研究室訪問

環境と資源のため森林の最適化システムを構築

 国土の7割近くが森林に覆われている日本としては、この分野の専門家は極端に少ないという。吉本さんは森林資源経済学、環境経済学のエキスパートである。いま、地球温暖化防止のため注目されているCO2対策。地球規模の人間活動の営みの中で持続可能な方法で実施していかなければならない。それを含め、さまざまな場面を想定した森林経営、森林資源活用の最適化システムの構築に携わっている。

 国内では3つの国立大学と1つの民間会社に関係した。外国ではオレゴン、チリ、メキシコの大学・研究所の客員教授などを務め、統計数理研究所には3度も出入りし研究員、助教授、教授とステップアップした。学んだ分野は農学、経済、統計、数学、環境等々と幅広く、友人、知人は世界各国に広がっている。幅広い知識、経験、人的ネットワークを生かし、森林を通じて人類と地球に貢献していくことが自らの使命と心得ている。

顔写真

吉本 敦
リスク解析戦略研究センター
環境リスク研究グループ教授

オレゴン州立大で多様な知識、体験と友人を得る

 学生のころ、森林経営者から「林学を学んでいるなら森林のマネージメントをやってくれ」と言われたことが留学のきっかけになった。その道のトップで世界各国から学生が集まるオレゴン州立大学大学院森林経済学専攻で学び、博士号を取得した。

 ここでは経済、数学、統計をそれぞれの専門家から学び、応用分野の力を身につけ、いったんは日本の生命保険に就職した。しかし、やはり自分の得意分野を生かしたいと2年半後、再びオレゴン州立大へ戻り、客員助教授になった。この選択が結局は正解だったのだろう。ここから、さまざまなチャレンジが始まった。

 チリ南大学林学部客員教授、宮崎大学農学部助教授、統数研研究員・助教授、メキシコ経済研究・教育センター客員教授、東北大学大学院環境科学研究科助教授と歩み、2008年(平成20年)5月に46歳で統数研教授に就任した。

 「いまの財産はオレゴンの時の友人です。友だちが友だちを紹介し、どんどん広がる。ソウル大学の方とは森林関係で2国間交流をしている。チリ、カナダ、メキシコ、フィンランド、ポルトガルと先輩や後輩がいて、海外の学会では同窓会になります」。

日本の森林研究のプラットホームが自分の役目という使命感でやっている

高い評価を受けている生態適応グローバルCOEに参加

 東北大学に在籍した関係から「東北大学生態適用グローバルCOE」(Center Of Excellent Program、世界水準の人材育成のための文科省研究拠点等補助事業)にかかわっている。この研究は、「自然の克服から適応へ」として、最先端科学で生態系を解明し、生態系や生物が持つ自然の力を活かしていこうとするものである。ダムや河川などの人工構造物を造るのではなく、生態系が持つ頑健性、生き残っていく強い力を利用する「生態適応科学」を確立し、社会への普及、定着の実践をはかろうとしている。研究は、5か年計画の中間年にあり、国からは高い評価を得ている。

 吉本さんは、社会科学系の環境経済の立場から加わっている。理学、薬学、工学、農学などの多くの研究者が出してくる果実を社会システムにフィードバックさせる方法を考える立場である。多くの経験から得たマルチタレントの1面を発揮しようとしている。

 統数研で取り組んでいるのは、森林資源の最適化モデルの研究だ。予測と制御と意思決定。森林の成長と木材価格を「予測」し、木を植える・伐る・間伐する・枝打ちをする時期、場所、規模の「制御」を考え、たとえば利益を最大にするためにはどうしたらいいかという「意思決定」を導く。その方法論の研究である。

 すでに多くの成果を得ている。同じ種類、同じ樹齢の林の最適な経営方法、つまり最適な間伐の計画を求める方法論を確立した。山の特性や木の成長の仕方を見ながら少しずつ計算方式を変えていく方法で、これは全国どこの地でも使えるものである。

木材を使うことで森林を守り、炭素を閉じ込めたい

 森林研究では全体をまとめる「学問のプラットホーム」が重要だという。生態、利用、環境、経済といろいろな研究の結果が出てくるが、それを1か所に集めて分析し判断し、意思決定をするところがプラットホーム。「日本の森林研究のプラットホームが自分に与えられた役目かなという気がしている。そういう使命感でやっているんです」。

 こうした研究活動を通じて心がけているのは、研究成果を一般ユーザーに分かりやすいように提供する方法の開発である。

 「せっかくいいものをつくっても、エンドユーザーが使えないとダメだ」として、森林の成長を3D画像で見せる方法をポルトガルの友人から教えてもらったり、東京理科大工学部の学生に協力してもらって開発している。「目に訴えるのが一番いい。それがあってボクらがやっている研究の重要性に気づいてくれる。こっちはエンジンをつくり、見た目のボンネットは若い方にお願いできれば」と。

 森林は切って木材を使わなければ将来につながらない。地球上の炭素を閉じ込めるためにも木を植え、切って使って、を繰り返さなければならない。このため自ら率先して木を使っている。研究室の机や本棚はすべて木である。「木は使い勝手がいいんです。多くの皆さんが木を使うことで日本の森林を守り、炭素を閉じ込めることにつながります」。

 アメリカやチリで林業は成長産業である。日本は逆に衰退気味だが、日本の森林が持っている生物多様性は世界に誇るべきものがある。政府は最近、林業を日本の成長戦略の中に位置づけ、多くの雇用を創出しようとしている。東日本大震災でも森林の役割は見直されている。実は、これからが吉本さんの本当の出番である。 

(企画/広報室)

図1.木質バイオ資源は我々の生活の中で様々な役割を直接的あるいは間接的に果たしている。上図はその一例を示したもので、森林資源を通して物理的なものが連結され、それは経済価値により利用の配分が最終的に決定されることを示している。その際、統計数理モデルあるいは最適化モデルの果たす役割は大である。


図2.林分をストリップに分割し、傘伐の最適開始位置の配置を探求したものである。


図3.森林管理最適化モデルを使用して、例えば生態系保護地に対する限界費用の算出ができる。その費用情報を保護を要求する側に提供することにより、最終的に保護域を供給する側とそれを利用する消費者側との均衡解を探求することができる。

ページトップへ