統計的地震予測の組織的研究

地震予測のための統計的諸問題

 

1. 基本的な考え方
2. 計画の概要
(1) 地震発生データにもとづく地震活動の研究
(2) 地震の確率予測のための研究
(3) 物理的素過程モデルと地震活動の接面
(4) 各種データの有効利用と品質管理
3. まとめ

 

地震活動研究の精密化、地震発生準備の複雑系の研究、地震の確率予測とその性能比較、データの品質管理と有効利用などには統計モデルや方法が不可欠であり、目的に応じて各種統計モデルの開発が望まれる。

. 基本的な考え方

地震動の波形、震源データ、傾斜計歪計GPSなどによる地殻変動データ、その他の地震予測に関連する諸データが日々刻々蓄積され、データの内包する情報量は急激に増大している。新地震予知計画においては一層稠密な観測地点を設けより精密な地震要素の推定や関連する地球物理的現象の観測が提案されている。精密な多くの関連情報を集めること、これが科学的研究の第一歩であることは確かである。

しかし、これらの監視モニターなどによって、伝統的な記述統計的手法や諸物理量などを単に可視化するだけのデータ処理だけでは行き詰まりの様相を呈していることも事実である。これは地震発生現象が極めて多様で複雑な確率的性質を併せ持ち、決定論的・物理的なモデルのみで解明をするのが現状では困難であることを示している。

しかし、どのように地震発生に至る地殻の物理的素過程が明らかになったとしても、来るべき地震の時期、場所や大きさが決定論的に予知できるということは考えづらい。地殻内部の複雑な系の一現象である地震発生の現実的な予知は確率予測でなければならないし、予知研究の進展は結局その確率予測の性能の向上として評価されなければならない。

地震の発生過程や地殻活動の素過程のそれぞれの研究の発展段階に見合った物理的モデルや未解明の異常(前駆)現象などを如何に確率的予測に結びつけるか、その有効性をどのように計るか、これらとデータを結び付ける統計的研究を押し進める必要がある。

. 計画の概要

新地震予知研究の一つの重要な柱は地殻内部の複雑系とその各種素過程を明らかにする科学的探求であることは言うまでもない。しかし同様に重要で必要とされていることは、未解明の部分を補うためのブラックボックスのシステムの同定を関連データに基づいて推論しパラメタの調節によって、より有効な予測へ導く工学的な探求であろう。統計的研究は科学的探求の推論を助けるのみならず、この様な工学的探求の一翼を担いうると考える。具体的には以下の項目ような研究の展望が考えられるが、なかでも中心的な役割を果たすものは点過程の統計的モデルの創造的開発である。

 (1) 地震発生データにもとづく地震活動の研究

震源カタログは他の各種地球物理データに比べ最も長い期間にわたり、検知能力の差はあるが地域を選ばず記録されている点で貴重である。これを有効につかう手だてはいくらでもあろうが、特に地震活動の統計的研究にもっと組織的に使われてもよい。これを有効に使う鍵は、研究仮説や目的に応じて、点過程モデルを構成し当てはめ、そこからもっと詳しい情報を引き出すことである。

点過程は地震発生のように突発的な確率的現象を抽象化した数学的モデルであるが、これが地震活動の研究に有効になりえた理由は1980年代頃から発展した「条件つき強度関数」によるモデル化と計算機環境の発展による最尤法の実用化である。条件つき強度関数は、ある時間や場所に事象(点)の発生する強度(確率の微分)をそれまでの履歴や他の情報で予測するという観点から定義された点過程の基本概念である。これを統計的予測点過程モデルとし最尤法で推定、Thinning 法でシミュレーション、そして「残差」解析などの統計方法の進展が地震活動の解析に広い可能性を示しつつある。

たとえばETASモデルは元来、一般地震活動を表現するために、余震の減衰の改良大森関数の重ねあわせたものとして創出されたものであるが、余震活動そのものを純粋な場合から群発型の複雑な経過までを量的に良く表現できる。また別の点過程モデルによって、異なる地域の地震活動の因果関係(相互作用)の検証、季節性・検知能力や応力場の変化など第3の因子の変化の探索などができる。この様に目的に応じて条件付き強度関数による自在なモデル化が可能である。

最近の地震カタログの精度向上を考えると、一連の地震活動において時間・空間・マグニチュードやモーメントテンソルなどの基本要素間の相互関係の統計的性質の探求、地震活動の非定常性や地域的多様性の研究など、それらの基礎研究はおおいにその余地がある。とくに時空間データを直接的に解析し、地震活動の地域差などを考慮のうえに、これらを物差しに地震活動の微妙な静穏化や活発化の地域や時間の検出などの異常活動の検出能力を拡大する標準的地震活動計測モデルの進展が望まれる。

