第69巻第2号123−143(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [総合報告]

Hawkes過程の個人史

School of Management,Swansea University Alan Hawkes
School of Mathematics,Cardiff University Jing Chen

要旨

この文章はHawkes過程として知られることになった,自己励起性点過程と相互励起性点過程について,1971年から1974年の間に発表された一連の5本の論文についての,Alan Hawkesへのインタビューに基づくものです.加えて,これらの論文の発表前のAlan Hawkesの経歴,Hawkes過程の研究に戻ってくるまで,なぜ40年もかかったのか,またその間に彼が行ったことについてもいくつか語ってもらっています.

キーワード:キュー,ETASモデル,イオンチャネル,信頼性,金融,確率過程.


第69巻第2号145−163(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [総合報告]

統計地震学におけるETASモデル—その進展とホークス型モデル

統計数理研究所 庄 建倉
統計数理研究所 尾形 良彦

要旨

統計地震学における標準的な地震活動のモデルとして,Epidemic-Type Aftershock Sequence(ETAS)モデルについて,その歴史,理論,方法,応用における新しい進展,および一般的なホークス過程に与える影響について紹介する.

キーワード:ETASモデル,ホークス過程,統計地震学,点過程.


第69巻第2号165−180(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [原著論文]

Hawkes型計数時系列モデル

統計数理研究所 小山 慎介

要旨

本論文では,離散時間の計数時系列に対してHawkes過程に類似する時系列モデルを提案する.特にHawkes過程と分岐過程の対応に着目し,同様な性質を計数時系列モデルで構築する.このときに,計数時系列モデルの構成をHawkes過程とパラレルに展開し,両者を対比する.最後に,提案するモデルを感染症のモデリングに応用する.WallingaとTeunisによる実効再生産数の推定量をHawkes型計数時系列モデルから導出し,過分散の場合に一般化する.

キーワード:Hawkes過程,分岐過程,計数時系列モデル,負の二項分布,実効再生産数.


第69巻第2号181−207(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [原著論文]

Hawkes過程における2つの推定手法の比較と実データ解析への応用

慶應義塾大学大学院 茅根 脩司
慶應義塾大学 白石 博

要旨

多変量点過程の1つのクラスである多変量Hawkes過程は,自己励起性および相互励起性という特徴をもつことが知られている.本論文では,観測データが多変量Hawkes過程にしたがうと想定し,Hawkes過程の特徴を表すカーネル関数を統計的に推定するための2つの手法を紹介する.1つ目は最尤法を用いたパラメトリックな手法で,強度の従属性が指数型カーネル関数にしたがうと仮定してカーネル関数のパラメータ推定を行う.2つ目はカーネル関数を特定化しないノンパラメトリックな手法で,連続時間確率過程の離散観測に基づく確率過程の近似を通じてカーネル関数を非母数的に推定する.シミュレーションにより2つの手法による推定結果を比較した後,パラメトリックな手法を用いて仮想通貨市場の価格変動と出来高変動をHawkes過程に当てはめ,カーネル関数の特徴を可視化する手法の1つであるHawkesグラフ表現を通じて伝播構造を可視化する.また,ノンパラメトリックな手法を用いてCOVID-19の関東・関西の近隣の都府県の新規感染者数をHawkes過程に当てはめ,Hawkesグラフ表現により伝播構造を可視化する.

キーワード:Hawkes過程,多変量点過程,INAR過程,Hawkesグラフ,グラフィカルモデリング,ノンパラメトリック推定.


第69巻第2号209−222(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [総合報告]

地震学における非線形Hawkes過程:摩擦構成則に基づく地震活動モデル

県立広島大学/統計数理研究所 岩田 貴樹

要旨

本稿では摩擦構成則に基づく地震活動モデルについて紹介する.これは非線形Hawkes過程に相当するものであり,よく知られているETASモデルが線形Hawkesモデルであるのと対照的である.これ以外にも両者には対照的な特徴があり,それらの比較について述べる.また,実際の地震発生時系列解析を介し,このモデルの利点や問題点,そして今後の展開について示す.

キーワード:地震活動,非線形Hawkes過程,速度・状態依存摩擦構成則,点過程解析,応力,Dieterichモデル.


