研究室訪問

宇宙科学データ同化の研究と効率的なデータ同化法の開発

 地球磁気圏の中で人工衛星が飛んでいるあたりを研究対象としている。地上10,000キロから40,000キロが研究の中心である。ここは希薄なプラズマで満たされており、それが磁気嵐やオーロラなど様々な現象を引き起こす。この磁気圏プラズマを研究することによって人工衛星の安定的運用などに寄与できる。その研究に使う手法「データ同化法」のさらなる効率的方法を開発することで、将来的には、地上の人間活動の営みである社会経済活動の研究にも応用できる可能性があるという。まだ若い研究者だけに、10年、20年後にどんなことに取り組んでいるか、想定できない楽しみがある。

地球磁気圏のプラズマの分布の変化を研究

顔写真

中野 慎也
モデリング研究系
時空間モデリンググループ助教

 昭和51年(1976年)生まれ。大阪の公立で中学まで過ごし高校から京都へ行き、京都大学理学部へ入った。地球惑星科学専攻の修士、博士課程を修了し、1年ほど母校で研究員を務めた後、2005年4月に科学技術振興機構研究員として統計数理研究所へ来た。理系のポスドクが厳しい状況に置かれている日本では順調な足跡である。

 自らの経験を通じ「むしろ厳しいという話が若い人に影響し、博士課程に上がってくる人が少なくなっている。研究分野で人材難になる可能性はあります」と心配する。

 統計数理研究所ではモデリング研究系とデータ同化研究開発センターに属し、専門分野はデータ同化、逆問題、地球電磁気学。逆問題とは地震の揺れから震源地を突き止めるように現象から原因を探るものだ。現在の研究テーマは「宇宙科学データ同化」と「効率的なデータ同化法の開発」である。とにかくよく仕事をする。夜遅くまで研究室に残り、土日のどちらかも研究活動をしている。

 地球電磁気・地球惑星圏学会やアメリカの学会など5つの学会に所属し、学会開催ごとにポスター発表やトーク発表をしている。その内容は、自らの性格を示すようにウェブ上にキチンと整理して記録されており、膨大な数である。

このくらいの規模で、こんなに多種多様な人が集まっている研究所はほかにない

衛星の撮影画像とシミュレーションのデータ同化で

 現在、取り組んでいる「宇宙科学データ同化」の研究では、地球磁気圏のプラズマの分布の変化を、シミュレーションと人工衛星による撮像観測の画像データを使って調べている。プラズマの分布は日によって違い、数時間で変わることもある。太陽活動の影響で磁気嵐が起こると、磁気圏の中に強い電場(1メートルあたりミリボルト程度だが、地球磁気圏全体ではキロボルトになる)ができて、プラズマ密度の高い領域が小さくなってしまう。そして再び大きくなることを繰り返している。

 磁気嵐の時のプラズマ分布の変動プロセスに興味があり、データ同化の手法で現象を再現しようとしている。これが解明できれば、人工衛星の障害リスク評価などに役立つという。プラズマの中には高エネルギーの粒子があり、これが人工衛星の電子機器に衝突して衛星を故障させることがあるからだ。

 「プラズマ分布の変動メカニズムが分かると、高エネルギーの粒子がどうやって生成するかというプロセスの研究に使える。そこから何ステップかして人工衛星の安定的運用に役立つということです。プラズマの分布と電場のマップ、天気図的なものもできる。そこから、いろいろとできるんじゃないかと思っています」。

 「効率的なデータ同化法の開発」では、アンサンブル型データ同化手法の研究・開発を行っている。これは、条件設定を少しずつ変えたシミュレーションを多数回実行して推定を行い、条件の違いがどう結果に影響するかを見ながらデータに合うように推定を修正するという方法を取る。データ同化で使うシミュレーションは多大な計算時間が必要になることが多いため、なるべく効率よく推定ができる方法の開発に取り組んでいるのだ。

研究者同士で刺激し合い、新たな研究につながる

 研究生活は楽しいという。「やりたいことを好きなようにできる」とも話す。その理由として研究所の立地と規模をあげる。広尾の時は研究室などが狭く、研究者が気軽に集まることは少なかったが、立川に移転し、広い共用スペースができ、積極的に交流するようになった。大きな大学と違って研究者50人程度の研究所の規模が研究にいいと言う。

 「いろんな分野の人がおり、インタラクションがあって刺激し合っている。その中でアイデアが生まれ、新たな研究につながることがある。ちょうどいいですね。このくらいの規模で、こんなに多種多様な人が集まっている研究所はほかにない」。大学では分野が違うと話をする機会さえないのが日本の現状だ。

 たしかに立川に移転してからは緑も多く、山並みも見え、欧米の研究機関と似た環境に恵まれている。中野は研究のかたわら、時には駅伝で走ったりクラリネットを吹いて、心をチェンジさせている。

 今後の研究は、データ同化の幅を広げ、宇宙科学とは違う分野の大規模な問題をやってみたいと言う。「今は比較的、すぐに計算が終わるモデルを扱っている。もっと変数の多い、計算に時間がかかる問題、たとえば高精度の気象モデルや人間活動としての社会経済活動モデルをデータ同化でやると面白いと思います。この分野のシミュレーションをやっている人は多いですが、データ同化をやっている人はいないので…」。中野の関心は、はるか宇宙の現象から地球上の人間の営みまでと縦横無尽である。

(広報室)

図1.人工衛星による地球磁気圏プラズマ撮像観測の概念図。


図2.人工衛星IMAGE によって観測された磁気圏プラズマの紫外線画像(上)、その画像データから推定したプラズマ密度分布の変動(下)。


図3.磁気圏荷電粒子から生成される中性粒子を使って撮像を行った人工衛星IMAGEのデータ(右)、そのデータから推定した荷電粒子分布(左)。

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