他方、順調な地震活動であっても、最尤法で求められるモデルは平均的な地震活動の近似でしかない。実際、例えばマグニチュード頻度分布のb値のように、データの下限のマグニチュードが小さくなるに従って隣接地域でも地震活動の違いが浮き彫りになってくる(地域内の不均質性)。これはモデルのパラメタが場所によって有意に異なっていることで認識される。この問題は位置依存パラメタのベイズ型大規模モデルによって攻略でき、ETASモデルも同様の拡張の筋道を辿ることになろう。この様にして求められた地震活動の地域的不均質性や時間的非定常性の変化と地質や応力分布、その変化などの地殻内の物理的諸過程との対応の探索を進めることになろう。

地震カタログの各種除群化も本質的には地震の群れについての暗黙の統計モデルと考えられる。除群アルゴリズムのパラメタの調節を客観化し、適合性を比較できるように直接的にモデル化すべきである。

 (2) 地震の確率予測のための研究

地震活動の静穏化や活発化などは大地震の前兆現象として数多く指摘されてきたが、その量的把握には、除群カタログに基づく方法とデータをそのままを使用する方法がある。前者が圧倒的に多く、Z統計量(Z-map)β統計量、M8アルゴリズム、Fuzzy membership 関数、CHASEなどであり、後者は群れの性質を含んだ点過程モデルをあてはめ、その残差過程を見るというものである。しかし、これらの異常性がどのように確率的に大地震の発生に結びつくのかについての総括的な研究はなされていない。たとえばM8アルゴリズムは、これが有効であると考えるならば、TIPを宣言するために数量化された地震活動の各種先行パタンを大地震発生の確率に結び付けるようモデル化することが望まれる。確率予測にとって重要なのは総括的な研究である。実際、複数の観測要素にもとづく複合的確率予測を考えるためには地震カタログにおける発生時刻、震央、深さ、マグニチュード、メカニズムなどのパタンと予測対象の大地震との関係の有無についての統計的探査の徹底が必要であり、これがこれまでの研究で尽きているとは考えられない。

たとえば前震の事前認識の問題について考えてみよう。気象庁カタログのM4以上の全ての地震を或る規準で群と孤立地震に分け、群れの成分に対して本震・余震・前震・群発地震を定義したとき、任意の地震群が前震である確率は平均的に5%前後である。ところが総括的な統計的解析によると、この確率には地域性があるだけでなく、群れの時空間的な集中度やマグニチュード系列の増減パタンによって有意に確率が違ってくることが分かる。これらの調査に基づいてlogitモデルを構成して、ある期間のデータで最尤法で最適パラメタ値を求め、残りの期間のデータで確率予測を試験的に行ったところ、その有効性が確かめられた。確率予測の実績評価法は、降雨予報の評価に実際に使われているものなど各種あるが、地震発生の確率予報の場合その発生頻度の稀少性から見て相対エントロピー(対数尤度)によるのが最も現実的であろう。この確率予報の評価にもとづいて、競合する予測法式による結果の有効性の比較をしたり予測モデルの改善を促すことになる。

確率予測は天気予報の様に常時計算されている必要がある。注目されている地域のみならず、なるべく全体をカバーするようにすることが確率予測の実績評価データを蓄積し改善するために有用である。確率予測は平均的な確率値からの変動幅が大きいほど予測の情報が効率的に働いていることを示す。その意味で独立な複数観測項目による確率予測が有効であり、これは離散時間ではLogitモデルで従属観測項目の場合に一般化でき、連続時間では適当な条件付き強度関数モデルで表現される。

近い将来に実用化できそうな課題は大きな余震の確率予報である。改良大森減衰公式と Gutenberg-Richter のマグニチュード頻度分布に基づく確率予測は既にカルフォルニアで実用化され日本でも実用化されようとしているが、本稿で展望しているのは相対的静穏化の前兆(前駆)を組み込んだ確率予測である。

空白域、固有地震に基づく予知に関して否定的な統計的評価をしている論文もあるが、これは、これらの概念が根本から否定されたものではなく、大地震発生の相互作用や最大規模地震の地域的非一様性などを考慮するべきものであると考える。この立場から、確率予測に結びつきうる 更新過程モデル、Time-Predictable モデル や Stress-Release モデルなどの点過程モデルが時空間版に適切に進化することが望まれる。

