統計数理研究所

2010年 統計数理研究所 公開講演会

「環境問題を科学的に考えよう」

−地球環境・生活環境保全に対する統計数理の役割−

「地球温暖化問題への衛星観測の貢献」
横田達也(国立環境研究所 地球環境研究センター衛星観測研究室長)

世界各国で地球温暖化への対応・対策を求められていますが、温暖化の原因と言 われている温室効果ガスの地球全体での分布状況やその変動については、世界で 偏り無く正確に把握されているわけではありません。また、的確な対策を講じる ためには、その温室効果ガスの増減に寄与する森林などの陸域生態系の応答や、 森林面積の変化についても正確に知る必要があります。そのために地球全体を均 等に測定できる衛星観測の貢献が求められています。現在、温室効果ガスの衛星 観測分野では、日本の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)が世界を リードしています。「いぶき」は毎日世界のどこかで、主要な温室効果ガスであ る二酸化炭素とメタンの濃度を測定し続けています。ただ、人工衛星には観測精 度や解析誤差管理の観点から、得意な点と不得意な点があります。これらの点を 踏まえながら、「いぶき」プロジェクトの特徴と現状について、わかりやすくご 紹介します。

「化学物質のリスクを測る」
蒲生昌志(産業技術総合研究所 安全科学研究部門リスク評価戦略グループ研究グループ長)

環境問題にきちんと取り組むことは簡単ではありません。それは二つの理由があると思います。一つは、私たちが取り組むべき問題が、必ずしも目に見える形で存在していないことです。多くの場合、日常生活では気づかない程度だけれども確かにそこに存在して、ある時に取り返しのつかない事態に陥っていることに気づくという危険性があります。もう一つは、何か一つの原因と一つの結果があるような単純な構造ではないことです。良かれと思ってしたことが、期待した効果がないばかりか、思いがけない副作用を持っていたりします。

私は、環境問題を「科学的」に考えるということの中で、とくに数字で考えることが大切だと考えています。あんな事が起きるかもしれない、こんな事がおきるかもしれないではなく、「あんな事」や「こんな事」による被害はどのくらいの大きさなのか(たとえば金額として)?「かもしれない」というのはどのくらいの確率なのか(五分五分なのか、万が一なのか)?と考えるのです。このように考えることで、私たちは、環境問題の重大さときちんと向き合うことができるようになります。

化学物質リスクの問題は、環境問題の一つですが、やはり、そのリスクの大きさを数字として表現することが大切です。ある化学物質のリスクを、他の物質や他の事象のリスク、対策にかかる費用、その物質のもたらす便益などと比較できれば、そのリスクを不必要に恐れたり、逆に無視して後悔したりしないで済みます。

講演では、化学物質のリスク評価に関する研究事例を紹介しながら、数字で考えることの重要性について具体的に説明します。環境問題を考えるためのヒントにしていただければと思います。

「環境問題と統計数理」
椿 広計(統計数理研究所 リスク解析戦略研究センター長)

皆さん方は統計科学が、環境科学とどのように関わっているとお考えでしょうか?統 計とか数理とかいうと大変面倒臭いもののように思えるかもしれませんが、統計は事 実に基づいて事実をコントロールするための基本的な方法論で、環境科学においても 大きな役割を果たしています。

第一に、環境の変化というのは大変大きな不確実性に支配されていることは想像され るでしょう。大気汚染レベルも昼と夜とでは違うでしょうし、平日と休日でも違いま す。季節の変化もあるでしょうし、年々勿論、都市とそれ以外の地域でも違います。 この種の環境変化について、どのような傾向があり、将来どのようになってゆくのか といった予測を行うには統計的方法、特にモデリングといった方法論が大切になりま す。天気予報の確率予報のように、大体この位の範囲で環境が推移するでしょうと いった範囲を示す予報などを行うのには統計数理は必ず必要なのです。単純な予報だ けではなく、統計数理は様々な環境の尺度がお互いにどのような影響を与え、それを 人間はどのように観測しているのかといったシステムを明らかにすることにも使われ ています。この講演では大気汚染や水質汚染を例にこの種のモデリングの例を示して みます。

次に環境を測定することは意外と難しいのですが、この環境測定の誤差を評価して、 どのような測定技術ならば信用できるかというようなことにも統計数理は利用されて いるのです。

また、環境汚染をどの程度まで抑え込むのが妥当かという規制値を決める合理的な根 拠を与える際にも統計的方法は重要な役割を果たします。この種の規制の考え方は、 各国の文化、特に倫理感のようなものに強く依存するのですが、統計的推論と倫理と の関係なども含めた議論も紹介したいと思います。

この講演では、環境分野で実証的な研究を推進してきた2名の先生の講演を受けて、 様々な環境問題で統計数理というものがどのような役割を果たしているのかをできる だけ平易に紹介したいと思います。

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