとBFGS公式を用いた解析誤差共分散行列の導出

国立環境研究所/気象庁気象研究所 丹羽 洋介
気象庁気象研究所/統計数理研究所 藤井 陽介

要旨

データ同化や逆解析の問題において,4次元変分法は有効な手法であるが,最適解の誤差が自動的に得られないという欠点がある.本稿はNiwa and Fujii (2020)で示された,4次元変分法を用いた場合の解析誤差共分散行列の推定手法について解説を行った.本手法では,最適解の探索アルゴリズムとして用いられるBFGS公式を用いた準ニュートン法を採用しているが,厳密な直線探索やアンサンブル法,直交化を新たに導入することで,BFGS公式の計算に必要なベクトルの共役性を保ちつつ数を増やして解析誤差共分散行列の推定精度を向上させている.
本稿では,BFGS公式において前処理を施した場合に観測と同じ数の反復回数(またはBFGS公式で必要なベクトルのペア数)で解析的に解析誤差共分散行列が求められることを解説するとともに,Niwa and Fujii (2020)のアルゴリズムを詳述する.さらに,本手法をCO2の逆解析問題に適用した際の結果についても紹介する.

キーワード:解析誤差共分散行列,データ同化,逆解析,4次元変分法,BFGS公式,準ニュートン法.


第70巻第2号209−233(2022)  特集「データ同化の方法」  [原著論文]

変分法データ同化システムにおけるBFGS公式を利用したアンサンブルメンバー生成について

気象研究所/気象庁/統計数理研究所 藤井 陽介
気象庁/気象研究所 吉田 拓馬
気象庁/気象研究所 久保 勇太郎

要旨

本論文では,解析変数の最適化に準ニュートン法を用いる変分法データ同化システムにおいて,最適化の計算過程で算出される評価関数の勾配などの情報を用いて,アンサンブル予報に必要な解析変数の擾乱を生成する手法について,提案する.提案手法は,それにより解析(事後)誤差分散共分散行列が近似できるように擾乱を生成するが,その擾乱はモデル演算子と観測演算子を合わせた演算子の上位の特異ベクトルを近似したものの線形結合にもなっている.本論文では,提案手法の実用例として,気象庁の大気海洋結合予測システムに含まれる全球海洋データ同化システムによって生成された海洋初期値の擾乱について例示し,さらに,その擾乱を大気海洋結合予測に用いた時の効果について検証した結果についても述べる.

キーワード:アンサンブル予報,BFGS公式,準ニュートン法,変分法,データ同化.


第70巻第2号235−250(2022)  特集「データ同化の方法」  [研究ノート]

アンサンブルを用いた変分法データ同化と計数データのための拡張

統計数理研究所/データサイエンス共同利用基盤施設/総合研究大学院大学 中野 慎也

要旨

4次元変分法の問題を解く方法の一つとして,シミュレーションを様々の設定で実行するアンサンブルシミュレーションの結果を利用した手法が提案されている.こうしたアンサンブルによる変分法アルゴリズムは,シミュレーションモデルを完全にブラックボックスとして扱うことができるため,広く使われるアジョイント法と比較して,非常に実装しやすいのが利点となっている.但し,現状のアンサンブルによる手法は,システムの状態が与えられた下で観測のしたがう条件付き分布が正規分布になることを仮定してアルゴリズムが導出されており,そのままでは正規分布以外の分布にしたがう観測を利用できない.本研究では,システムの状態が与えられた下で観測データがポアソン分布にしたがう場合を考え,シミュレーションモデルをブラックボックス化可能なアンサンブル変分法のアルゴリズムを導出する.

キーワード:データ同化,4次元アンサンブル変分法,ガウス・ニュートン法,ポアソン分布.


第70巻第2号251−267(2022)  特集「データ同化の方法」  [研究詳解]

シグネチャ法入門

海洋研究開発機構 杉浦 望実

要旨

地球科学などで観測される系列データは,多次元空間内の経路とみなすことができる.経路を効果的に読み取るには,経路内の点の順序や非線形性を忠実に記述することができるシグネチャと呼ばれる数列に変換することが有効である.特に,シグネチャの各項の線形結合を使えば,経路の集合上で定義された任意の非線形関数を近似できる.このことにより,系列データにラベルが付されたデータセットを学習するには,経路のシグネチャとラベルの組に対して線型回帰を適用すればよく,ラベルが非線形関数で決められる場合でも高性能な学習ができる.系列データを活用する機械学習やデータ同化にシグネチャ法を取り入れることで,これまで見落とされていた情報が抽出できる可能性がある.

キーワード:シグネチャ,機械学習,系列データ.