 (3) 物理的素過程モデルと地震活動の接面

火山性の地震や各種群発地震は傾斜計や歪み計の変化や地球潮汐の変動と同期したり、しなかったりする。応力の蓄積と地震発生の力学的メカニズムの研究も急速に進んでいる。十分な密度のGPS観測網によって応力分布の時空間変化が捉えられる様になってきている。この様な地下の場の変化の物理モデルと地震活動を結び付ける時空間点過程などの統計モデルの作成を通じて震源カタログなどの地球物理各種データとの相関・因果関係や時間的遅れの統計的探索や検証をする。このような入出力のデータによる地震発生システムの同定、パラメタの調節については最尤法でもベイズ法でも尤度に基づいており、これが自然で現実的な方法である。事実、見えない地殻内の各種の変動素過程を捉えることは地表や限られた部分で観測されるデータの逆問題であり、ABICなどに基づく客観的かつ大規模パラメタのベイズモデルの構築と求解によることが多いと考えられる。

これらの合理的なモデルによって得られた可視化情報に対応して、b値、ETASモデルの α0 値などの地震活動モデルの時間・空間パラメタの変化などを求め、アスペリティや断層面の強度分布・応力分布や地震発生準備過程の研究などに資するような計量的把握を進める。

この他にも微小地震のコーダ波の減衰パラメタの変化、地球電磁気や地電流の変化、井戸の水位、地球化学成分の量的変化などの異常変化を客観的に分類したものと、実際の地震活動との量的関係について確率予測に有効に結び付けられるか、その様な研究が進められると考える。その為には、これら諸データの正常な推移がどのようなものなのか、その変動がどのような物理的・化学的変数で説明されるものなのか、これらの定性的な研究にのっとり、統計的入出力システムを構成しパラメタを調節し定量的な研究を進める必要がある。例えば井戸の水位、歪み計や傾斜計、GPSなどの測地的データは気圧、降雨量、地球潮汐、海洋潮汐、地震後余効変動などに関係しているのは明らかであるが、その時間遅れやサイズなどの量的関係のみならず空間的相関や非線型性は地域性・個性に依存してモデル化し調節せねばならない。その上で、これらの異常現象と地震の発生の確率変動への効果の有意性を検証するためには別種の統計モデルが有効である。

 (4) 各種データの有効利用と品質管理

日本のような高度情報工業国、気象現象の変化の激しい土地柄では各種地球物理データには非定常非線形な各種ノイズも混入し、単にデータを蓄積するだけでS/N比があがることを多くは期待できない。このためには各種ノイズの変化の統計的なモデルを通して有用な情報を取り出すことを考える必要がある。季節変化、地球潮汐、気圧変化や降雨効果を分離するBAYTAP-Gや状態空間時系列モデルなどのベイズ型モデルは、まだごく限られた現象にしか応用されておらず、モデル自体もそれぞれのデータとニーズに応じた創造的拡張発展を迫られている。

また折角多大な努力で採取した膨大なデータも長期にわたる均質性を維持するのは大変である。計測器の特性や計測手法の変化などを考慮したデータの品質管理について多くの努力を注ぐことは地味ではあるが重要な課題である。データの不均質性の中味を探る解析や検出力の時空間的変化などを推定する統計モデルも数多く考案されてよい。例えば気象庁の地震カタログの検知能力の変化を推定して検出された全てのデータを有効利用して日本全土のb値や地震活動度の変動の解析をする統計モデルも既に提案されている。いずれにしても、定常的にデータを編集している各関係機関内で直面する共通の技術的な問題として重要視して積極的に取り組んでいかねばならないと考える。歴史地震、明治・大正の地震発生などの記録は世界の何処でも期待できないほど情報量が多く貴重である。これらのディジタル化など解析の実用化のための整備・編集などは重要である。

3. まとめ

新地震予知研究は地震学等の固体地球物理学に留まらない幅広い領域の科学を結集されるであろうが、データ解析の科学としての統計学も地震予測の実用化に向けて以下のような項目で組織的に貢献できると考える。

 (1) 地震活動を計測する統計的時空間モデルの開発を進める。地域的多様性や非定常性の変化を捉えるベイズ型モデルの開発と現実的な推定法の進展を進め、地殻内の応力分布や強度分布などの変化の研究に貢献する。

 (2) 地震活動の静穏化、空白域、前震、その他の前兆異状現象の諸提案の統計的吟味を確率的予測の観点から評価する。震源カタログや関連地球科学的データに基づく、客観的でより有効な確率予測の為の統計的モデルの開発とその予測評価の研究をすすめる。

 (3) 応力場などの地下の物理場の変化などの物理的素過程モデルと地震活動を結び付ける統計モデルの作成と、これを通じて地球物理各種データを入力とし地震活動を出力とするシステムの因果関係の適合度をはかるなどの統計的探索や検証をする。

 (4) 震源カタログや各種地球物理データの時間的空間的均質化、異常値欠測値の補間、地球物理現象の各種ノイズの除去、および各種データ間の相互使用のための規格化標準化などデータの品質管理に関わる統計的研究をすすめる。


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Updated on 28 December 1999