研究室訪問

自治体や組織の意思決定の構造メカニズムを研究

 大学での行政学、大学院の社会工学、統計数理研究所での統計学と社会調査の知見と手法を駆使し、母国と似ていて違う国、日本で自治体や地域コミュティーの意思決定と行動のメカニズムを解明している。問題の現象はどうして起きるか。それを解決していくためにはどうしたらよいか。文系と理系の知識を融合し物事の本質に迫ろうとする。とくに関心があるのは、人間の意思決定や行動の背後にある心理的ファクターのことだ。

 韓国・高麗大学の行政学科を3年余の飛び級で卒業し、大学院へ進んだ時、日本の文部科学省の国費留学生へ応募することを勧められた。大学の推薦を受けて合格し、東京工業大学大学院の社会工学専攻を選んだ。韓国では大学入試で文理両方の科目が課せられるため文理の壁は低く、日本では新しいことを学びたいとこの専攻に進んだ。社会工学は、数理科学と経済学、心理学、哲学などから社会の問題を把握し、その構造をとらえ、解決させるための道筋を示していく学問で、日本でも新しい分野だ。朴は、大学で学んだ行政運営、組織運営の行政学とリンクさせることができると考えた。

顔写真

朴 堯星
データ科学研究系
構造探索グループ助教

高麗大で行政学、東工大大学院で社会工学を学び日本の行政改革を調査

 東工大で修士、博士課程、助教と約10年を過ごした時、統計数理研究所の公募を知り、平成24年(2012年)4月に助教として入所した。大学以外の研究機関の空気を知りたかったこと、大規模な社会調査を実施している統数研に魅力を感じたからだ。

 東工大時代は、イギリスのサッチャー首相が始めて、その後アメリカ、ニュージーランドなどに影響を与え、2000年代初めに日本に入ってきた行政改革NPM(New Public Management)の有効性について研究した。仕事の自己評価制度を取り入れた三重県庁、予算編成に関して大幅な権限委譲をした静岡県庁と、両方とも実施していない関東付近3県庁とを1県庁300人程度の職員質問紙調査によって比較した。三重、静岡の方が職員たちの仕事の充実感、満足感は高く、県民によりよい仕事を提供していることが分かった。NPM行政改革の効力を明らかにし、博士論文になった。

 また、公共の財政が厳しい時代に個人でも全体でも納得できる意思決定の方法を探るため、地域活動をめぐる住民の心理的メカニズムを研究した。個人は損か得かという合理性だけではない選択をすることがある。楽しい、他人のためになりたい、協力したい等の理由だ。ボランティアの精神に通じる。信頼、公平の規準もある。この研究から、公共の物事を決める時に考える要因として個人の心理的ファクターを取り入れることを提案した。

研究を通じて価値ある人間になりたい

意思決定での心理的ファクターに注目し、地域住民の合意形成を明らかに

 統数研での専門は社会調査、組織心理、行政学で、それまでの研究活動がベースになっている。研究テーマは「構造方程式モデリングによる自治体職員の心理メカニズム解析」と「組織と個人の意思決定プロセスのマルチレベル分析」の2つ。よりよい自治体活動、よりよい組織運営を求めることが研究の目的である。

 現在、取り組んでいるのは「コミュニティー・ガバナンスの成立条件に関する研究」。公園や景観など地域公共財は、行政と自治会、地域住民の誰が管理するのが1番いいか。最近、東京都内の2つの閑静な住宅地で地域コミュニティーや自治会が行政の協力を得ながら景観や公園を守る動きがあり、質や効率面で効果を上げている。地域のことは住民自身がもっともよく知っている。行政から一定の理解を得ながら住民自身がマネージメントをするのがコミュニティー・ガバナンス。そのためには住民側も労力や時間でかなりの負担がかかる。その住民たちのパワーの源と、ガバナンスを継続させるための方法を調べ、地域住民の合意形成に至る心理的プロセスを明らかにしようとしている。

 研究所での仕事は他にも多い。社会調査では、年々回答率が低下している郵送法の改善策を探している。一筆箋に手書きで依頼文を書くと効果があるという。研究所が1953年から行っている大規模な日本人の国民性調査や1973年からのアジア太平洋諸国における国民性国際比較調査にも参加している。また、自治体組織における職場での協力体制の在り方について、文科省の科研費を得て継続的に調査、研究している。

適用分野が広い研究所をアピールしたい

 こうした、さまざまな研究活動を通じて常に心がけているのは「社会の問題は、人間の合理性だけではなく、その背後にある心理的ファクターによって起こされるので、世間が言うほど単純ではない。シンプルに考えることはしない」ということだ。「問題、現象に対して疑問を持つこと。その問題に対して、いまできる解決策を具体的に納得できる理由で提案できる科学者になりたい」

 多くの人に知ってもらいたいのは「統計は、小さなサンプルから得られた結果から全体の母集団や先を予測できる。これは効率がよく、価値がある」ということ。ビジネスにも十分使えると明言する。統計数理研究所には数学者だけではなく、いろんな人材がいることも知ってもらいたいという。「私がやっていることは行政に近いですが、ここにはいっぱい人材がいて汎用可能性が高い。適用分野が広い研究所ということをアピールしたい」

 研究を通じて価値ある人間になりたいと言う。まずは行政学と社会工学、統計学から編み出したオンリーワンの研究の価値を国内外の学会などを通じて広く知ってもらうこと。次に自分が成長し「国費留学生という投資や韓国と日本での足跡に見合う価値ある人間になること」だ。まだ若手の研究者だが、将来像はしっかりと見据えている。「日本へ来て12年目、向こうへ帰る気はあまりないです。周りの人がすごくよかったと思うんです。1度もさびしい思いをしたことがない。日本と韓国の両方のために頑張ります」

(広報室)

図1.New Public Management理論に基づき三重、静岡県庁の行政改革を評価したところ、高い成果評価を示した。図2.目的指向型経営管理行動には、職務充実度を介在して、内的動機づけとチームワークを向上させる効果がある。

写真1.SC12(スーパーコンピューターの国際会議)で国民性の国際比較調査データを用いて、各国で働くことの価値観の相違を報告。

ページトップへ