研究室訪問

金融・保険の研究に「データ同化」を取り入れたい

 博学であり、その守備範囲は広い。専門の経済だけでなく、統計全体に詳しい。大学入学前に経済史関係の本を読み、学部では文科系ゆえに数理の学習の少ないことを残念に思ったという。若手の面倒見がよく、多くのポスドクを大学などへ送った。「あれはどうだったっけ」と同僚たちから質問されると、「それはねぇー」とすばやく答える。コミュニケーションやマネージメントも得意な、研究所のマルチ人間である。

久々の文系(経済)出身者として採用

 ベトナム戦争で失敗したアメリカの政策経過をえがいた名著「ベスト&ブライテスト」を学生時代に読み、マクナマラ元国防長官の統計家としての合理的判断と、「太平洋戦争で統計がいかに 強力で、すばらしい道具であるか、身をもって知った」という言葉にひかれ、統計学を意識したという。

顔写真

川崎 能典
モデリング研究系
時空間モデリンググループ准教授

 大学院時代は国友直人東大教授(統数研客員教授)の推薦で、日本銀行金融研究所でアルバイトをし、研究所発行の「金融研究」に統計の解説的な論文を書いた。デンマークの学者の研究を詳述した「Johansen の共和分検定について」はよく読まれ、学会で名刺交換した際に「あの川崎さんですか」と言われることが後々まで続いたという。

 大学院では、併任教官で来ていた北川源四郎・統数研助教授(当時。のちに所長)のゼミのたった1人の受講生で、みっちりと教えられるとともに統数研助手の公募を知らされ、平成4年(1992年)に採用された。

 専門分野は、時系列解析と計量経済学で、研究テーマは「経済時系列におけるベイズ的モデリング法の研究」「金融データの統計的分析」である。

 現在のメインの研究は、平滑化事前分布を使ったモデリングと、それにともなう経済時系列の季節調整問題だ。平滑化事前分布を使ったモデリングは、未知量の時間変化に関して、なめらかに 変化するという仮定を置くこと。毎月発表される経済データを見る時、季節要因などを取り除き、真の経済実態が伸びているのかどうかを判断する時に使う。

 「真の値はそんなに変化しないと仮定した時間的滑らかさのモデルを入れると、まか不思議なことに非常にリーズナブルな形でトレンドとか季節成分が出てくることがある。それもモーレツに効いて、スパッと出てくる。学生のころ、統数研の論文で知ったのですが、それが自分のメインのツールになるとは思いませんでした」

研究所の皆さんにたしかなバックアップをしたいカバー領域の広い人間は自分かな、と心がけている

金融・保険リスク研究グループのまとめ役を5年

 平成17年(2005年)には、発足したばかりのリスク解析戦略研究センターの金融・保険リスク研究グループのコーディネーターに就任した。安心・安全という社会的要請に応え、金融・保険の リスクを正しく見積もり、どう備えていくかと提言を行うグループである。そのまとめ役を5年間務めた。

 若いポスドクと面接して採用し、研究のさまざまな相談に乗り、論文の書き方を教えた。これは大変である。ポスドクはそれそれぞれ専門を持っている。分野が違うと研究内容は分からない。川 崎さんは大学・大学院時代に一通りの訓練を受けた自信があり、幅広い知識を活用して兄貴分として世話をした。その育て方、教え方の丁寧さからか、総務省や財務省の研修、放送大学の講師としても声がかかっている。

 今年4月には統計科学技術センター副センター長に就任した。大型計算機の管理・運営と研究所の出版、広報、講座などを担当する中枢セクションである。入所以来、スーパーコンピューターのパワーユーザーとしての実績を買われた面もあるようだ。

 今後の研究目標の一つは、金融、保険分野の研究に統数研が最近、取り組みを始めた「データ同化」を取り入れていくことだという。「金融・保険でもデータを採れないところがたくさんあり、どうしてもシミュレーションに頼らざるをえない問題がある。ちょっとだけあるデータをうまく使いながら、シミュレーションモデルの確かさを補正していくという研究ができたら面白いな、と思っています」。

研究所での役割は「最後の守備ライン」と自覚

 最近、統計の重要性は徐々に知られつつある。その中で一般の人に知ってもらいたいのは、データにはバラツキがあり、50人から聞いた出口調査のデータと1000人から聞いたデータは大違いである、ということと、統計は道具でしかないので使う目的をはっきりとさせることだという。統数研も多くの大学院生を受け入れているが、いい成果で卒業する人は「このデータで研究したい」という明確な目的を持っている人だという。

 研究所における自らの役割は「最後の守備ライン」と位置づけている。「研究者は自分の研究領域はよく知っているけれども、少し外れるとそうでもないことがある。で、これっ何だっけと言うと、ボクのところへ来ることがけっこうある。そういう時は、たしかなバックアップができるよう心がけています。研究所としては、統計学に関する限り、どんなタイプの問題が来ても対応できなければいけない。はた目にはわかりやすい特徴に欠けてもカバー領域は広いという人間がいないといけないとすると、それは自分かなと思って心がけています」。

 書棚の上に「看脚下」の書。人生の指針に、と書家の伯父が贈ってくれたという。「のぼせ上がるな、ということですよ」と本人は言うが、大地につけた足もとをしっかりと見つめ、基礎、基本を大事にしなさいということだろう。専門の平滑化事前分布に通じるところがある。データも人生も急激に上下はしない、まぁボチボチですな、と。

(企画/広報室)

図1.ポートフォリオ収益率と、日内季節性を考慮したイントラデイ・バリューアットリスク。


図2.1980年4月から10年おきに見た琵琶湖のクロロフィル濃度の経年変化。季節調整済みトレンド推定値。

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