第69巻第2号223−237(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [研究詳解]

時空間ETASモデルの拡張バージョンとその応用

中国科学院大学 郭 一村
統計数理研究所/総合研究大学院大学 庄 建倉

要旨

この論文は,統計地震学で広く使用されている時空間Epidemic-Type Aftershock Sequence(ETAS)モデルのいくつかの拡張バージョンをまとめたものである.ETASモデルの拡張バージョンには,2次元有限震源モデル,3次元点震源モデル,および3次元有限震源モデルが含まれる.有限震源モデルは大地震の断層形状を,3次元震源モデルは地震の深さを考慮に入れている.この論文は,モデル推定,確率的デクラスタリング,および地震シミュレーションに関連するアルゴリズムを示し,これまでに日本,イタリア,南カリフォルニアで実施されてきた各ETASモデルの適用結果をまとめている.フィッティングの結果は,2次元有限震源および3次元有限震源モデルが,点震源モデルよりも大きなα値をもたらすことにより,本震の余震生成密度を増大させることを示している.余震の生産性と地震性すべりを比較すると,大きなすべり領域で余震が少なく,断層面上の余震生成率密度の空間パターンは,明らかにすべりの補償を示していることがわかる.

キーワード:確率密度分布,残差解析,地震誘発,余震,確率的再構成.


第69巻第2号239−254(2021)  特集「Hawkes過程の新展開と応用」  [原著論文]

余震誘発効果を考慮した繰り返し地震の予測

早稲田大学 野村 俊一
気象研究所 田中 昌之

要旨

地震活動の予測に用いられる点過程モデルは,最も単純なポアソン過程を除けば,活断層などの同一震源上で周期的に繰り返される地震に対する更新過程と,各地震の余震誘発効果を取り入れたETAS(Epidemic-type aftershock sequence)モデルとに大別される.しかし,数年周期で繰り返される比較的小さい繰り返し地震は,普段は周期的に発生しながらも,周辺で起こる大地震の影響を受けて発生間隔が急激に狭まることがあり,更新過程とETASモデルの両方の特徴を併せ持っている.本稿では,このような繰り返し地震に対して,大地震による余震誘発効果を相対的な時間進行率の変化として取り入れた非定常更新過程モデルを提案する.提案モデルを東北地方太平洋沖に分布する繰り返し地震系列群へと適用し,2011年東北地方太平洋沖地震の影響を踏まえた将来の地震発生確率を評価する.

キーワード:繰り返し地震,確率予測,Brownian Passage Time分布,更新過程,ETASモデル.


第69巻第2号259−281(2021)  特集「日本人の国民性の統計的研究—平成期30年のまとめと将来の展望」  [研究資料]

「日本人の国民性」調査と「意識の国際比較」
—「統計数理」から「データの科学」へ—

同志社大学/統計数理研究所 吉野 諒三

要旨

本稿は,戦後,統計数理研究所の調査研究が開始された前後の社会的背景や世界情勢を俯瞰し,その後,「日本人の国民性調査」と「意識の国際比較」が展開されていった意義と展望について随筆する.「文化多様体解析」という国際比較のパラダイムを展開する中で,解析の成果のみならず,調査の過程で得られた情報,特に各国・地域の調査環境のインフラストラクチャー自体の理解が,そこに住む人々の社会,政治,経済,歴史や文化の基底を如実に語っていることを認識してきたことを強調しよう.他方で,国内外の共同研究者たちとの邂逅と交流もこの調査研究の貴重な資産として蓄積されてきたことも伝えたい.

キーワード:日本人の国民性,意識の国際比較,連鎖的比較方法論,文化多様体解析,アジア・太平洋価値観国際比較.


第69巻第2号283−294(2021)  特集「日本人の国民性の統計的研究—平成期30年のまとめと将来の展望」  [研究ノート]

「日本人の国民性」第13次・第14次全国調査における調査不能者を考慮した母集団割合の推定

新潟大学 伏木 忠義

要旨

近年,世界的に標本調査においては回収率が低くなる状況が続いている.「日本人の国民性」調査においても,第13次・第14次調査においてはいずれも回収率は5割程度であり,調査不能バイアスの影響が懸念される.本研究では,「日本人の国民性」第13次・第14次全国調査において,2つの重み付けによるバイアス調整の手法を利用した母集団割合の推定を行った.調査不能バイアスを調整すると,金銭的なものを求め,他者をあまり信用せず,他者とのかかわりが薄くなる人の割合が増加するという結果が得られた.また,調査不能バイアスを調整した推定結果が第13次・第14次調査である程度整合性を持っていることを確認した.

