研究室訪問

心理統計学、行動遺伝学、テスト理論の研究と社会調査を担当

 この研究所には中、高校時代から数学が得意で理系学部に学んだ人が多い。尾崎も医学部進学で知られる愛知県の高校で数学が得意だったが、理工系は自分には堅すぎると感じ、国語も得意だったことから心理学へ進んだ。いつかは数学を生かせると漠然と思っていたという。その思いの通り、偶然の出会いから大学の授業で統計に目覚め、統計の道へ入った。一直線のコースを歩んできたわけではない。それだけに、いくつかの知見が1つになる瞬間の喜びがあるという。これからの時代に求められる柔軟思考の研究者である。

偶然の出会いから心理学の授業の中で統計学に目覚める

 1977年生まれ。高校は理系コースだった。人間の心や行動を研究する心理学に興味を持ち、早稲田大学文学部の心理学専修へ進んだ。ここで立教大から来ていた豊田秀樹さん(現早稲田大学教授)の教えを受け、心理学に数学を応用する統計学に刺激を受けた。豊田さんが早稲田へ来るなら大学院で学びたいと思っていると、それが現実となった。卒論は心理学の立場から音楽が人の気分に与える影響についてまとめたが、修士、博士課程は豊田さんから統計を学ぶことに集中した。

顔写真

尾崎 幸謙
データ科学研究系
構造探索グループ助教

 「もともとの数学科の先生と比べると数理的な深みはないかもしれませんが、それよりも、たとえば人間の活動とか社会の接点などへの応用を念頭においた統計を教えてくれました。自分としては、それがすごく水に合った。高校の時に数学を勉強しておいてよかったと思いました」

 その後、科学技術振興機構研究員、日本学術振興会特別研究員としての慶應大学への在籍などを経て統計数理研究所の公募に応じ、2009年12月、統計数理研究所データ科学研究系助教となった。現在の専門分野は、心理統計学と、それに関連する行動遺伝学、テスト理論である。

 行動遺伝学は、人間の性格、学力、身体特徴などに対する環境や遺伝の影響を調べるものだ。慶應大学の研究室にいた時から取り組んでいる。一卵性と二卵性の双子のデータを比較する方法で、遺伝と環境各2つ、計4つの要因の影響を調べた。これまでの研究で、性格や学力面では遺伝と環境の影響は同程度と分かっている。IQは遺伝の影響の方が強く、それは小学生ぐらいから明確に出始め、徐々に大きくなるという。

いろいろなことをバラバラとやっていると、それが1つに結びつく瞬間があるんです

行動遺伝学の分析で新手法を開発し長年の懸案を一気に解決

 尾崎はこの研究の中で新しい分析方法を開発した。従来は遺伝、環境4つの要因のうち3つの組み合わせでしか分析できなかったが、数学的な新手法で4つ全部で分析することに成功した。長年の懸案を一気に解決する画期的なものだった。この新手法は国際的にも注目され、いまでは海外の研究者からも問い合わせが来ている。

 その手法による分析は現在も続いており、結果が出ると遺伝と環境の影響の強弱の度合いが従来と違ったものになる可能性があるという。「IQで遺伝の影響が大きいと、どうしようもないところがありますが、まぁ、もう少し小さめの結果が出てくるとうれしいじゃないですか」

 テスト理論の研究では、統計数理研究所、国立遺伝学研究所、国立情報学研究所、国立極地研究所でつくった新領域融合研究センターの一員として「ネット社会におけるテスト技法」という認知診断モデルを研究をしている。ネット上でテスト問題を出し、受検者がどの点が分かり、どの点が分かっていないかを把握し、その後の指導に役立てようというものだ。数学や英語、日本語の学習に利用したいという。

 日本数学会が昨年実施し、「平均の意味も分からない大学生が多い」と話題になった大学生数学基本調査ではデータ分析を担当した。調査には全国48大学約6,000人が参加した。現在はこのデータから全大学生の数学力を推定する分析を行っている。「調査は理系大学と偏差値の高い大学に偏っていたので、全体推定ではもっと平均点が低くなるのでは」と予測する。

 今後の研究も分野を制限せずに「大きなことをやりたい」と言う。「慶應に行った時、周りは心理学の人ばかりだった。その人たちに自分が統計で評価してもらうためには大きな意義のあることをやらなければダメだった。それで遺伝、環境の4要因での分析という新手法を開発した。これからも、そういう方向でやっていきたい。いろんなことをバラバラとやっていると、それが1つに結びつく瞬間があるんです。そういうことに今後も期待しています。自分が狙ったようなモデルが出来たり、そのモデルが実際の研究に役立った時は嬉しいし、楽しいですね」。

来年は大規模継続調査「日本人の国民性調査」を初めて担当

 実は尾崎が統計数理研究所で本来、期待されているのは社会調査である。研究所では昭和28年(1953年)から5年に1回、「日本人の国民性調査」を実施している。日本人の意識がどう変化しているかを調べている、世界でも例を見ない大規模な継続調査だ。来年がちょうどその実施年にあたる。尾崎は先輩とともに初めて担当する。

 「社会調査でも大きな研究をしたい」と、尾崎は目標を持っている。そのためにも幅広い視点と幅広い研究履歴が必要だという。「この研究所で社会調査をやっている調査科学研究センターの人たちは、ほかの多くの分野のことを研究してきた人が多い。いろんな視点から社会調査を見ろということかもしれないので、自分もそのつもりでやっていきたい」

 子どものころからバイオリンを習った。高校で数学と国語を得意とし、クラシックギターも始めた。大学は心理学、途中で統計学に目覚め大学院で集中的に勉強した。研究室では日に何度か紅茶をたしなみ、うんちくを傾ける。自宅から研究所まで片道4、50分を自転車通勤し、気分転換をしている。身長 172センチ、スポーツ観戦が好きな、やさしい感じの35歳である。柔軟な経歴を持つ尾崎の中で心理学と数学はすでに結びついているが、将来は何と何が一緒になるのだろうか。日本が豊かだった時代に育った若手研究者の行く末は、柔道一直線のような高度成長的発想では予測不可能なものがある。

(広報室)

図1.認知診断の結果を表した図。最下段は各問題に対する正(青)・誤(赤)、二段目は各問題に正答するために必要なスキルの有(青)・無(赤)、最上段はスキルのまとまりの有(青)・無(赤)。川端一光先生(国際交流基金)・国立情報学研究所との共同開発。


図2.潜在構造を仮定した分析モデルにより、相加的遺伝の表現型に対する真の回帰曲線の復元を試みた結果。

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