第50巻第2号119−132(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [原著論文]

マルコフ切り換え確率的トレンドモデルを用いた
TOPIXのトレーディング戦略

総合研究大学院大学 袴田 守一

要旨

本稿は,金融資産価格変動の2つの特性である“トレンド傾斜の変化”と“不均一分散”に焦点をあてる.これらの特性をモデル化するために,マルコフ切り換え確率的トレンド(MS−SC/ARCH)モデルを提案し,トレーディング戦略のツールとしてのMS−SC/ARCHモデルの有効性を評価する.MS−SC/ARCHモデルは,トレンド傾斜の変化とボラティリティにかかわる2つの状態から構成されている.時系列の状態間遷移は,1階,2状態のマルコフ切り換え過程に依存する.東証株価指数(TOPIX)を使った実証分析では,トレーディング戦略にとって有益なトレンド傾斜の推定に成功し,MS−SC/ARCHモデルを利用したトレーディング戦略は,他のいくつかの戦略よりも良好なパフォーマンスを得ることができた.

キーワード:ARCH,不均一分散,マルコフ切り換え,TOPIX,トレーディング戦略,トレンドの傾斜.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号133−147(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [研究詳解]

モンテカルロフィルタを用いた金利モデルの推定

東京大学 高橋明彦
統計数理研究所 佐藤整尚

要旨

金利の期間構造の実証分析に関し,一般化状態空間モデルに基づくモンテカルロフィルタを用いた新しい推定方法を紹介する.さらに,日本国債市場の時系列データを用いた例を示した.

キーワード:一般化状態空間モデル,モンテカルロフィルタ,金利モデル,アフィン型期間構造モデル,日本国債,スワップ金利.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号149−164(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [原著論文]

正則化非線形回帰モデルによる
イールドカーブの推定

統計数理研究所 川崎能典
九州大学大学院 安道知寛

要旨

McCulloch(1971)以降,利付債のクロスセクションデータを適当な基底関数の組に回帰させて金利の期間構造を推定するという方法は,学術・実務の両面において広く定着してきた.しかし,推定されたイールドカーブ(特にフォワード・レート)の安定性や,基底関数の個数の決定などについては今なお問題が残されており,これらに関して多くの研究・提案が行われてきている.本稿では,推定曲線の不安定さは,基底関数や節点の位置の選択以上に推定問題の不適切性に起因すると考え,より一般的な解決策を目指して正則化法によるモデリングを行う.すなわち,従来の単純な最小二乗法ベースの手法に代わって,罰則付き最尤法の利用を提案する.また,割引関数とフォワード・レートを同時に安定的に推定することを可能にするために,新たにガウス基底関数に基づく統計モデルを導入する.モデル構築に当たっては,正則化(平滑化)パラメータ,基底関数の個数,基底関数の広がりを表すパラメータの選択が本質的となるが,本稿では一般化情報量規準GICの枠組みに基づいて選択規準を与える.最後に日本国債のクロスセクションデータを用いて,提案した手法を実際に適用した例を示すとともに,フォワード・レートが安定的に推定されることをブートストラップ法で確認する.

キーワード:イールドカーブ,罰則付き最尤法,ガウス型動径基底関数,一般化情報量規準.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号165−199(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [総合報告]

GIG 分布とGH 分布に関する解析

東京大学 増田弘毅

要旨

R上のGIG(generalized inverse Gaussian)分布,及びそれから正規尺度平均混合によって派生するR上のGH(generalized hyperbolic)分布に関する様々な解析的性質を紹介する.これらは近年様々な形で数理ファイナンスで応用されており,ある種の非正規性を持つデータへの大きな順応性を有するものである.特にこれらの分布は自己分解可能性を持ち,従って1次元オルンシュタイン−ウーレンベック型過程の不変分布としての特徴付けが可能であるということについても述べる.また,付録として多次元GH分布とその性質を紹介する.

キーワード:自己分解可能性,正規尺度平均混合,無限分解可能性,GH分布,GIG分布.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号201−216(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [原著論文]

平行性の仮定と格付けデータ:
順序ロジットモデルと逐次ロジットモデルによる分析

中央青山プライスウォーターハウスクーパース・
フィナンシャル・アンド・リスクマネジメント(株)
安川武彦

要旨

格付けデータは順序付きの離散データであり,その分析には,順序ロジット(プロビット)モデルが広く用いられている.しかし,この分野の研究では,その前提条件となる平行性の仮定が満たされているかどうか十分に検証されてこなかった.本稿では,順序ロジットモデルと逐次ロジットモデルを取り上げ,平行性の仮定を検証した.その結果,どちらのモデルでも平行性の仮定がみたされず,格付けデータの分析には,この仮定を緩めた拡張逐次ロジットモデルが望ましいことがわかった.