キーワード:キャリブレーション推定,調査不能,バイアス調整.


第69巻第2号295−314(2021)  特集「日本人の国民性の統計的研究—平成期30年のまとめと将来の展望」  [原著論文]

日本人の環境意識:『日本人の国民性調査』によるその変遷と関連要因の考察

情報・システム研究機構 加藤 直子

要旨

本研究は,日本国民に対して代表性のある社会調査である『日本人の国民性調査』を用いて,日本人の環境意識を定量的に明らかにすることを目的とする.第一に,平成期に実施された6回の調査結果をもとに,日本人の環境意識やその関連する項目(自然観,エネルギー問題,日本の経済力)についての分布の変遷を考察した.その結果,わが国では近年,環境意識の全体的な低下傾向がみられることが明らかになった.この結果は,環境意識の近年の高まりを指摘した欧州を中心とする報告と逆になっている.第二に,第14次調査(2018年)のデータ(n=1,602)を用いて,環境意識やその関連する意識項目と属性(性別,年齢,学歴,帰属階層)および支持政党との関連について,ロジスティック回帰分析により探索的に検討した.その結果,欧米における主要な結果とは異なり,若年層ほど環境意識が低い傾向が観察された.他方,高学歴層および帰属階層意識が高い層ほど,環境意識が高い傾向が観察された点については,欧米における先行研究と一致していた.支持政党は,環境意識をはじめ多くの項目に関連していたが,欧米や香港における先行研究で報告されたリベラル政党支持との強い関係に対しては,本研究の結果はやや不明確であった.環境政策に特化した大規模な政治団体が日本に存在しないことや,リベラルに分類される政党の政策そのものが市民にとって不明瞭である可能性が考えられるが,将来のより詳細な分析が必要である.

キーワード:環境意識,日本人の国民性調査,自然観,エネルギーと経済,若年層,支持政党.


第69巻第2号315−337(2021)  特集「日本人の国民性の統計的研究—平成期30年のまとめと将来の展望」  [原著論文]

何が地方への移住意向を決めるのか?:現代日本人の〈義理人情度〉を中心として

統計数理研究所 朴 堯星

要旨

現在,過疎地自治体では,地域の活性化を狙いとし,地方への移住者を確保するために様々な支援制度等が進められている.地方への移住に関する先行研究では,移住促進要因の一つとして,人々の対人関係の構築が重要であるとされているが,その多くが地域コミュニティーや移住先での人間関係といった,ある程度想定できる人々の間での限られた範囲に止まっている.これに対し,本研究では,日本人固有の人間関係の特徴を表す〈義理人情度〉が,〈地方への移住意向〉に及ぼす影響に関する一連のメカニズムを確かめる.日本人にとって,「義理人情」という感覚は,長い間,日本人の人間関係を表す特有の特徴とされていたが,これまで地方への移住意向に対する〈義理人情度〉との相互関係については明らかにされてこなかった.そこで本研究では,第1の目的として,現在,急激な人口減少が進んでいる日本と韓国において,両国の国民が思っている〈地方への移住意向〉を検討する.そのため,「日本人の国民性調査」の第14次(2018年)調査と「韓国総合社会調査KGSS」(2018年)調査の結果をもとに,共通項目および個人属性別の回答割合の観察により〈地方への移住意向〉についての日韓比較を行う.`UターンやIターンをしたいか'という地方への移住意向に対する評価は,日本では若年層,中年層が高いのに対して,韓国では中年層,高年齢層が高く持っているといった異なる傾向がみられている.さらに,第2の目的として,直近の調査である第14次「日本人の国民性調査」のデータを用い,ロジスティック回帰分析により〈地方への移住意向〉の説明要因に関する分析を行っている.結果として,(a)「義理人情度」の感覚は,〈地方への移住意向〉に正の効果を持っている点,(b)〈地方への移住意向〉には,インターネット使用頻度などの情報アクセス能力の高さが影響している点,(c)自国に対する愛着心から浮かび上がる日本社会の現状肯定感が低いほど,〈地方への移住意向〉が高まる点,が明らかになった.

