研究室訪問

質の高いデータを求めて調査方法を研究

 昨年10月9日、「読解力、数的思考力ともに日本は1位」というニュースが各紙朝刊1面で報じられた。経済協力開発機構(OECD)が世界24か国・地域で行った「国際成人力調査」(PIAAC)の結果である。このPIAACでNational Sampling ManagerおよびNational Data Managerとして日本の調査設計やデータの取りまとめに当たったのが土屋である。日本人のIT活用力は紙の調査に答えた人も含めると高順位ではなかったが、質問にパソコンで答えた人の中では世界トップだった。

 全国的に関心が高い「全国学力・学習状況調査」では文部科学省専門家会議の一員として平成19年度の初回調査から設計・分析に加わり、抽出調査となったときの設計も行った。この延長線上で「横浜市学力・学習状況調査」の分析も行い、最近では体力調査にも関わる。統計数理研究所では珍しい教育学部(東大)出身で、教育関係の調査に関わることが多いが、他にもさまざまな調査に携わっている。研究所が昭和28年(1953年)から実施している世界的に珍しい継続調査「日本人の国民性調査」では、平成6年(1994年)の入所直後から分析や広報などいくつもの作業を担当している。さらには東京多摩地域住民意識調査を立案して実施しているほか、内閣府や財務省、国税庁、経済産業省、特許庁、国土交通省、総務省、環境省、法務省など国の多くの重要な調査に関わっている。

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土屋 隆裕
データ科学研究系
データ設計グループ准教授

調査票の設計、間接質問法、調査不能バイアスの調整などに取り組む

 多くの調査に携わる中で気がついたことがあるという。「最初のデータ、回答がいかに頼りないものか、深く関われば関わるほど分かってきた。統計調査はどういう仕掛けで、いかに質の高いデータを採るかという最初の設計がもっとも肝心。良質のデータさえ得られれば、統計的な分析方法はむしろ可能な限りシンプルな方が世の中へのインパクトは大きく、役に立つ調査になる」。質の高いデータを採るために調査方法の研究を行っている。

 例えばプライベートな経験の有無など、なかなか素直には答えづらい事柄を調べる方法として「間接質問法」を研究している。集団を2つに分け、一方の集団には、プライベートなことを含む5つの選択肢のうち経験した項目の数のみを答えてもらい、別集団にはそれを含まない4つの選択肢の中で経験項目数を答えてもらう。その差から経験者の割合を推定するというものだ。この方法は当初うまくいかなかったが、土屋が成功例を報告した論文を出してから、いま世界的に関心が高まっている。

 最近は回答者自身が調査票に記入する自記式の調査が非常に多いが、回答者は調査票をきちんと見て読んでいるのだろうか。そんな問題意識から、人の視線は調査票のどこに行きやすいか、視線追跡装置を使って調べることにも取り組みはじめている。

 調査結果からより正確な全体像を得るため、「調査不能バイアスの補正法」も研究課題の一つだ。調査には意識が高く協力的な人が回答することが多く、全体としては偏ってしまう。そこで、調査の中で聞いた年齢、職業、学歴などいくつもの項目を手がかりに国勢調査等を参考として日本全体の姿に戻し、その上で結果を出すなどというものである。さらに、回答者が調査に積極的に協力したかどうかなどの情報も取り入れ、補正の効果をより高めようとしている。

今後の研究目標は調査統計の研究を通じ人は何のためにどう生きるべきかを追求していくこと

肩の力を抜いて楽しみながら考えたものの方が使えるものになる

 中学生のころ、まだ珍しかったパソコンをお年玉貯金をはたいて購入し、ゲームなどをつくって遊んだ。将来はその道にと思ったこともあったが、「自分は何のために生まれてきたのか、人生の意味は何か」と悩み、答えを哲学や心理学に求めて文系へ進んだ。統数研へ入って中学生のころの遊びが仕事につながった。国民性調査の継続的な結果がよく分かるホームページをつくり、理解しやすいグラフの考案、膨大な調査結果のデータをひと目で見られるようにする可視化の取り組み。国民性調査の結果を広く国民に知ってもらいたいと、調査結果を印刷したトランプや、調査結果と歴史年表を入れた物差しをつくった。「難しく考えるよりも、ときには肩の力を抜いて楽しみながら考えた方が、自分でも驚く発想が出てきたり、使えるものになることが多い」。子どものころに培った柔軟な思考が生きている。

学力調査のデコボコチャートで子どもたちの学力の底上げを期待

 「楽しんで考えたこと」の1つが、全国学力・学習状況調査の結果報告のために考案した学校ごとの円形チャートである。円の真ん中に点線で全国平均値のマルが描かれる。チャートは学力、生活習慣、学習習慣、関心、自尊感情、規範意識などの項目に分かれ、各学校の得点が平均値を上回れば点線から外へ出て、下回れば点線より低くなって空白ができ、デコボコになる。レーダーチャートの変形でローズチャートとも呼ばれるが、土屋が提案したこのチャートはレーダーチャートよりも分かりやすいとして、実際に学校現場で生かされるよう全国3万の小中学校へ配布されている。数字中心の報告書では分かりにくかったことが、感覚的にひと目で判断できるようになった。全国の学校でこのチャートの活用が進めば、子どもたちの学力の底上げが期待できるかもしれない。

 今後の研究目標は短期的には「より質の高いデータ設計の方法を研究すること」だが、長期的には「調査統計の研究を通じ人は何のためにどう生きるべきかを追求していくこと」と語る。「『大学』に『物に本末あり、事に終始あり』とあるように、学問にも本・末があって、統計学などいまの多くの学問は末学にすぎない、人間としての生き方につながる学問こそ本学といわれる。末学の先に本学を求めるようになって初めて自分のしていることが本物といえるのではないか」。人間としての学問を追求する研究者である。

(広報室)

図1.自記式調査票の視線追跡結果。回答者が調査票のどこを見ているのか調べることで、調査票の見やすさや質問項目の分かりやすさなどを向上させ、回答の質を高める方法を研究している。  図2.国民性調査の結果を知ってもらうために作られたPRグッズのトランプや物差し。


図3.一般的なレーダーチャートに代えて、学力調査で用いられているチャートの例。


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