研究室訪問

品質管理のための統計的手法の開発

 戦後、製造業を中心に急成長を遂げた日本。高品質を保証する製造工程のレベルアップに、実学としての統計科学が大いに役立ち、「ものづくり品質立国」を成立させた。河村はその伝統を受け継ぐ統計研究者であることを自負する。

 研究分野について、「企業や工場における生産性の向上のための学問として生まれた経営工学に属します。経営活動を取り巻く現象を理解し、適切な操作を施すことで合理化・効率化を図る工学。その中で私は、統計的品質管理、品質工学(タグチメソッド)を主に研究しています」と話す。

製品開発のための統計学

 河村によれば、我が国は1980年代後半までは、品質管理の最先進国だったが、今ではその地位が脅かされているという。「近年、製品の設計・製造およびサービスの提供プロセスの質保証が不十分なために起きる事故や不祥事が多発しており、大きな社会不安になっています。我が国は欧米に比べ、統計工学の学術的研究はほとんどなされていないことが関係していると私は思います」と、力説する。

顔写真

河村 敏彦
データ科学研究系
データ設計グループ助教

 品質とは何か。それは品質マネジメントにおいては「顧客の要求との合致の程度」と理解される。つまり、個々の顧客の満足という主観的な概念が、統計的に要約されて品質評価に結びつく。1980年代までの品質管理は主に「製造品質」であり、これは製品が出来た後の工程ラインに関わるものだった。これらは2000年以降、中国、韓国、台湾、インド、東南アジアを中心に、製品の質向上のための優れた統計的品質(工程)管理が導入されるようになった。

 一方、河村は「これまでの品質管理のとらえ方では不十分だ」と考えている。品質管理の対象は「製造品質」から「設計品質」に移行し、下流から源流段階で質の高い製品が要求されるようになったからである。「源流段階、すなわち製品の設計開発段階における高度な統計的手法やシミュレーションを駆使した“ものづくり”の再構築が私たちに求められている」。

品質管理というと検査学としてのイメージが強いけれど、実は問題解決の学問であると主張したい

タグチメソッドと統計数理の融合を目指す

 2006年に統数研に入所し、河村が取り組んだのが「タグチメソッド」の研究だ。田口玄一博士(たぐち・げんいち、1924〜2012年)によって創設された品質工学。これは工業製品を効率よく開発・生産する汎用的な評価技術として知られている。田口は日本の製造現場を巡り、ペニシリンの生産性改善実験、伊奈製陶のタイル製造実験などに取り組んだ。さらに、米国に渡って電信関連会社であるAT&Tの半導体実験における特性のばらつき低減を実現した。その手法は1980年代に米国で高く評価され、「タグチメソッドとして日本に逆輸入されたことが、統計史において特に興味深いですね」と河村は言う。

 河村はタグチメソッドの中でも「ロバストパラメータ設計における統計数理的方法の開発」を研究テーマに掲げ、統数研での恩師・椿広計教授とともに『設計科学におけるタグチメソッド』(2008年、日科技連出版社)を著した。同書のあとがきで河村は「椿先生との議論においては、事あるごとにタグチメソッドの神髄に眼を開かされる思いがした」と書く。

 2011年7月から2012年3月まで米国アトランタにあるジョージア工科大学客員研究員として滞在。統計的実験計画法の権威である台湾出身のウー教授のもとで、主に統計モデルによるロバストパラメータ設計の研究を行った。若手研究者とのディスカッションを通じ、「技術ではなく、サイエンスとしての統計科学のおもしろさに開眼する思いでした」と振り返る。しかし、持ち前の現場主義に磨きをかけることも忘れず、GM(ゼネラルモーターズ)の技術開発センターなどを積極的に回った。米国産業界におけるパラメータ設計の取り組みなど意見交換を通じて、「外から見た日本の取り組むべき課題を見つけることができた」という。

問題解決学としての品質管理

 将来の抱負は、品質管理を問題発見・解決の科学として再構築することだ。「一般に品質管理というと検査学としてのイメージが強いけれど、実は問題解決の学問であると主張したい」と語る。

 その問題発見の可能性は、製造の現場にあると河村はいつも思っている。「社会が必要とする製品は、機械系・電気系などの固有技術と統計的品質管理などの管理技術とを適切にマネジメントすることにより生み出される」と持論を述べながら、主として産学の研究会に足繁く通う。製造現場の技術者の事例発表を聴くとき、その活気の中で自分自身が活性化される喜びを感じる。

 「私のやるべきことは、製品開発のための統計的手法の開発とエンジニアリングとの橋渡しであり、まずは現場の技術者のヒアリングがスタート」。ロバストパラメータ設計に関する近著3冊にも、現場の技術者への熱いメッセージが込められている。

 広島県生まれ。「製造業の現場が、学生の頃から私の身の回りにありました。工場で作られるもの全般に対する興味が、私の研究を支えているといつも思う」。統計科学の実学としての伝統が、現場にこだわる若手研究者によって守り育てられている。

(広報室)

図1.30年近く前から使っている計算機。


図2. 4つの遺伝子の系図。3回の祖先を共有する事象を経てひとつの共通祖先に到達。数字はそれぞれの事象の間隔の期待値。


図3. 匿名の日本人のY染色体に対する匿名の韓国人、米国人のY染色体との共通祖先の待ち時間の分布。配列データを用いることで、推測の曖昧さが黒い点線で示したパラメタ1の指数分布に対して著しく改善される。

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