キーワード:日本人の国民性調査,地方への移住意向,義理人情度,韓国総合社会調査,自国に対する愛着心.


第69巻第2号339−365(2021)  特集「日本人の国民性の統計的研究—平成期30年のまとめと将来の展望」  [原著論文]

日本人の宗教意識/宗教性に関する質問諸項目の方法論的な検討
—「日本人の国民性調査」の二次分析—

統計数理研究所 真鍋 一史

要旨

本稿は,「日本人の国民性調査」の二次分析をとおして,日本人の宗教意識/宗教性に関する質問諸項目の理論的な背景を探るとともに,それらの内容と形式を再検討する方法論的な試みである.まず,前者については,関連調査報告書の記述内容の検討が課題となる.そして,後者については,第13・14次調査データを用いたそれら質問諸項目に対する「回答の分布」の検討から始めて,つぎにそれら諸項目の「信頼性」と「妥当性」の検討へとデータ分析を進めていく.
以上の検討から,つぎのようなことが確認される.(1)質問諸項目の内容の理論的な背景は必ずしも明確でなく,それら諸項目の形式についても十分な検討がなされているとはいえない.(2)質問諸項目の「相関マトリックス」「因子分析」「クロンバックのα係数」による検討から,それらが「共通の内容」を含むものであることが示唆されるものの,それらの「関係性」「構造化」「信頼性」のレベルは低い.(3)諸項目の「妥当性」の検討から,いくつかのケースで「理論的に予測された関係」が確認されず,それらの諸項目のほかの諸項目との「異質性」が示唆される.
では,なぜこのような結果がでてくることになったのであろうか.その原因の探索が今後の課題となる.具体的な方略としては,(1)本稿で試みた「量的分析」と選択肢の「記入欄」の内容分析などの「質的分析」とを組み合わせたmixed methods approachの試み,(2)選択肢の「表現形式」の影響についての実験計画法のアイディアにもとづくシステマティックな検討,があげられる.

キーワード:「日本人の国民性調査」,二次分析,理論的な背景,構造分析,項目の妥当性の検討.


第69巻第2号367−388(2021)  [原著論文]

企業–銀行間のデータ結合と機械学習による金融政策効果と波及メカニズムの検証

総合研究大学院大学 園田 桂子
統計数理研究所 山下 智志

要旨

金融政策効果の実証分析は専ら経済分野で扱われ,主にパネル回帰分析が行われてきた.しかし,これらは評価と解釈がしにくい高次元のダミー変数を導入しており,回帰式において他の説明変数が担うべき要因をダミー変数に説明させている可能性がある.本稿では,機械学習の予測精度の高さを利用して,金融政策の効果について考察する.1つめの分析では,企業の借入前年比を被説明変数に,金融政策変数を離散変数として説明変数に用い,かつ,銀行や企業の財務変数やマクロ経済環境変数が企業の借入前年比に影響を与える一方,金融政策の介入/不介入にも影響すると考えた上で,Double Machine Learning(DML)を用いて,ルービンの因果効果における平均処置効果を推定した.この結果,企業のバランスシートを通じた金融政策の介入効果があることが示唆されたものの,その影響度合いは大きくないことがわかった.2つめの分析では,企業の借入前年比を増加か否かで離散変数に変換して被説明変数に,金融政策変数は連続変数のまま,銀行や企業の財務変数やマクロ経済環境変数と共に説明変数に用いてランダムフォレストによる予測モデルを構築し,Partial Dependence Plot(PDP),Accumulated Local Effect(ALE),及び2次元ALEによる金融政策への感応度分析を行った.この結果,1つめの分析と同様に,金融政策の影響度合いは大きくないことと,銀行の資金供給よりも企業の資金需要を通じた影響が強いことがわかった.一方,金融政策は引き締めや緩和の水準や変化の幅というよりも,政策を転換したことが影響を与えている可能性があること,緩和的な金融政策下では規模が小さい銀行や保有流動性が低い銀行が企業向け融資をより活発に行う交互作用が認められることが示唆された.

キーワード:データ結合,金融政策効果,平均処置効果,Double Machine Learning(DML),Partial Dependence Plot(PDP),Accumulated Local Effects(ALE).