キーワード:格付け,順序ロジットモデル,逐次ロジットモデル,平行性の仮定.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号217−240(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [原著論文]

銘柄間の価格連動性を考慮した社債価格モデル
に基づく信用リスク情報の推定
−倒産確率の期間構造と回収率の推定−

ニッセイ基礎研究所 津田博史

要旨

今日,上場企業の倒産が増え,信用リスク(credit risk)が顕在化しつつある.企業が資金の調達のために発行した社債の市場価格には,信用リスクが反映されてきている.本稿では,普通社債の価格に焦点を当て,新しい社債価格モデルを提案し,それを社債価格データに適用して,格付け毎の倒産確率のインプライドな期間構造,期待損失額の推定や価格モデルとしての有効性を示す.本稿で説明する社債価格モデルは,社債価格の変動を把握するための実践的方法として,統計的モデル・アプローチに基づいたものである.統計的モデル・アプローチは,ファイナンス理論を基礎としつつも,現実に観察される現象(金融資産の価格変動)の特性を客観的に把握し,そして,その観察・把握した結果と整合的な計量モデルを推定し,その計量モデルを通して理論的類推・説明を行うといった帰納的な推論方法を意味する.この社債価格モデルを通して,格付け毎の回収率や同じ格付け内の業種毎の倒産確率の期間構造を推定することができる.実際の社債価格データにモデルを適用することで,倒産確率の期間構造に関して有意義な知見が得られた.

キーワード:社債,確率的割引関数,期待損失額,倒産確率の期間構造,一般化最小2乗法.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号241−258(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [研究ノート]

大規模データによるデフォルト確率の推定
−中小企業信用リスク情報
データベースを用いて−

総合研究大学院大学 高橋久尚
統計数理研究所 山下智志

要旨

信用リスク管理という観点から,企業の倒産(デフォルト)確率を正確に把握することが重要である.しかし,従来中小企業の倒産確率については,データの整備が遅れ,まとまったデータの入手には困難があった.しかし今般,銀行,信用保証協会,中小企業庁の協力を得て設立された CRD が信用リスクおよび財務データの共有化と一元管理を行い,データベースの構築を行ったことから,大量の中小企業データの整備が進み,これらのデータに基づく研究が可能となった.そこで,線形ロジットモデルを用いて,中小企業の財務データから倒産確率を求めた.説明変数の検定にはt検定を用いた.一般に,中小企業の財務データは欠損値(欠測値)が多く含まれており,そのため多くの統計的困難を生じる.この点を独自の方法で回避することを試みた.本稿では,特に企業の規模による倒産確率の違いについて考察した.

キーワード:信用リスク,ロジットモデル,倒産確率,中小企業.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号259−278(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [原著論文]

地震リスクの証券化に関する数理解析

アジア防災センター 矢代晴実
東電設計株式会社 福島誠一郎

要旨

自然災害リスクについては,保険引受能力(保険キャパシティ)の収縮及び引受条件の厳しさにより,従来の保険によるリスクの移転には限界があり,営業損益等の幅広いリスク補填を得るためにも金融市場の大きさを利用してリスクの経済的処理を資本市場から得ようとする動きがある.本研究では,地震リスクの資本市場移転手法として証券化を取り上げ,地震データの統計的な処理を実施し,証券化に必要な項目のための数理解析手法を提案し,リスク移転の効果をリスクヘッジ側及びリスクテイク側の両者の観点から評価できることを示した.さらに,東京都内に一様に存在する73棟の建物(資産)からなるポートフォリオにこの手法を適用し,地震リスク証券化におけるリスクカーブ,PML,年期待補填額等を整理した.

キーワード:建物(資産)群,地震リスク,地震データベース,リスク移転,リスクの証券化,モンテカルロ法.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第50巻第2号279−301(2002)  特集「ファイナンス統計学」  [研究詳解]

負債要件を考慮した無限期間年金ALM

統計数理研究所 山下智志
野村総合研究所 矢頭智夫

要旨

年金ALMを多期間ポートフォリオ問題として取り扱うアプローチは,近年詳細に研究されている.その多くは通常のポートフォリオ最適化と同様に,収益率の平均値と分散で効用を評価している.しかし,年金数理計算の要件を考慮すれば,インフレ率など資産側にも負債側にも影響のある変数があり,その相殺作用を考慮することが重要である.本研究ではこの点について,掛金率の増減に着目したリスク評価を採用したモデルを作成し,実用性を検討する.また,これまでの動的計画法を利用したモデルでは有限期間を前提としているため,実際の運用政策決定に利用するには限界がある.そこで,本研究は永続的な資金の例として年金基金のALMを取り上げ,その多期間最適ポートフォリオ政策の作成モデルを提案する.その過程において,従来の方法である動的計画法やシナリオアプローチの持つ問題点を指摘し,それぞれの長所短所を比較する.その後,上記の問題をマルコフ計画問題として定式化し,それを解いて結果について検討を加える.

キーワード:年金ALM,多期間最適化,マルコフ計画問題,掛け金率,資産配分.

全文pdf閲覧前画面に戻る